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第五章 私たちの選ぶ未来
1 ミンスさんのいない場所でミンスさんの話
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1・
一度眠って目覚めた後には、さすがに私自身の口から何があったか説明することになった。
初めて出会った諸悪の権現だろう闇の神の確認。私自身が心を暗くしてしまった事で呼び寄せてしまっただろう現実。
私の話を聞いた全員、私が本当に無事で良かったとまず喜んでくれた。私は彼らの素直で正直な心に触れられて、エリック様の台詞を聞いた時と同じように心が温かくなった。
なにより私が目覚めた時に、私を心配して何度もベッド脇に様子を見に来ていたらしいみんなの温かな心が、周辺の空気に入り混じり毛布のように覆ってくれているのに気付いたから……その光溢れる気持ちに触れて、すねた自分がどれだけバカな思い違いをしてしまったか理解できた。
前のショーンの肉体をそのまま受け継いだからじゃなく、私が前のショーンと違うと知っても、余計に気づかって護ろうとしてくれている。
私はその心に触れて、感動で涙が出た。みんな、どうしようもなくお人好しだ。だから私が……護らないといけない。もう、自分から敵の手中に落ちるなんてバカな事はしていられない。
そう決心して、みんなと話し合って決めたのは、私は敵のあの存在について極力触れず忘れるということ。
私の神族の能力、言霊の力は今の私になって発動が選択可能になった。だから前よりは自由に言葉を選ぶことができて楽になった。
ただし、そうやって力を込めなくても、私の発する言葉や思念には通常の人と比べて格段に魔力があるようなので、闇の力の強い存在がいると認めて闇の部分を強化するという風に敵に塩を送り続ける事の無いように、私は出来る限り忘れている方が良いらしい。
魔術的知識の多いウィルや、ポドールイ人の予知能力を平均的にとはいうが使えるオーランドがそう言うし、後で彼らが通信して言葉をもらってきたマーティス国王やフィルモア様の意見も同じということで、私はそれに従うしか道が無くなった。
自分とみんなのために敵の存在を極力忘れるというのが積極的対処法で攻撃だなんて、考えれば変に思えるものの、力の危うさは前のショーンの記憶で自覚できているから、その辺りで理解することにした。
ただ、ここぞという時になれば思い切り考えて呼び出す。
事件への対策がそうして取られた後で、バンハムーバの戦艦はアデンから飛び立った。
クリスタへの帰路、私は戦艦の客室でずっと体を休めていることになった。
2・
宇宙空間の旅の途中、操作に少しずつ慣れてきた世界の検索能力で、メールの返事を保留にしておいたミンスさんの事情を探し出した。
この能力で探らなくては、少なくとも前のショーンでは予想だにできなかった問題。
ミンスさんはインプレッションズのギタリストと共に、宇宙大手の音楽配信会社にスカウトされている。その問題を他のメンバーと話し合い、結果として喧嘩別れした。
インプレッションズのメンバーの方は、ミンスさんに同情して仲間に引き入れただけ。その親切が裏目に出たことで嫉妬して怒りつつも、ミンスさんとレヴィットに成功してもらいたいと思っている。自分たちが距離を置けば、二人は後腐れなく先に進んで行くだろうと考えている。
喧嘩別れしたミンスさんは、とても落ち込んで傷付いている。レヴィットが親身に話を聞いて慰めていて、このまま行けば二人ともスカウトを受け入れるだろう。
私はこの問題について何も関係がなく、口を突っ込めない。
つまり、メールの返事が書けない。
