交差する夜

藤川郁人

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第一話 遅過ぎたギムレット

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その日は、昼過ぎからパトカーが街中を走っていた。
大学の構内にもパトカーが停められ、警官が緊張した面持ちで学内を巡回していて、異様な雰囲気に包まれていた。
大学から帰ろうとした時、学生課の課長が駆け寄って来る。

「おお、フミト君。
良かった、まだ学内にいたんだね。」

「ああ、課長!
お疲れ様です。
どうしたんですか、今日は警察すごくないですか?」

学生任せにしていたせいで体育会の組織図が管理できていなかった事を知り、規約の制定と組織編成の協力を仰いだことをきっかけに、課長は何かとこうしてオレを気遣ってくれる。

「ああ、少しね。
悪いことは言わない、今日はまっすぐ帰った方がいい。」

何があったんだ…。
怪訝な顔で課長の表情を覗き込む。

課長は一瞬、言うかどうか迷うように口を閉じ、それから短く答えた。

「銀行で事件があった。
銃を持ったまま、犯人が逃げているらしい。」

「……銀行強盗、ですか。」

「ああ、場所は市内でも反対側の方だし、大丈夫だとは思うけど。
万が一がないとも限らない、気を付けて帰るんだよ。」

「お気遣いありがとうございます、気を付けます。」

流石に出くわすことはないだろう、とは思ったものの、いつもなら歩いて帰る道をこの日はバスで帰った。

家に着いた頃には、分厚い雲が遠くの雷鳴を轟かせていた。
急いでテレビのニュースを付ける。
地元テレビ局が続報を報せていた。

「うわ、マジか撃たれたのか…。」

行員が一人撃たれ、意識不明の重体。
市内とはいえ、オレは行ったこともない外れの銀行だった。
犯人は金を奪えないまま逃走中。

画面が切り替わり、男の顔写真が映る。

30代後半の……どこにでもいそうな顔だ。
なのに、なぜか目を逸らせなかった。

「指定暴力団の……準構成員、か…。」

暴対法が施行されてもう数年が経つ。
画面の中の男を見ながら、胸の奥がざらついた。

もしかしたら。
ほんの少し歯車が違っていたら、オレも――。

眉を顰め時計を見ると、もう家を出る準備をしなければならない時間だった。

「やべ、急がねえと!」

慌ててシャワーを浴びる。
冷たい水が肩を打つ。

「ッ!早くお湯になれよ!」

気持ちだけが逸る。シャワーから流れる水が温かくなる前に、頭を洗い始めて少しでも時間を稼ぐ。

シャンプーを洗い流しながら、少しは冷えた頭で考え始める。
……犯人はまだ逃走中。
流石に出くわす可能性は低いにしても、外出しようとする人は激減するはずだ。
客足は相当遠のくんじゃないだろうか。
クソッ、とっとと捕まれば良いのに!

さっきの顔が何度も浮かぶ。
普段なら、こんなニュースすぐ忘れるはずなのに。
なぜか、この時だけは。

その顔が、頭から離れなかった。


店に着いた頃には、大粒の雨が落ちて路面を激しく叩いていた。
傘を畳みながら朝の天気予報を見ていて良かった、と思った。
夜半過ぎにはさらに雨足が強まると言っていた。
客足の心配が胸を過ぎる。

バックヤードに向かう途中、足が止まる。


――看板の灯りが灯されていた。


昨日ちゃんと締まっておいたはずなのに。

嫌な予感に手を震わせながらバックヤードの扉に鍵を差し込む。
鍵は――開いていた。

昨日マスターが閉め忘れたのか?
それとも――。

ゆっくりと扉を開く。

バックヤードに人の姿は見えない。
足音を立てないように、慎重に足を踏み入れる。

恐る恐るカウンターを覗き込んで、息を呑む。
制服姿のマスターが、もう中で立っていた。

「……おう、フミト。
おはよう。」

「マスター?
今日は、ゆっくり来るって――」

「ああ…。」

短い返事。
それだけだった。

見れば、オープン準備はもう完璧に終わっていた。
グラスも、ボトルも、何一つ乱れていない。

「早い、ですね…。
何時に来てたんですか?」

「いや、家にいてもな――。」

そこで、言葉が止まる。

「……まあ、いい。
早く着替えて来い。」

理由を言わない。
いつものマスターなら、こんな言い方はしない。

「もしかして看板も?」

「ああ、今日は早めに開けたくなってな。」

そう言い訳するマスターの言葉が、どこか違うところへ向けられているような――そんな気がした。

街に人並みはほとんどない。
早く開けたところで、客など来ないだろうに。
今日のマスターは……なにかが、変だ。
「……分かりました。」

着替えて、無香料の整髪剤で髪を整えカウンターに向かう。
珍しく、マスターがボトルを磨いていた。
同じ場所を、何度も、何度も。

何かをしていないと、落ち着かない――
そんな背中だった。

それでも――蝶番が鳴ることはなかった。


何度目だろうか。
バックヤードの時計を覗き見る。
もうすぐ日付が変わろうとしていた。

来客はいまだにゼロ。

有線の流すジャズは、もう四回目のルーティンに入った。

「……マスター。」

声を掛けようとして、やめる。

雨足は予報通り強くなり、スコールのように路面を叩いている。
いつもならもう店を早仕舞いして当然なのに、その日はもう閉めましょう、の一言が言えないでいた。

今日のマスターはおかしい。
昼間の事件のことに触れた時にも、どこか上の空で。
それでも、こんな夜だからこそ飲みたい人が来るんだ、と言っていた。
それはまるで――必ず来るはずの誰かを待っているような。

そして。
痺れを切らしたオレが、もう閉めましょう、と声を掛けようとマスターに近付いた瞬間。



蝶番がゆっくりと軋む。



激しい雨音が、一気に店の中に流れ込む。
湿った空気。
濡れた靴音。

フードに隠れた顔は、まだ見えない。

ドアが閉まる。
雨音が、蝶番の音と共に外に閉じ込められる。

雨に濡れた深緑のジャケットのフードが外されて――
その顔を見た瞬間、喉が詰まった。

家を出る時に、テレビに映し出されたあの男――。

立てこもりに失敗し、拳銃を所持したまま逃走を続けていた筈の男だった。

「――すみません。
まだ、大丈夫です、か……。」

手が震える。
バックヤードに逃げなければ。
竦む脚を奮い立たせ、背を向けようとした時。

「――遅えぞ、馬鹿タレが。」

いつもより少しだけ低いマスターの声が、フロアに響く。

意味が、分からなかった。
マスターが、犯人に向かって――そう言った?

遅えぞ、その言葉の意味。
マスターがいつもより早く店を開け、来客がなくても店を閉めずにいた理由。

この犯人を――待っていた?

戸惑うオレに向けて、マスターが指示を出す。
「フミト。
お客様だ。
おしぼりを出せ。」

何を…何を言っているんだ。
「いや…マスター、ニュース見てないんですか!
この、人、は――」

「関係ない。
店に来て、カウンターの向こうに座り酒を求めるなら――

それが誰であろうと、お客様だ。」

「でも…でも!
この人は、拳銃を!」

「黙れ。
お前がバーテンダーなら――カウンターの中では、お客様の前では、絶対に狼狽える姿を見せるな。

――笑え。」

――狂っている。
初めてマスターを怖い、と感じた。
だからだろうか。
オレは何も言い返せないまま、引き攣った笑みを浮かべて――カウンターの真ん中に腰を下ろしたその"お客様"の前におしぼりとメニューを差し出した。

「い…らっしゃい、ませ。」

「ああ、ありがとう…。
心配しないでくれ、何もしやしない。
約束する。」

ジャケットを脱いで畳み、隣の席に置く。

――拳銃は。
見えない。

それが、余計に怖かった。

温かいおしぼりで手を拭い、小さく、ふぅ、と息を吐き出すのが見える。

下がっていろ、とマスターがオレを遠ざける。

そして――

「遅くなりました、山根さん――。
アイツには、約束を果たせなくなってすまない、と……。

もし、アイツが来たら抜け駆けしたことと合わせて言っといてください。」

山根さん――マスターの、名前……。
マスターとこの"お客様"は……知り合いだったのか!

