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第四章 決戦に向けて

十一 消えた心

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1・

アデンからの出発を控えた軍艦の客室の中、夜時間の深夜帯に目覚めた。

あまり食欲がなく、半日眠ってようやく起き上がって水を飲むことができた。

ほの明るい室内にいるのはオーランドと、ベッドの隅にいつの間にか乗っかって丸まって眠るレリクスの王のみだ。

馬の神に封印してもらえたらしい神族の力の暴走は、何とか収まりつつある。しかしまだ気を抜けば、いくつかの知らない情報が脳裏に流れる羽目になる。

すでにファルクスに渡ったというフィルモア様に教えてもらったように、激しい水の流れを見上げつつも沈む石のように落ち着けば、機械などに頼らなくてもこの能力で世界中から望みの知識を呼び寄せられるようになる。つまりは、頭の中のパソコンに慣れるしかない。

今も出来る限り落ち着き、はしゃいでいた自分はどこに行ったのか分からないと思いながら、充電されたスマホを渡してもらって再び横になった。

マーティス国王から私の事件についての質問メールと、事態を知ったエリック様とジェラルド先輩からのお見舞いメールが来ている。そしてミンスさんから、一通来ている。

電話の着信履歴が無いので、メールのみだ。珍しい。

開いて読むと、インプレッションズの面々と喧嘩して、今後は一緒に活動できないとあった。

落ち込んでいるので、電話では連絡しなかったのか。

こちらも今の状況ではメールの方がいい。しかし、どう返せばいいか分からない。

前の自分なら、考える前に言葉が出たと思う。でもいまは、何を書けばいいか分からない。

起き上がり、傍にいるオーランドに話しかけた。

「ミンスさんからメールが来ているんだけれど、どう返せばいいか分からない。少し……見てもらえないだろうか」

「はい。読んでも構わないのですね」

オーランドは私が差し出したスマホを受け取り、画面を確認した。

「これは、確かに微妙な問題ですね。もう少し詳しく説明していただけると、文を考えるのも楽でしょうが……。この返事にはとりあえず、いつものショーン様の心をそのまま表現すればよろしいかと思います」

「いつもの?」

オーランドにスマホを返してもらい、不思議に思った。

前の自分の記憶はある。ミンスさんに対して嫌にはしゃいで、テンション高く接していた。それは向こうもそうだったし、それに……きっと彼女が好きだったから。

「……」

私は戸惑い、自分の胸に触れた。私の魂の一部だったレリクスの宝石は、今はもうそこに無い。そして私の昔の心も……。

「オーランド」

「はい? どうされました」

「私は、分からない。記憶はある。でも同意できない。昔の自分の気持ちが分からない」

「……ショーン様、まだ混乱なさっているのでしょう。体は大丈夫かもしれませんが、脳にダメージが残っています。どうぞ、横になられて下さい」

「いや、違う。ああ、確かにまだ頭の中がザワついていて落ち着かない。でもそうじゃないんだ。私が言っているのは心の問題だ。過去の記憶に……前のショーンの記憶に心が動かないんだ。全く……感動しない。価値も見いだせない」

大変な状況に思えて、怖くなった。今の自分に感情がない訳じゃない。だけど、記憶があるのに過去と切り離されている。私の元にやって来る世界の情報のように、別人の記憶を見せられている気分でしかない。

「どうすれば……いや、そうか、私の力で、心を取り戻せば……いいのか」

そう言うと、オーランドが首を横に振った。

「少しお待ち下さい。ショーン様の言霊の能力が高いことは存じておりますが、故に慎重になるしかありません。転生される前に、安全に記憶が保たれると発言した筈が、それがこのような状況になりました。今後、より熟考した上で作成した文章に、力を授けるようにしなければ危険です」

「……いや、あの時の文章は、きちんと効果を発揮した。発揮して、安全に記憶が受け継がれた後に、たがが外れて神族の力が暴走しただけだ。この結果は、誰も感知できない事故だった」

「それでも、冷静にお考え下さい。今は休むことが先決です。お願いいたします」

「……」

仕方がないと理解した。頷いて、ベッドに身を預けた。

けれど、いくら考えても自分である筈のショーンの記憶に馴染みがない。自分なのに、今朝までは彼だったのに。

もしかして本当は、あの瞬間にショーンは死んで、自分は赤の他人ではないのか?