私はとうとう、クリスタへの旅の二日目のお茶の時間に、イツキにも事情を説明して相談した。
護衛官なので部屋の中でずっと突っ立ったままいるイツキはまず、私のことをまじまじと見つめた。
「何か?」
「いえ、失礼しました。その返事については、早く差し上げた方がいいと思います。内容は……当たり障りのないように」
「それが、書けないんだ。当たり障りのないって……こう、頭の周りで沢山の情報が渦巻いているのに、良い物を選択できない。分かっているのに、選び取るセンスがないというか……」
役立つ能力を手に入れたのに、それが全く使えない。驚きだ。
その答えは分かっている。私が生後三日の赤ん坊だからだ。多くの人を凌駕できる力を出せても、使い方がよく分からない。
「どれを選べばいいだろう? もういいから、例文ぐらいに簡単な文章を返した方がいいか」
「今は、それしか選択肢がないでしょうね」
イツキがそう言うから、私は本当に簡単な文字を打った。
「……元気出して、これからも頑張って……でいいか?」
私は重ねてイツキに聞いた。イツキが頷いてくれたから、それを送信した。
返事を出すのに四日間もかかってしまった。向こうは怒ってないだろうか。
それが気になるからメールを受け取ったミンスさんの情報を自力検索能力で調べようとして、何故か怖くなった。
ミンスさんの情報に触れたくない。どうしてだ。
しばらくそれについて考えてみたけれど、やはり分からない。
ちょうどそこに、アルファルド様に任せた新生命体開発の本の翻訳状況を調べに出ていたウィルが部屋に戻ってきた。
まず書類として進展状況を確認した。明後日の木曜日に帰還できた時には、完全に翻訳された文章を受け取れそうだと分かって嬉しくなった。
こうして仕事は上手くいっている。あの闇の魂を持つ神も、ぼんやり検索してみた結果、周辺には気配がなく遠くにいるようだと分かる。
体も休まり、頭の中もほぼ落ち着いた。
なのにミンスさんのメール問題が、いちいち気になる。
今度はウィルに、何故か確認するのが少し怖いと説明した。何故だろうと聞いた。
ウィルは、部屋にいるイツキとオーランドの顔を順番に見てから、私に向き直った。
「ショーン様は……以前はミンスさんのことをお好きでしたよね? 今は感情を受け継いでおられないとのことですが、記憶としてはありますでしょう?」
「ああ。確かに、前のショーンはミンスさんのことが女性として好きだったようだ。今は何も思わないのに、何故か反応が気になる」
「はあ。ではそれは……言いにくいのですが、構いませんか?」
「分からないから聞いているんだ。教えてくれ」
「今のショーン様は、ミンスさんと二度目の恋を始めようとされているのでしょう。ですから、メールで傷付けたり怒らせたりしないかと、気になっておられるんです」
「…………ん?」
私は考えた。することオーランドが言った。
「よほど相性の良い関係なのでしょうね。それほど好みなのですか?」
「え?」
「ミンスさんは、平均的バンハムーバ女子よりも美人ですからね」
イツキまでそんな事を言った。
「いや、しかし、私は会った事がないんだ。見て知っているだけの感覚に近い」
「人は漫画やアニメ、ドラマの登場人物を好きになるものです。それと同じでしょう」
オーランドがまた言った。
「いや、そんな事はない。私は生後三日の子供だ。確かにミンスさんがあれほど美人で素敵だといっても、女性を好きになるのは早すぎる」
そう言うと、何か三人の雰囲気が変わった。
「そうですね」
「ええ確かに」
「我々の思い違いです」
三人ともがいきなり手のひらを返したから、言霊の力を使ってしまったかと驚いた。しかし新しい自分になってからは、効果を出すかどうかの力の調整が常に上手くいっている。今も使ってない筈だが?