「知るかよ。
テメェで伝えろ。」

少しだけ苛立ったように、何事もないかのように会話を続ける。
それでも、できることはしなければ、オレだけじゃなくマスターの身の安全も保証はできない。

「マスター……、せめて、110番だけでも――」

「黙ってろ!
――その必要はねぇ。
もうすぐ向こうから来る。」

苦笑いを浮かべて、申し訳なさそうにしている目の前の"お客様"は――あんな凶悪事件を起こした犯人とは思えないほど落ち着いていた。

「何飲むんだ、貴弘。」
その名前を呼ばれた瞬間、男の肩が僅かに揺れた。

「山根さんに、そうやって呼ばれるのも……
二十年ぶり、ですね。」

濡れた前髪の奥で、目が伏せられる。

「せっかくだから、ギムレットを…。」

「チッ……。
来るのは遅過ぎたクセに、"ギムレットには早過ぎる"んだよ、この……"悪ガキ"が。」

そう吐き捨てながらカクテルグラスを冷凍庫に入れる。
プリマスのボトルを取り出し、ローズのコーデュアル・ライム・ジュースを横に置き、フレッシュ・ライムをカットする。

シェーカーに氷を組む音が、妙に大きく響く。

プリマス・ジンを40ml、メジャーカップを傾けて注ぐ。
氷が一つ、ピキ、と小さく鳴く。
フレッシュ・ライムを搾り10ml、ローズのライムジュースを――10ml。

ストレーナーを被せ、キャップを嵌め、作業台に二回打ち付け左肩の前に構える――その時、雨音に混じって、遠くからサイレンが聴こえて来る。

「やっとか……。」

マスターが、ほとんど聞こえない声で呟く。

「――お前も正行も……遅刻ばっかりしやがって。」

その言葉が溶けていくのと同時に、シェーカーは振られる。

雨音と、少しずつ近付いて来るサイレン。
外の音を打ち消すように響くシェイク音が、BGMが流す'Round Midnightのピアノ・リフに重なる。

シェイクが終わり、カクテルグラスを冷凍庫から取り出す。
シェーカーのキャップを外し、霜が降りるグラスへと注ぐ。
液面が上がるに従って、グラスの霜が透明に塗り潰されていく。

ギムレットがその最後の一滴をカクテルグラスに落とした時――。

サイレンが店の前で止まった。

車のドアが開き、閉じられる音。
無線を通した無機質な声。
重なるような人の足音――。
ドアの向こうから聞こえる、日常を隔てる喧騒。

マスターはその全てを無視して、コースターを置く。

「ギムレットだ――随分と遅くなったな。」

蝶番が激しく軋んだ。

盾を構えた機動隊員が雪崩れ込んで――

「うるせえぞ小僧共!」

マスターの、切り裂くような怒声が空気を震わせ、その動きを貫く。

「ここはバーだ!
酒を飲むなら座れ、
そうでないなら――
とっとと出て行け!」

一瞬、全員の動きが止まった。

その一瞬の隙をつき、盾の隙間を縫うようにして一人の男が前に出る。

「山根さん……。
やはり、ここが――
貴方と伊織さんの…。」

伊織さん――この店の名前と同じ、オレの知らない誰かの名前。
その名前が届いた時、マスターの背中が、ほんの僅かに沈んだように見えた。

「正行か――。
遅えんだよ、テメェも。」

声は低く、掠れていた。

「どいつもこいつも、馬鹿タレが……。」

顔を伏せ、漏れ出たその声は――僅かに震えていた。

目の前の"お客様"が、動揺を隠せないまま呟く。

「正行…お前も、来たのか……。
こんな形で……。
"約束"を果たすことになる、なんて――。」

正行と呼ばれた刑事が、少しだけ笑う。

「貴弘……。
この、馬鹿が…。」

短い言葉だった。
それだけで、二人の間に積み重なった時間が見えた。

馬鹿、という響きに滲む、悔しさと寂しさが店の空気を染めていく。

「銃は。」

「看板の下だ。
今は、何も持ってない。」

その言葉を受けて、店の入り口にいた機動隊員がすぐに動く。
「発見しました!弾も五発!弾倉に残存、発射された形跡はありません!」

報告が店内を走り抜ける。
空気が僅かに弛緩する。

詰め寄ろうとする機動隊員。
その動きを、正行と呼ばれた刑事が右手だけで制する。

そのまま、ジャケットを捲りホルスターに挿された銃を後ろの機動隊員に渡し、歩き出す。

「工藤!勝手な真似を!」

機動隊員の後ろから、別の刑事だろう誰かの声が聴こえる。

「大丈夫だ。
何も起きない。
オレに任せて、下がってくれ。」

機動隊員が顔を見合わせ、先程工藤、と呼んだ声がまた響く。
「ふざけるな!
お前、こんな――」

「勝手は承知だ――
始末書でもなんでも、後で好きにしろ。

オレは――友達に会いに来ただけだ。」

「……!
何かあったら、テメェの責任だからな!」

「構わない。
さあ、さっきも山根さん――マスターに言われただろう?

ここはバーだ。
飲まないヤツは……下がれ。」

チッ、という舌打ちが響く。
下がるぞ!と怒声を残して――機動隊員達が店を出て行く。

蝶番がドアを閉じた後、店内に残された四人……。
その中で、オレだけが取り残されたようだった。

それでも、オレはこの夜を見届けたかった。
見届けなければならないと――そう感じていた。

少しだけ水気を残した足音が響く。
'Round Midnightが終わり、コルトレーンの吹くサックスが星屑の煌めきを歌う。
"お客様"の左手の席に腰を掛けた工藤刑事が、張り詰めた空気を解きほぐすような穏やかな声で告げる。

「随分と無茶をしたな、貴弘。
組の負債をお前のせいにされたそうじゃないか。」

「…お前には関係ないだろ、正行。」

棘のある返事が響き、また空気が緊張の色に染められそうになった時――今度はその空気を、マスターがぶち壊す。
「……おい、正行。
飲まないのか。」

「山根、さ――マスター。
そう、だよな。

飲まないと、だもんな…。」

二人――いや、三人の夜が。
最悪の形で、今、ここで。

交差しようとしている。

「まだ職務中だから――
ノンアルコールでお願いできますか。」

「――仕方ないか。
分かった。」

そう言って、タンブラーグラスに氷を組む。
ステアして水気を切り、カットしたライムを搾り20ml。
シュガーシロップを1tsp、そしてウィルキンソンのドライなジンジャーエールで満たす。
バースプーンを挿しこみ、氷を持ち上げるように――二回。

「サラトガ・クーラーだ。」

コースターの上にグラスを重ね、小さく息を吐き出して…。
「――待たせやがって、この……、"がんぼたれら"が!」

悔しそうに…拳を握り締める。

苦笑いをしてグラスを受け取り、刑事と容疑者――その立場を捨てて、声を掛ける。
「乾杯しよう、貴弘――
やっと、あの日に交わした……
山根さんの店で、二人で飲むって約束を果たせるんだ。」

何かを堪えるように、唇を噛み締めた貴弘がギムレットのグラスを持ち上げて、ノロノロと正行の掲げるグラスに合わせる。

グラスがぶつかる音が、小さく響いて――
店の空気を震わせた。

二つの唇がそれぞれにグラスに触れて、喉仏を上下させる。

そのまま、グラスの中身を一気に飲み干して。

ふぅ、と唇が息を吐き出して、空になったグラスが置かれたのは……同じタイミングだった。

「なぁ貴弘――。
なんで、オレに相談してくれなかったんだ。
相談してくれたら、少しでも力に――」

「お前にだけは――言えるかよ。」

貴弘が、力無く笑う。
「警察官に、現役暴力団員の幼馴染がいる、だなんて……。」

言葉が、途切れる。

「言えない理由なんて――それだけで十分だろ。」

「…………。

お前……そんな、ことの……ために。」

マスターは腕を組んだまま、二人の会話を聞いている。

「お前は頭がいいんだ。
社会からドロップアウトして、一端のヤクザにもなれねえオレが。
お前の足を引っ張る訳にはいかねえだろ。」

「馬鹿…じゃ、ねえの…オレ達は、友達だろうが……!
お前が苦しんでるのをほっといて、平気でいられるはずが、」

「――だから、それも今日で終わりだ。」

言葉を遮るように立ち上がり、
正行の前に、両手を差し出す。

「手錠を掛けろ、正行。
オレを――逮捕してくれ。」

正行は、すぐに動けなかった。

視線だけが、差し出された両手と、
貴弘の顔を往復する。

「……逮捕されるなら、お前がいい。
――頼む。」

それ以上、理由は言わなかった。

貴弘の覚悟を目の当たりにした正行が逡巡して――
震える手でジャケットの中に手を入れようとした時。

「おい。」

低い声が、二人の間に落ちる。

「ここは――オレの店だ。」

正行も、貴弘も、動きを止める。

「ここはバーだ。
……飲んだなら、金を払え。」

ペンを取り出しながら、二人を見ることなく伝票に記入していく。

「そして、客として――自分の脚で店を出ろ。」

そう告げて会計札を二枚、トレイに乗せて二人の前に差し出す。

「いいか。
バーで金を払うのはな。
また客として来る、という約束だ。

店の外でお前達がどうなろうと知ったことじゃねぇ。

だがな。
オレの前に座ったからには、二人とも客として帰れ。

それが――」

マスターの瞳が、二人を真っすぐに見詰める。

「バーの礼儀だ。」

二人が顔を見合わせて、吹き出すように笑う。
「ふ、ふははっ!
そうだな、悪かったよ、マスター。
刑事が飲み逃げする訳には行かないもんな。」

「マスター……すみません…。
ありがとう、ございました。」

トレイの上に、二人で揃って財布から金を取り出し、置く。

「さぁ、行くか貴弘。」

「ああ、正行。」

ふと思い出して、声を掛けてしまった。

「あの、領収、書は」

立ち上がり、財布を仕舞いながら正行が笑う。
「友達と飲んだだけさ。
領収書は――、切れないよ。」

そう言って、ドアに向かって二人で歩いていく。

「マスター…。
その――
また、来ます。」

顔を上げることのないまま、マスターの低い声が応える。
「おう…。
今度は、待たせるんじゃねえぞ。」

少しだけはにかんだように笑う。
「敵わないな、山根さんには…。
分かりました。」

ドアに手を掛けようとした時、思い出したように貴弘の肩に手を置く。

「なぁ。
撃たれた行員な――助かった。」

その一言で、
貴弘の膝が、崩れた。

「……良かった…。
良かった……!」

それ以上、言葉は続かなかった。

蝶番を軋ませてドアが開かれる。
機動隊員がひしめく音が一瞬聴こえて……蝶番がもう一度軋む。
二人の――刑事と容疑者の姿が、ドアに隠されて見えなくなる。
閉じていくドアの向こう、ガチャリ、という金属音を最後に――
それきり、外の街は閉ざされた。

キャノンボール・アダレイの吹く枯葉――それだけが店の中に響いていた。
ドアの外の喧騒が大きくなり、サイレンが雨音を掻き消す。

枯葉が落ち、サイレンが雨音の向こうに消えて行った頃――両手をカウンターに付けたマスターの、震える声が聞こえた。


「馬鹿…野郎が……。」


マスターの、そんな小さな呟きが――ioriの中に取り残される。

カウンターの上。
二つのグラスに残された雫が、コースターを濡らしていた。
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