私はたまらなくなり、また起き上がって頭に手を当てた。

「別人の……記憶にしか思えない。私は彼じゃない」

「確かに」

私の声に、ベッドの隅から返事が来た。

レリクスの王は起き上がり、私のすぐ傍まできた。

「レリクスとして本当のスタートを切ったリュンは、以前のリュンとは違う生命体だ。あの者は女王の分身であった。リュンでありながら、女王であった」

「それは、理解しています。けれど……じゃあまさか、記憶を今の私に移し替え無ければ、リュン……あのショーンは、あの瞬間に完全に消えてしまっていたということですか?」

「そのようだ。私たちは、分身を融合させて新たな個性を持つ独立した魂を生み出し、私たちの記憶を消して純粋なエネルギー体としての新たな子とする。本来ならば分身たちはすぐに融合されるのだが、私が死亡していたために、女王は仕方なく分身をそのまま人の体に入れた。記憶が消されていなかった」

「ええ、それが、あのショーンでしたが……」

「しかしその状態では未熟なままの期間が長くなり、弱い子になる。リュンは問題があり、即座に強い子になる必要があった。だから本来の通りに、新たな子として生まれる為に、リセットされたんだ」

「それ、それは……貴方は、分かっていてリュンを消したのか? あの子を、あんな純粋な子を!」

「落ち着きなさい。神族の力で、君はショーンの記憶を受け継いだ。そこに感情の受け継ぎはなかったようだが、しかしそのおかげで、以前のリュンとしても存在している。今はそれこそ混乱してしまって受け入れられないかもしれないが、君は以前のリュンでもある」

「けれど、リュンは消えた!」

「君はそれを受け継いだ。どう表現すればいいのか……レリクスは本来、転生せずに一つの人生を何万年と過ごす魔法生物だ。しかしリュンは、人間たちのように転生をした。以前のリュンの魂は、君の一部として今も生きている」

「結局、以前のリュンは死んだのですか。何故そんな重要なことを、先に説明してくれなかったのですか?」

私は混乱しそうになり、同時に涙ぐんだ。

「こちらとしても初めての経験だ。転生させてみなければ、どういう結果が出るか分からなかった。だから、この結果は見通せなかった。話せる訳がない」

「……でも、ポドールイの方々は、私がこうなると予知できなかったのでしょうか」

私の疑問に、黙って話し合いを聞いていたオーランドが答えてくれた。

「ショーン様。神の運命を把握できるのは、同じく神かその存在に近い力を有する者のみです。気配を察知されたからこそ、フィルモア様が同行して下さったのだと思いますが、ポーカーゲームでも判明したように、弱い子の状態のショーン様でも、あの方々よりも強い力を持っていたのです。どうか、その事情をご理解下さい」

「……」

もう、どうにもならない。終わったことだ。

私はベッドに倒れ込み、彼らに背を向けた。

私が存在するために、リュン……ショーンを消した。強くなる為に必要だったからといって、消費するかのように殺した。

みんな、彼が死んで私が生まれたことを怨むだろう。あのように魅力的だった子供だ。みんなはあの純真な子を失い、絶望して……私を、敵を殺すための道具として生まれた者としか考えないだろう。

私はきっと受け入れられない。彼らの大事なものを踏みにじっているから。

そんな風に自分を責めていると、瞬時に風景が変わり、ほぼ暗闇で覆われた世界の中に立っていた。

自分の心の中だと気付いて、情けなくなった。悪いことを考えすぎて、その世界を自分の中に生み出したと感じた。

心だけじゃなく肉体もここにいるかもしれないが、それを確かめるのも億劫だ。ここに閉じ籠もっていれば、自分は誰からも責められなくて済むだろうし、逆にいて良いんじゃないかと思えた。

ここにいよう。そう決めた瞬間、背後に誰かが立った。

苦しみに心が締め付けられそうになりつつも、振り向いた。

目の前に、短髪の黒髪で黒目の青年が一人立っている。目はアーモンド型で楽しげに歪み、人懐っこいような感じを受けなくはない。

けれど、その心がほぼ死んでいるのが分かった。この私の世界に住むのにぴったりな、闇に堕ちた存在。でも時空獣のように正気を失っておらず、とてつもなく長い経験を持つ者の知性と知恵を感じる。

そして同時に、激しく強い魔力を感じる。下手に動けば蛇に食べられる蛙のような私を、容赦なく殺そうとする無慈悲な殺気が充満している。

「お前は新たな神族だが、早くもこちらに来たいのか? 構わない、来るといい」

「なに……?」

「私の気持ちが分かるだろう? 大勢から怨まれ、頼られたのに忘れられ、縁を切られる。どれだけ働いても足りないとされ、多くの者をこの手で養うだけの時間が流れる。大勢に囲まれても、私はただ一人だ。並び立つ者はなく、誰もかもが先に消え去ってゆく。せっかく助けて養った者が、早々に消え去り私を取り残す。魂すら、彼らは失い消えてゆく。虚しいばかりだ。これは、お前自身の未来でもある」

「……」

違うと言えない。私も神族として、龍神として頼られて、何千年と生きるかもしれない。その場合、今言われたように取り残されて、自分のしてきた事は何だろうと悩むだろう。

親が子を失う悲しみ。配偶者に先立たれる苦しみ。でも……。

ショーンの記憶が、否定する。ロック様が家族を生き返らせずともいいと決断して、そして死んでいったことを知っている。彼は、人生の価値は長さじゃなく、何を成し遂げられたかだと言っていた。男らしい生きざまと死にざまを残すんだと。

知り合いに先立たれてウジウジするのは、男らしくない。格好悪い。

こう思うと、闇の魂の青年は気分を害したようだった。その感情が、この世界にいても引き寄せてしまう様々な情報の一部として、私の心に痛みを伴い突き刺さる。

私は一歩下がった。

「怯えているのか? まだまだ赤ん坊のお前を殺すのは忍びないが、でもお前は用なしだ。この宇宙はこれから滅びる。神も全て滅びる。先に死のうが後に死のうが、関係ないだろう? こちらへ来い」

「嫌だ。拒否する。立ち去れ!」

本気で言霊の力を使用した。

空間のどこかが音をさせて壊れたように感じたのに、闇の魂の青年は少し動いただけで、全く変化なくそこに立ち続けた。

「私も神だ。しかもお前より強い。そんなものは効果がない。それよりも、絶望してこちらへ来るといい。私と一緒に宇宙の最期を見届けるのも一興だぞ」

「嫌だ! 私は、宇宙を護る! みんなを護る!」

「愚かな子だ。今のお前の力が私に……いや、知らぬままがいい」

青年は気付いたら私の横にいて、素早く私を捕まえてその場に押し倒した。

私に触れている青年の手や全身から闇が噴出して、私を覆い尽くして食い滅ぼそうとする。浸食される!

私は闇を拒否しようとしたが、声が出ない。

声が出なけりゃもう終わりだと気付いて、ゾッとした。

もがいて逃げようにもできず、私という存在が食い滅ぼされていく。

私はショーンを消したばかりで、せっかく残った彼の記憶すら消すような馬鹿をしている。

意識が遠のき、もうダメだと思ったので助けを呼んだ。エリック様助けてと、残る力で念じた。

そうすると、彼が誰かに話すだろう、未来にあるかもしれない可能性の姿が見えた。彼はそこにいる誰かに……私に、怒りをぶちまけている。

「ロックはああして死に、もうすぐミネットティオルに転生する。その新たな存在が俺の事を覚えてなくてもお前はロックじゃないなんて、俺が彼に言うとでも思うのか? 俺は俺を覚えていないロックでもロックと思い、再会を待ち望んでいる! 赤の他人なんて絶対に思わない! 彼はどうあろうが俺の最高の同僚で戦友で、親友だ! それはお前にも共通することだ! この馬鹿ショーン、俺たちがお前をショーンじゃないなんて言うと思うな! 見くびんじゃねーぞ!」

エリック様の真っ直ぐな光の言葉が、私の魂に響き渡る。

辺り一面に輝く光が戻り、真っ白い花びらがたくさん空中に舞う。

私は涙を流しながら起き上がり、自分の心に火が点ったと感じた。

闇の力は遠のき、青年は消え去った。

「ありがとうございます」

私はエリック様に感謝した。

気付いたらベッドの上に戻って、横になっていた。

起き上がって振り向くと、オーランドとレリクスの王が、心から驚き強ばった表情をして私を凝視している。

長く向こうにいた気がしたけれど、一瞬のことだったのか。

「大丈夫。もう大丈夫だから……」

そう言うと、二人は頷いてくれた。

そしてオーランドが泣き出して、目を手で拭った。

より弱ってしまった私は、もっと眠ろうと思って横になった。

すると扉が開いてやってきたり瞬間移動してきたイツキとクロさん、その他大勢の味方たちが部屋に飛び込んできた。

説明はオーランドに任せることにして、私は目と耳を閉じて穏やかな眠りの中に遊びに行くことにした。

2・

様々な地点、欠片しか察知できないか全て見通したかは別として、フリッツベルクにパーシー、ホルンにロゼマイン、フィルモアは天を仰いだ。

「乗り切った」

パーシーは呟いた。

「しかし、もう表立って出撃してくるだろうな。へへ、まずは俺の方に顔見せろよ」

フリッツベルクは戦艦の船長席でふんぞり返り、不敵に笑ってみせた。

ホルンとロゼマインは、ラスベイに向かう同じ宇宙船の中で顔を見合わせた。

「運命は確定しました。あと四日後に間に合わないといけません」

ホルンが言うと、ロゼマインは頷いた。

「小惑星帯は危険な道ですが、突っ切りましょう。でなければ間に合わず、我々ポドールイの苦しみの歴史が増すばかりです。命を賭けても、その未来は阻止します」

「ありがとうございます」

ホルンは自分の運命のためにも命懸けになってくれたロゼマインに手を差し出し、ロゼマインは照れくさそうに握手をした。

ファルクスの、ポドールイ族の古き里にいるフィルモアは、多くの者の決意を感じ取り、己も仕事を全うしなくてはいけないと覚悟した。
そして古き城の地下に描かれた魔法陣の前で椅子に座り、それが発動できる瞬間をただ待った。
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