彼らが何を考えているのか検索して調べようとすると、オーランドがバンハムーバ母星からクリスタに帰還している途中のジェラルド先輩の話をし始めた。
私がクリスタに到着する日に同じく戻るだろうという。エリック様はそのまま母星の守護として残ったそうだ。
前のショーンが、帰還したらエリック様に通信を入れたがっていた。私は彼ほどエリック様に懐く感情はないものの、とてつもなく頼りにはしている。ショーンの記憶の中で一番尊敬すべき人として刻まれているから……そのおかげで、私は闇に飲まれずに済んだ。
私も、エリック様に恩義を感じている。
そう思うと、自然と笑っていたようだ。私を見て三人が笑い返してくれたから。
真顔に戻ると、オーランドが言った。
「ところで、ジェラルド様の婚約者であられるローレル様とは、そのうち神殿内でお会いいたしますが、その時に正体を伏せるか正直に話すか、お決めになった方がよろしいかと思います」
「あっ……そうだな。ジェラルド先輩は既に私のことを話してはいないのだろうか?」
「まだ報せていないとのことです。これはショーン様のプライバシーですので、ジェラルド様は配慮されたようです」
「なるほど。では……話せば、ミンスさんにも知られるのか?」
「それは口止めができますよ」
「ああ。でも、姉妹間で秘密を持つのは辛いだろう。なので秘密にしておこう」
そう言うと、ウィルが物言いたげな目で私を見た。
「ウィル、何か言いたいようだが?」
「ああはい。しかし、いつまで真実を伏せるおつもりですか? いつか話そうと思うならば、最初に告げておいたほうが楽な場合があるかと」
「楽? それは、どういう意味?」
「後で知ったミンスさんから、よくも黙っておいたなと責められて気まずくなる可能性が無くなるという意味です。一生ミンスさんを神殿に招待されないのでしたら、関係の無い話ですがね」
「……」
私は黙り込んだ。一人で考えることにした。
一生、ミンスさんを神殿に招かない確率を感知してみた。
……ゼロパーセントだ。
という事は、いつか責められるかもしれない。
それに自然と感知した未来の一つに、着飾ったミンスさんがレヴィットと共に中央神殿に招かれているものがある。
その詳しい経緯を知りたくなくて、情報から目をそらした。意識しないようにすると、その未来の情報はどこかに漂って行ってしまった。
「…………」
私は何故か不機嫌になった。そうしたら三人は、彼らで関係の無い世間話をしたり仕事の話をしたりした。
どうやら、私に気を使っているようだ。
何の気だか分からないと思い、ため息ついて自分は真面目に考えることにした。
前のショーンはミンスさんがとても好きだった。魅力的な女性として、そして人柄が立派な部分をとても尊敬していた。
あのように立派な存在になりたいと憧れていた。強くて前向きな、力強い存在に。
そう思うと、胸の辺りがぼんやり温まった。何故だろうか、少し恥ずかしい。
私は、決めた。
「帰還して、仕事が一段落すればミンスさんに全て話す。分かった上で、改めて友人になってもらえれば良いと思う」
私がそう言うと、オーランドが私を見て笑顔で言った。
「そうですね。まずは今のショーン様として、認識していただきましょう」
それは簡単なようで、とても難しい事だ。ミンスさんは、全てを知れば前のショーンが亡くなった事実を悲しむかもしれない。そうしたら、彼女はショーンの為に私の存在を拒否するかもしれない。
胸が痛くなった。でも、私は全てを受け入れようと思う。ミンスさんが思ったように、楽なようにしてもらいたい。
それが、私の今の望みになった。
3・
火曜日の放課後。
校庭で待ち合わせをしたミンスはベンチに座り、レヴィットが来るまでスマホでニュースを観ていた。
そこにレヴィットがやって来たので、ミンスはネットを止めた。
「うーん……」
「どうした?」
「えーと、レヴィット先輩に言っても分からないと思うんですが……」
そう言われたレヴィットは、気を悪くした。
「何の話だ? 音楽の話じゃなくても知ってるぞ」
「あー、その、新しい龍神様のシャムルル様なんですけれど……会ったことがあるような気がして」
レヴィットは、確かに自分では分からないと素早く反省した。
「政財界の集まりでか? それとも学生だというから、どこかその辺りで? さすがに仮面を被って通学はしていないだろうから、素顔の彼女に会ったんだろうけれど」
「……この学校にいるかも」
「えっ。それは、さすがにミンスさんの立場でも、情報漏えいは厳しく取り締まられるんじゃないのか? 黙っておいた方がいい」
「そうですよね。ジェラルド様なら少しぐらい何かしても大丈夫でしょうけど、シャムルル様は……」
ミンスは自分の手の中のスマホをチラリと見て、それをカバンに入れようとした。
しかしメールの着信音が鳴ったので止し、ミンスは確認をした。
「あれ、ショーン君からだ」
ミンスは五日ぶりなのに短い文章を見て、残念そうに微笑んだ。
「忙しいみたいです」
「ああ……中央神殿の神官なんだよな。神官が民間の高校に通いつつ仕事をするのは珍しい。神学校に行くか、地方の神殿で中学時代から住み込みで働くかが普通じゃなかったか」
「ええ、確かに普通は、そうなんでしょうね」
ミンスは色々と考えながらニコリと笑い、今度こそカバンにスマホを入れた。
一度眠って目覚めた後には、さすがに私自身の口から何があったか説明することになった。
初めて出会った諸悪の権現だろう闇の神の確認。私自身が心を暗くしてしまった事で呼び寄せてしまっただろう現実。
私の話を聞いた全員、私が本当に無事で良かったとまず喜んでくれた。私は彼らの素直で正直な心に触れられて、エリック様の台詞を聞いた時と同じように心が温かくなった。
なにより私が目覚めた時に、私を心配して何度もベッド脇に様子を見に来ていたらしいみんなの温かな心が、周辺の空気に入り混じり毛布のように覆ってくれているのに気付いたから……その光溢れる気持ちに触れて、すねた自分がどれだけバカな思い違いをしてしまったか理解できた。
前のショーンの肉体をそのまま受け継いだからじゃなく、私が前のショーンと違うと知っても、余計に気づかって護ろうとしてくれている。
私はその心に触れて、感動で涙が出た。みんな、どうしようもなくお人好しだ。だから私が……護らないといけない。もう、自分から敵の手中に落ちるなんてバカな事はしていられない。
そう決心して、みんなと話し合って決めたのは、私は敵のあの存在について極力触れず忘れるということ。
私の神族の能力、言霊の力は今の私になって発動が選択可能になった。だから前よりは自由に言葉を選ぶことができて楽になった。
ただし、そうやって力を込めなくても、私の発する言葉や思念には通常の人と比べて格段に魔力があるようなので、闇の力の強い存在がいると認めて闇の部分を強化するという風に敵に塩を送り続ける事の無いように、私は出来る限り忘れている方が良いらしい。
魔術的知識の多いウィルや、ポドールイ人の予知能力を平均的にとはいうが使えるオーランドがそう言うし、後で彼らが通信して言葉をもらってきたマーティス国王やフィルモア様の意見も同じということで、私はそれに従うしか道が無くなった。
自分とみんなのために敵の存在を極力忘れるというのが積極的対処法で攻撃だなんて、考えれば変に思えるものの、力の危うさは前のショーンの記憶で自覚できているから、その辺りで理解することにした。
ただ、ここぞという時になれば思い切り考えて呼び出す。
事件への対策がそうして取られた後で、バンハムーバの戦艦はアデンから飛び立った。
クリスタへの帰路、私は戦艦の客室でずっと体を休めていることになった。
2・
宇宙空間の旅の途中、操作に少しずつ慣れてきた世界の検索能力で、メールの返事を保留にしておいたミンスさんの事情を探し出した。
この能力で探らなくては、少なくとも前のショーンでは予想だにできなかった問題。
ミンスさんはインプレッションズのギタリストと共に、宇宙大手の音楽配信会社にスカウトされている。その問題を他のメンバーと話し合い、結果として喧嘩別れした。
インプレッションズのメンバーの方は、ミンスさんに同情して仲間に引き入れただけ。その親切が裏目に出たことで嫉妬して怒りつつも、ミンスさんとレヴィットに成功してもらいたいと思っている。自分たちが距離を置けば、二人は後腐れなく先に進んで行くだろうと考えている。
