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11.黄泉戸喫(よもつへぐい)
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更に先を進み、王太子の私室に入る。
ここで漸くあの鍵の出番だ。二階層目の偽果実の中に入っていた鍵を取り出し、机の引き出しに差し込んで捻る。かちり、と軽い音を立て解錠された中を探り、中の日記帳を取り出した。
「…それは!」
背後で息を呑む気配を感知し、体を捻って掴みかかってくる手を躱す。取り上げられないようストレージに放り込み、向き直って構えると敵意と焦りに王太子の顔が醜く歪んでいた。
「なぜ、それがここにある!」
私が知るか。他の証拠と同じように、時空を跳んできたんだろう。余程私に読まれたくないのか、取り返そうと躍起になっているのが不可解で、私は油断を見せずに内心首を傾げた。
この中に書かれているのは、如何に私と言う存在が軽いか、自分にとって便利である事だけが存在理由であるべきかの主張だ。誰に読ませるわけでもないのに、私への仕打ちとセットになってその言葉が繰り返し出てくる。
私の声を封じた事。家族に合わせると嘘とついてパーティー直前に閉じこめた事。王宮の執務と生徒会の仕事を全て押し付けて、成績が下がると王妃に鞭を打つよう仕向けた事。
男爵令嬢がいかに素晴らしいか、引き換え私がどれだけ可愛げなく面白味もないくだらない女であるかについても。
それらを得意げに書き記し、この女は自分を楽しませるためだけに生きているのだと嘯く男が、今更それを読まれたところで何だと言うのか。いずれにせよ、ストレージに沢山のメモや帳簿を隠し持っていることを知られては厄介だ。
そう言えば、一階層目で持ち出した恨み言の日記がまだストレージに入っていた。油断なく身構えながら後ろ手にそれを取り出し、これは渡しませんと両手で胸に抱いて見せる。
「よこせ!」
再度掴みかかってくる相手を躱し、日記を落としてみる。即座に拾い上げた王太子はそれをめくり、自分の物ではないと気付いて気が抜けたように肩を落とした。
よく見れば王太子の日記とは装丁が違うのだが、咄嗟の事で記憶の方が修正されたらしい。
そう言えばそもそも、この男は私がストレージ持ちだと言う事も知らなかったのではないか。根本的な事を思い出し、私は大きく迂回して部屋の出口の傍に身体を移動させた。
異世界の書物「古事記」によれば、あの世の竈で煮炊きした物を食することを黄泉戸喫と言うらしい。例え生者であっても黄泉の物を食べれば黄泉の住人となる。すなわち、元の世界に帰れなくなるのだ。
同じ考えは日本に限らず、ギリシャ神話でも同様の記述がある。ハデスに攫われたベルセポネが、柘榴の実をたった四粒食べてしまったばかりに四か月の冬が産まれてしまったとされるのがそれだ。
これもそれがモチーフなのだろう。国王陛下の部屋であろうそこには、ペアのグラスに注がれた冷たい水があった。
グラスと言うのが上手く出来ているではないか。瓶なら持ち出して男爵令嬢に渡すこともできただろうが、グラスではこの罠を交わしながら進む中で、彼女と会えるまで中身を保つことなど出来そうにない。
であれば、この場で飲むか飲まないかの二択だ。私と分け合うだの譲るだのは考えもしないであろう王太子は、マリアに飲ませてやりたかったと言い訳がましくそれを一息に飲み干した。
さぞ喉が渇いていたのだろう。実にいい飲みっぷりだ。
そしておめでとう。この時からあなたは、この迷宮に永遠に留まることが決定いたしました。男爵令嬢が一階層目で飲んだのはどうなったと聞かれそうだが、あれは飲み込まずに吐き出したのでノーカンです。ええ多分。
これ見よがしに二つのグラスを全部飲み干した後で、わざとらしくグラスを壁に叩き付けて割ったのは、恐らく私には一滴たりとも飲ませないと言うアピールなのでしょうね。
そんな事しなくても飲みませんよ。私は生還すると決めているので。
平然としている私を見て、王太子がまた舌を打つ。さあ、間引きの仕込みも終わったので、後は魔法陣の鍵を取りに謎解き部屋に行くだけだ。
刃物を飛び越えつつ通路を進むと、涙ながらに男爵令嬢が手を振っていた。もし脳筋なり眼鏡なりが一人だけ生き残っていたなら、この時点で「自分を守る為に犠牲になった」為にいなくなっている。
もしも脳筋なり眼鏡なりを生還させたければ、男爵令嬢を一階層目で始末した上で、王太子に水を飲ませる事が条件になる。全員生還か悪役令嬢のみの帰還を除き、連れて帰れるのは誰であれ一人だけなのだ。
今回は男爵令嬢だけを連れて帰るつもりなので、これでいい。合流してすぐ謎解き部屋に行き、王家が呪いを受けるに至った経緯を表す四つの像に合致したオブジェクトを正しく持たせた。
ヒントメモで明らかになる経緯は、大体想像がつくが酷いものだ。さらにネタバレするなら、五階層目でご本人とご対面することになる。
王太子を連れ帰るならその時に一悶着あるが、今回は王族は連れて帰らないので比較的簡単に突破できるはずだった。
四つめの像にオブジェクトを持たせると、中央の盃に鍵が落とされる。
『王族の血は監視されている。それもまた報いと知れ』
…私の母は王妹だ。これは私への警告でもあると心得て、神妙に頷いた私は謎解き部屋を後にした。
