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ヒロインは転生者、悪役令嬢は
しおりを挟むルカリファスの赤い瞳が楽しそうに弧を描く。
それに一瞬カルロスは怯んだ。
しかしその横から声が上がる。
「わたし知ってるんだから!
ルカリファス様は“悪役令嬢”で、だからわたしに酷い事したんだって!
わたしが“ヒロイン”だからみんなから除け者にされるんだって!!」
叫んだアンジェリカの瞳から煌めく涙が零れ落ちる。それを悲痛な面持ちで見ていた男たちはそれぞれにアンジェリカの肩や背中に手を触れてアンジェリカに寄り添う。
ルカリファスを射殺さんばかりに睨む男たちは本当に自分たちが姫を護る物語の王子になったつもりで居るようだった。
彼女が周りから一線引かれて対応されるのは、彼女が王太子を始め高位貴族の令息を侍らせているからであり、彼らが彼女を護る為に彼女に近づく令嬢全員をルカリファスの手の者だと決めつけて何も知らない令嬢たちすらも睨みつけ怒鳴りつけるせいだったのだが、アンジェリカは全てルカリファスのせいだと本気で思っていた。
アンジェリカは転生者だった。
母子家庭で育ててくれた母が死に、孤児院へ行く直前に父だと言う男爵に引き取られた。彼女は男爵がメイドに手を付けて出来てしまった子だという。孕んだ事に気づいたメイドが男爵の下から去り、男爵はずっと行方を探していたと聞かされた。
男爵令嬢となったアンジェリカは豪華に着飾られた自分を鏡で見た時に前世を思い出した。そして学園に入学し、王太子と出会ったその時、この世界は『乙女ゲームの世界』だと確信したのだ。王太子の婚約者のルカリファスのあの見た目で悪役令嬢じゃない訳が無い!、と。
知らないゲームだけど絶対にそうだと思ったアンジェリカはゲームのヒロインらしく動いた。無邪気にか弱く、それでいて時には芯の強さを見せる乙女。前世で乙女ゲームや恋愛小説が好きだったアンジェリカにはそんな少女を演じる事は難しい事ではなかった。
アンジェリカの前世は23歳のOLだった。職場のイケメン上司と付き合っていたら相手の奥さんが「7ヶ月の子供が居るの!あの人と別れて!!」なんて文句を言って来たから「愛されてないアンタの為になんで私が彼を手放さなきゃなんないのよ?!アンタの方が彼と別れなさいよ!!どうせ捨てられるんだから!!」と言い返したら包丁で刺されて死んだ。
彼女の中では愛されている方が『善』で愛されていない方は『悪』なのだ。
だから前世の事も彼女は『育児ノイローゼの女に刺されて殺された可哀想で悲惨な私』と本気で思っている。
前世は悲惨だったが生まれ変われた!それも乙女ゲームの世界のヒロインに!なら絶対にハッピーエンドで1番幸せにならなくちゃ!やっぱり私、神様に愛されているのね!!、と舞い上がったアンジェリカは本人が期待した以上の成果を出せた。王太子を捕まえられたらいいなと思っていたらその周りの男たちも釣れたのだ。全員がアンジェリカを愛し、だからといってアンジェリカを取り合って喧嘩したりもしない。従順にアンジェリカから愛が返される順番を待っている。最高の男たちだった。
アンジェリカは大した事はしていないと思っていたが、この世界の男女の付き合い方はかなり厳しく性に関しては秘められている事が多い。
男が女の普段隠された肌を見られるのは結婚後か、女性が来ない部屋に飾られている裸婦画くらいだった。そんな世界でアンジェリカは前世の記憶を引き継いで自由奔放に振る舞っていた。腕を出し、足を出し、暑くなれば襟元を緩める。身長差から男性陣からは彼女の豊かな胸の谷間が見える。それを彼女は惜しげもなく腕や背中に押し当ててくる。可愛い声で「頼もしくて大好き……」なんて言いながら上目遣いで瞳を潤ませて見上げられれば、この世界の堅物な男たちは簡単にその誘惑に落ちた。
アンジェリカはまだ身体は使ってはいなかったが、王太子やその周りの男たちにとっては、コルセットなど無い薄地のワンピースドレスなど身体や乳房の形や動きが分かる服を着ているだけで十分だった。
実質『身体を使って落した』様なものだったが、アンジェリカ自身はそれに気づいていない。
彼女は、『この世界はゲームの世界で、“自分がヒロイン”だから王子たちは自分に惚れている』と本気で信じていた。だから、『ゲーム通り自分は“ラスボスである悪役令嬢”を倒さなければならない』。それが『ヒロインがハッピーエンドになる為の条件』である、と本気で考えていたのだ。
その為にわざわざ自分が虐められていると噂を流したし、その為にルカリファスに酷い事をされていると演技もしてきたのだ。
全ては悪役を倒してハッピーエンドを迎える為に。
男たちに守られ、その後ろで怯えるアンジェリカは本当にどこかの国のお姫様の様だった。
それをジッと見ていたルカリファスが口を開く。
「……物語と現実の区別がついておられないのですね……。
皆様、ここはお伽噺の世界ではありませんよ?」
少し困った様に首を傾げて諭したルカリファスに男どもの頭に血が昇る。
「馬鹿にするな!
悪役は皆そう言って自分の方が正しいと周りの目を誘導するんだ!
ルカリファス!貴様こそ現実を見ろ!!
お前にはもう振りかざす力は無い!!」
婚約を破棄された令嬢にはもう何も出来ない。
そう叫んだカルロスの目に異常な物が映る。
ルカリファスの背中から広がった蝙蝠の羽に会場中の視線が釘付けになった。
ルカリファスは微笑む。
「悪役なんて、カワイイものに間違えられてしまって恥ずかしいですわ。
わたくし、強いて言うなら『悪魔令嬢』かしら?」
フフフ♪、と鈴を転がすような声で笑ったルカリファスの瞳が燃えるように真っ赤に輝く。
その瞬間、足元から広がった真っ黒な闇に会場内の全てが染まり、一瞬にしてその場に居た全員の意識が飛んだ。
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