喧嘩別れしたミンスさんは、とても落ち込んで傷付いている。レヴィットが親身に話を聞いて慰めていて、このまま行けば二人ともスカウトを受け入れるだろう。
私はこの問題について何も関係がなく、口を突っ込めない。
つまり、メールの返事が書けない。
私はとうとう、クリスタへの旅の二日目のお茶の時間に、イツキにも事情を説明して相談した。
護衛官なので部屋の中でずっと突っ立ったままいるイツキはまず、私のことをまじまじと見つめた。
「何か?」
「いえ、失礼しました。その返事については、早く差し上げた方がいいと思います。内容は……当たり障りのないように」
「それが、書けないんだ。当たり障りのないって……こう、頭の周りで沢山の情報が渦巻いているのに、良い物を選択できない。分かっているのに、選び取るセンスがないというか……」
役立つ能力を手に入れたのに、それが全く使えない。驚きだ。
その答えは分かっている。私が生後三日の赤ん坊だからだ。多くの人を凌駕できる力を出せても、使い方がよく分からない。
「どれを選べばいいだろう? もういいから、例文ぐらいに簡単な文章を返した方がいいか」
「今は、それしか選択肢がないでしょうね」
イツキがそう言うから、私は本当に簡単な文字を打った。
「……元気出して、これからも頑張って……でいいか?」
私は重ねてイツキに聞いた。イツキが頷いてくれたから、それを送信した。
返事を出すのに四日間もかかってしまった。向こうは怒ってないだろうか。
それが気になるからメールを受け取ったミンスさんの情報を自力検索能力で調べようとして、何故か怖くなった。
ミンスさんの情報に触れたくない。どうしてだ。
しばらくそれについて考えてみたけれど、やはり分からない。
ちょうどそこに、アルファルド様に任せた新生命体開発の本の翻訳状況を調べに出ていたウィルが部屋に戻ってきた。
まず書類として進展状況を確認した。明後日の木曜日に帰還できた時には、完全に翻訳された文章を受け取れそうだと分かって嬉しくなった。
こうして仕事は上手くいっている。あの闇の魂を持つ神も、ぼんやり検索してみた結果、周辺には気配がなく遠くにいるようだと分かる。
体も休まり、頭の中もほぼ落ち着いた。
なのにミンスさんのメール問題が、いちいち気になる。
今度はウィルに、何故か確認するのが少し怖いと説明した。何故だろうと聞いた。
ウィルは、部屋にいるイツキとオーランドの顔を順番に見てから、私に向き直った。
「ショーン様は……以前はミンスさんのことをお好きでしたよね? 今は感情を受け継いでおられないとのことですが、記憶としてはありますでしょう?」
「ああ。確かに、前のショーンはミンスさんのことが女性として好きだったようだ。今は何も思わないのに、何故か反応が気になる」
「はあ。ではそれは……言いにくいのですが、構いませんか?」
「分からないから聞いているんだ。教えてくれ」
「今のショーン様は、ミンスさんと二度目の恋を始めようとされているのでしょう。ですから、メールで傷付けたり怒らせたりしないかと、気になっておられるんです」
「…………ん?」
私は考えた。することオーランドが言った。
「よほど相性の良い関係なのでしょうね。それほど好みなのですか?」
「え?」
「ミンスさんは、平均的バンハムーバ女子よりも美人ですからね」
イツキまでそんな事を言った。
「いや、しかし、私は会った事がないんだ。見て知っているだけの感覚に近い」
「人は漫画やアニメ、ドラマの登場人物を好きになるものです。それと同じでしょう」
オーランドがまた言った。
「いや、そんな事はない。私は生後三日の子供だ。確かにミンスさんがあれほど美人で素敵だといっても、女性を好きになるのは早すぎる」
そう言うと、何か三人の雰囲気が変わった。
「そうですね」
「ええ確かに」
「我々の思い違いです」
三人ともがいきなり手のひらを返したから、言霊の力を使ってしまったかと驚いた。しかし新しい自分になってからは、効果を出すかどうかの力の調整が常に上手くいっている。今も使ってない筈だが?