第四階層クリア
この階層での犠牲者 ?人
犠牲者の総数 ?人
現時点での生存者 ?人
ここで漸くあの鍵の出番だ。二階層目の偽果実の中に入っていた鍵を取り出し、机の引き出しに差し込んで捻る。かちり、と軽い音を立て解錠された中を探り、中の日記帳を取り出した。
「…それは!」
背後で息を呑む気配を感知し、体を捻って掴みかかってくる手を躱す。取り上げられないようストレージに放り込み、向き直って構えると敵意と焦りに王太子の顔が醜く歪んでいた。
「なぜ、それがここにある!」
私が知るか。他の証拠と同じように、時空を跳んできたんだろう。余程私に読まれたくないのか、取り返そうと躍起になっているのが不可解で、私は油断を見せずに内心首を傾げた。
この中に書かれているのは、如何に私と言う存在が軽いか、自分にとって便利である事だけが存在理由であるべきかの主張だ。誰に読ませるわけでもないのに、私への仕打ちとセットになってその言葉が繰り返し出てくる。
私の声を封じた事。家族に合わせると嘘とついてパーティー直前に閉じこめた事。王宮の執務と生徒会の仕事を全て押し付けて、成績が下がると王妃に鞭を打つよう仕向けた事。
男爵令嬢がいかに素晴らしいか、引き換え私がどれだけ可愛げなく面白味もないくだらない女であるかについても。
それらを得意げに書き記し、この女は自分を楽しませるためだけに生きているのだと嘯く男が、今更それを読まれたところで何だと言うのか。いずれにせよ、ストレージに沢山のメモや帳簿を隠し持っていることを知られては厄介だ。
そう言えば、一階層目で持ち出した恨み言の日記がまだストレージに入っていた。油断なく身構えながら後ろ手にそれを取り出し、これは渡しませんと両手で胸に抱いて見せる。
「よこせ!」
再度掴みかかってくる相手を躱し、日記を落としてみる。即座に拾い上げた王太子はそれをめくり、自分の物ではないと気付いて気が抜けたように肩を落とした。
よく見れば王太子の日記とは装丁が違うのだが、咄嗟の事で記憶の方が修正されたらしい。
そう言えばそもそも、この男は私がストレージ持ちだと言う事も知らなかったのではないか。根本的な事を思い出し、私は大きく迂回して部屋の出口の傍に身体を移動させた。
異世界の書物「古事記」によれば、あの世の竈で煮炊きした物を食することを黄泉戸喫と言うらしい。例え生者であっても黄泉の物を食べれば黄泉の住人となる。すなわち、元の世界に帰れなくなるのだ。
同じ考えは日本に限らず、ギリシャ神話でも同様の記述がある。ハデスに攫われたベルセポネが、柘榴の実をたった四粒食べてしまったばかりに四か月の冬が産まれてしまったとされるのがそれだ。
これもそれがモチーフなのだろう。国王陛下の部屋であろうそこには、ペアのグラスに注がれた冷たい水があった。
グラスと言うのが上手く出来ているではないか。瓶なら持ち出して男爵令嬢に渡すこともできただろうが、グラスではこの罠を交わしながら進む中で、彼女と会えるまで中身を保つことなど出来そうにない。
であれば、この場で飲むか飲まないかの二択だ。私と分け合うだの譲るだのは考えもしないであろう王太子は、マリアに飲ませてやりたかったと言い訳がましくそれを一息に飲み干した。
さぞ喉が渇いていたのだろう。実にいい飲みっぷりだ。
そしておめでとう。この時からあなたは、この迷宮に永遠に留まることが決定いたしました。男爵令嬢が一階層目で飲んだのはどうなったと聞かれそうだが、あれは飲み込まずに吐き出したのでノーカンです。ええ多分。
これ見よがしに二つのグラスを全部飲み干した後で、わざとらしくグラスを壁に叩き付けて割ったのは、恐らく私には一滴たりとも飲ませないと言うアピールなのでしょうね。
そんな事しなくても飲みませんよ。私は生還すると決めているので。
平然としている私を見て、王太子がまた舌を打つ。さあ、間引きの仕込みも終わったので、後は魔法陣の鍵を取りに謎解き部屋に行くだけだ。
刃物を飛び越えつつ通路を進むと、涙ながらに男爵令嬢が手を振っていた。もし脳筋なり眼鏡なりが一人だけ生き残っていたなら、この時点で「自分を守る為に犠牲になった」為にいなくなっている。
もしも脳筋なり眼鏡なりを生還させたければ、男爵令嬢を一階層目で始末した上で、王太子に水を飲ませる事が条件になる。全員生還か悪役令嬢のみの帰還を除き、連れて帰れるのは誰であれ一人だけなのだ。
今回は男爵令嬢だけを連れて帰るつもりなので、これでいい。合流してすぐ謎解き部屋に行き、王家が呪いを受けるに至った経緯を表す四つの像に合致したオブジェクトを正しく持たせた。
ヒントメモで明らかになる経緯は、大体想像がつくが酷いものだ。さらにネタバレするなら、五階層目でご本人とご対面することになる。
王太子を連れ帰るならその時に一悶着あるが、今回は王族は連れて帰らないので比較的簡単に突破できるはずだった。
四つめの像にオブジェクトを持たせると、中央の盃に鍵が落とされる。
『王族の血は監視されている。それもまた報いと知れ』
…私の母は王妹だ。これは私への警告でもあると心得て、神妙に頷いた私は謎解き部屋を後にした。
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