10 / 15
10.初めての宝物
しおりを挟む
最期の踏ん張りどころ、第四階層だ。
この迷宮は全部で五階層あるが、最後の階層は今まで集めたアイテムや覚醒度に応じて様相を変える、成績表のような階層だ。だから命を危険に晒して探索するのは、ここが最後なのである。
最後の難関である王太子の日記を手に入れたら、後はこの邪魔者を間引くだけ。足取りも軽く歩を進めようとした私だったが、背後から呼び止める声にせっかくの気分を台無しにされてしまう。
しぶしぶ振り返ると、寄り添う男爵令嬢を抱き寄せる王太子。その目はいつもの蔑みを帯びた愉悦ではなく、恐怖と焦燥に彩られていた。
「お前は…なぜ平気なのだ」
「…」
「アレクとレオンが死んだのだぞ。解っているのか?」
何故と言われても。王太子の尻馬に乗って私を長年虐げてきた挙句、自分の罪を私に擦り付けて殺そうとした相手の死に何を感じろと言うのだろうか。その場で飛び上がって万歳をしなかっただけ、私は慎み深いと思うのだが。
心底不思議そうに見返す私をどう思ったのか、王太子は顔を歪めて男爵令嬢を抱きしめる。不愉快ではあるが答えは求めるまい。得られたところでどうせ、呆れるか腹が立つかのどちらかなのだろうから。
気を取り直して、先に進む。この階層は王族の居住区と同じに作られており、罠は魔獣あり刃物あり毒ありの総集編だ。体力の配分を考えて進んできた私でも疲労を感じるのだから、喚き放題騒ぎ放題の背後二人はもっと辛いだろう。
そしてこの階層にも、生死を分ける分岐点がある。ある地点を通過する時にメンバーが分断されるのだが、特定のアイテムを持っているかどうかでどちらと別れるかが決まるのだ。
王太子か男爵令嬢。もしも他に生き残りがいたなら、どちらであれ私とはぐれた方に同行する結果になる。今回は王太子と同行しなければならないので、アイテムを先に取りに行くとしよう。
特異点を迂回し、王妃陛下の私室に入る。謎解きのメモを取って鏡台に向かい、ダイアル式の鍵を集めた情報から導いた数字で解錠した。
中から出てきたのは、手紙の束である。古いものは十年前。最新のもので一月前。誕生日や季節の節目に限らず、思いを込めて綴られた公爵家から私宛の手紙たち。
熟読する余裕はないが、それでも何通かは目を通す。王宮に連れていかれてからは一度も会えていない両親だが、私の事を思い、身を気遣い、会いたいと願ってくれている気持ちが良く伝わってきた。
ここを出れば、両親に会える。会えたなら上手く笑えるだろうか。声を取り戻したなら、初めに何と言葉を送ろうか。
つい読むことに没頭し、背後の気配に気づくのが遅れる。振り向きざまに距離を取るが、いつの間にか近づいていた王太子は手紙を取り上げる出なく怒鳴り散らすでなく、戸惑ったかのような表情でこちらを見ていた。
「お前は、そんな顔もできたのか」
「…?」
「ずっと、感情の無い人形だと思っていた」
自覚は無かったが、感傷的な顔でもしていたのだろうか。
そうであっても、こんな手紙を読むときくらい愁傷な顔をしてもいいだろう。物心ついてから初めて手に入れた大切な宝物を破かれないよう、私は王太子から目を離さずに慎重にそれをストレージに収納した。
王妃陛下の私室を出ると、いよいよ件の特異点に向かう。この階層の足元は古いとはいえ毛足の長い絨毯で、足が限界を迎えた男爵令嬢も脱いだ靴を手に持って移動していた。割れた硝子でもあればどうするつもりなのだろうと思ったが、口に出す術は無いので思うに留めておく。
ともあれ、ぴたりと密着しながら移動していた王太子と男爵令嬢が、ここに来て普通の距離を保って後について来ている。この二人を分かつなど出来るのだろうかと内心不安だったが、この様子なら大丈夫だろう。
「きゃあ!」
私と王太子が特異点を通過し、後に続こうとした男爵令嬢を遮るように下から柵がせり上がってきた。策は天井に届くほど長く伸びて漸く止まり、見事に王太子と男爵令嬢はここに分断された。
「マリア!」
「ギル!」
柵越しに呼び合い、またしても寸劇が始まる。幾ら嘆いてもこの柵はどうにもならないと解るまで大分と時間を食われたが、どうにか二人ともそれぞれ合流できる道を探そうと言いあうまで劇を進めてくれた。
もういいですか、と聞くこともできないのは不便なものだ。この先のイベントさえこなせば大事無く合流できるのだから、早くしてもらえないかな。
腕を組んで待っていると、漸く王太子がこちらに向かってくる。向き合うとまた不快な言葉を吐かれるだろうから、声の届く直前で背を向けて先を進んだ。
「…いう…ろが…」
背後から何か聞こえた気もするが、振り返らない。聞き直した所であの人間が有用な事を喋るなど、まずありえない事なのだから。
この迷宮は全部で五階層あるが、最後の階層は今まで集めたアイテムや覚醒度に応じて様相を変える、成績表のような階層だ。だから命を危険に晒して探索するのは、ここが最後なのである。