彼らが何を考えているのか検索して調べようとすると、オーランドがバンハムーバ母星からクリスタに帰還している途中のジェラルド先輩の話をし始めた。
私がクリスタに到着する日に同じく戻るだろうという。エリック様はそのまま母星の守護として残ったそうだ。
前のショーンが、帰還したらエリック様に通信を入れたがっていた。私は彼ほどエリック様に懐く感情はないものの、とてつもなく頼りにはしている。ショーンの記憶の中で一番尊敬すべき人として刻まれているから……そのおかげで、私は闇に飲まれずに済んだ。
私も、エリック様に恩義を感じている。
そう思うと、自然と笑っていたようだ。私を見て三人が笑い返してくれたから。
真顔に戻ると、オーランドが言った。
「ところで、ジェラルド様の婚約者であられるローレル様とは、そのうち神殿内でお会いいたしますが、その時に正体を伏せるか正直に話すか、お決めになった方がよろしいかと思います」
「あっ……そうだな。ジェラルド先輩は既に私のことを話してはいないのだろうか?」
「まだ報せていないとのことです。これはショーン様のプライバシーですので、ジェラルド様は配慮されたようです」
「なるほど。では……話せば、ミンスさんにも知られるのか?」
「それは口止めができますよ」
「ああ。でも、姉妹間で秘密を持つのは辛いだろう。なので秘密にしておこう」
そう言うと、ウィルが物言いたげな目で私を見た。
「ウィル、何か言いたいようだが?」
「ああはい。しかし、いつまで真実を伏せるおつもりですか? いつか話そうと思うならば、最初に告げておいたほうが楽な場合があるかと」
「楽? それは、どういう意味?」
「後で知ったミンスさんから、よくも黙っておいたなと責められて気まずくなる可能性が無くなるという意味です。一生ミンスさんを神殿に招待されないのでしたら、関係の無い話ですがね」
「……」
私は黙り込んだ。一人で考えることにした。
一生、ミンスさんを神殿に招かない確率を感知してみた。
……ゼロパーセントだ。
という事は、いつか責められるかもしれない。
それに自然と感知した未来の一つに、着飾ったミンスさんがレヴィットと共に中央神殿に招かれているものがある。
その詳しい経緯を知りたくなくて、情報から目をそらした。意識しないようにすると、その未来の情報はどこかに漂って行ってしまった。
「…………」
私は何故か不機嫌になった。そうしたら三人は、彼らで関係の無い世間話をしたり仕事の話をしたりした。
どうやら、私に気を使っているようだ。
何の気だか分からないと思い、ため息ついて自分は真面目に考えることにした。
前のショーンはミンスさんがとても好きだった。魅力的な女性として、そして人柄が立派な部分をとても尊敬していた。
あのように立派な存在になりたいと憧れていた。強くて前向きな、力強い存在に。
そう思うと、胸の辺りがぼんやり温まった。何故だろうか、少し恥ずかしい。
私は、決めた。
「帰還して、仕事が一段落すればミンスさんに全て話す。分かった上で、改めて友人になってもらえれば良いと思う」
私がそう言うと、オーランドが私を見て笑顔で言った。
「そうですね。まずは今のショーン様として、認識していただきましょう」
それは簡単なようで、とても難しい事だ。ミンスさんは、全てを知れば前のショーンが亡くなった事実を悲しむかもしれない。そうしたら、彼女はショーンの為に私の存在を拒否するかもしれない。
胸が痛くなった。でも、私は全てを受け入れようと思う。ミンスさんが思ったように、楽なようにしてもらいたい。
それが、私の今の望みになった。
3・
火曜日の放課後。
校庭で待ち合わせをしたミンスはベンチに座り、レヴィットが来るまでスマホでニュースを観ていた。
そこにレヴィットがやって来たので、ミンスはネットを止めた。
「うーん……」
「どうした?」
「えーと、レヴィット先輩に言っても分からないと思うんですが……」
そう言われたレヴィットは、気を悪くした。
「何の話だ? 音楽の話じゃなくても知ってるぞ」
「あー、その、新しい龍神様のシャムルル様なんですけれど……会ったことがあるような気がして」
レヴィットは、確かに自分では分からないと素早く反省した。
「政財界の集まりでか? それとも学生だというから、どこかその辺りで? さすがに仮面を被って通学はしていないだろうから、素顔の彼女に会ったんだろうけれど」
「……この学校にいるかも」
「えっ。それは、さすがにミンスさんの立場でも、情報漏えいは厳しく取り締まられるんじゃないのか? 黙っておいた方がいい」
「そうですよね。ジェラルド様なら少しぐらい何かしても大丈夫でしょうけど、シャムルル様は……」
ミンスは自分の手の中のスマホをチラリと見て、それをカバンに入れようとした。
しかしメールの着信音が鳴ったので止し、ミンスは確認をした。
「あれ、ショーン君からだ」
ミンスは五日ぶりなのに短い文章を見て、残念そうに微笑んだ。
「忙しいみたいです」
「ああ……中央神殿の神官なんだよな。神官が民間の高校に通いつつ仕事をするのは珍しい。神学校に行くか、地方の神殿で中学時代から住み込みで働くかが普通じゃなかったか」
「ええ、確かに普通は、そうなんでしょうね」
ミンスは色々と考えながらニコリと笑い、今度こそカバンにスマホを入れた。
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