最後の難関である王太子の日記を手に入れたら、後はこの邪魔者を間引くだけ。足取りも軽く歩を進めようとした私だったが、背後から呼び止める声にせっかくの気分を台無しにされてしまう。
しぶしぶ振り返ると、寄り添う男爵令嬢を抱き寄せる王太子。その目はいつもの蔑みを帯びた愉悦ではなく、恐怖と焦燥に彩られていた。
「お前は…なぜ平気なのだ」
「…」
「アレクとレオンが死んだのだぞ。解っているのか?」
何故と言われても。王太子の尻馬に乗って私を長年虐げてきた挙句、自分の罪を私に擦り付けて殺そうとした相手の死に何を感じろと言うのだろうか。その場で飛び上がって万歳をしなかっただけ、私は慎み深いと思うのだが。
心底不思議そうに見返す私をどう思ったのか、王太子は顔を歪めて男爵令嬢を抱きしめる。不愉快ではあるが答えは求めるまい。得られたところでどうせ、呆れるか腹が立つかのどちらかなのだろうから。
気を取り直して、先に進む。この階層は王族の居住区と同じに作られており、罠は魔獣あり刃物あり毒ありの総集編だ。体力の配分を考えて進んできた私でも疲労を感じるのだから、喚き放題騒ぎ放題の背後二人はもっと辛いだろう。
そしてこの階層にも、生死を分ける分岐点がある。ある地点を通過する時にメンバーが分断されるのだが、特定のアイテムを持っているかどうかでどちらと別れるかが決まるのだ。
王太子か男爵令嬢。もしも他に生き残りがいたなら、どちらであれ私とはぐれた方に同行する結果になる。今回は王太子と同行しなければならないので、アイテムを先に取りに行くとしよう。
特異点を迂回し、王妃陛下の私室に入る。謎解きのメモを取って鏡台に向かい、ダイアル式の鍵を集めた情報から導いた数字で解錠した。
中から出てきたのは、手紙の束である。古いものは十年前。最新のもので一月前。誕生日や季節の節目に限らず、思いを込めて綴られた公爵家から私宛の手紙たち。
熟読する余裕はないが、それでも何通かは目を通す。王宮に連れていかれてからは一度も会えていない両親だが、私の事を思い、身を気遣い、会いたいと願ってくれている気持ちが良く伝わってきた。
ここを出れば、両親に会える。会えたなら上手く笑えるだろうか。声を取り戻したなら、初めに何と言葉を送ろうか。
つい読むことに没頭し、背後の気配に気づくのが遅れる。振り向きざまに距離を取るが、いつの間にか近づいていた王太子は手紙を取り上げる出なく怒鳴り散らすでなく、戸惑ったかのような表情でこちらを見ていた。
「お前は、そんな顔もできたのか」
「…?」
「ずっと、感情の無い人形だと思っていた」
自覚は無かったが、感傷的な顔でもしていたのだろうか。
そうであっても、こんな手紙を読むときくらい愁傷な顔をしてもいいだろう。物心ついてから初めて手に入れた大切な宝物を破かれないよう、私は王太子から目を離さずに慎重にそれをストレージに収納した。
王妃陛下の私室を出ると、いよいよ件の特異点に向かう。この階層の足元は古いとはいえ毛足の長い絨毯で、足が限界を迎えた男爵令嬢も脱いだ靴を手に持って移動していた。割れた硝子でもあればどうするつもりなのだろうと思ったが、口に出す術は無いので思うに留めておく。
ともあれ、ぴたりと密着しながら移動していた王太子と男爵令嬢が、ここに来て普通の距離を保って後について来ている。この二人を分かつなど出来るのだろうかと内心不安だったが、この様子なら大丈夫だろう。
「きゃあ!」
私と王太子が特異点を通過し、後に続こうとした男爵令嬢を遮るように下から柵がせり上がってきた。策は天井に届くほど長く伸びて漸く止まり、見事に王太子と男爵令嬢はここに分断された。
「マリア!」
「ギル!」
柵越しに呼び合い、またしても寸劇が始まる。幾ら嘆いてもこの柵はどうにもならないと解るまで大分と時間を食われたが、どうにか二人ともそれぞれ合流できる道を探そうと言いあうまで劇を進めてくれた。
もういいですか、と聞くこともできないのは不便なものだ。この先のイベントさえこなせば大事無く合流できるのだから、早くしてもらえないかな。
腕を組んで待っていると、漸く王太子がこちらに向かってくる。向き合うとまた不快な言葉を吐かれるだろうから、声の届く直前で背を向けて先を進んだ。
「…いう…ろが…」
背後から何か聞こえた気もするが、振り返らない。聞き直した所であの人間が有用な事を喋るなど、まずありえない事なのだから。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました
きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
聖女じゃない私の奇跡
あんど もあ
ファンタジー
田舎の農家に生まれた平民のクレアは、少しだけ聖魔法が使える。あくまでもほんの少し。
だが、その魔法で蝗害を防いだ事から「聖女ではないか」と王都から調査が来ることに。
「私は聖女じゃありません!」と言っても聞いてもらえず…。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる