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聖霊たちの軌跡

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 「それでは、続きをはじめます。」

 キャビンに戻ると、すでにジョジロウさん、レイミリアさん、ベントスまでも、ソファーに座って僕が戻るのを待っていた。僕は空いているジョジロウさんの隣に座った。するとマーリンさんはまた棒を手に持って、横に振る。

 さっきと同じように、船の床とソファーと僕ら以外の空間が突如として変わっていく。今度は目の前に、大きくて綺麗な地球が浮かんでいた。僕らはまた宇宙にいる、みたいだ。

 「申し訳ございません。」

 最初にそう言って、マーリンさんは頭を下げた。

 「ではあらためて、皆さんに今回の目的地と、そこでするべきことをご説明させていただきたいと思います。」

 そうマーリンさんが言うと、僕らは目の前に浮かぶ地球に急降下をしていく。

 「まず、今向かっている水の精霊ですが、相手は精霊ですので間違っても戦闘しようとは思わないでください。特に、ジョジロウ、あなたはすぐに相手に飛びかかっていくところがありましたから、特に気を付けてください。」

 「はい。」

 ジョジロウさんが素直にそう答えた。

 「水の精霊は海の精霊とも呼ばれ、千五百年前はポセイドンの名で呼ばれていたこともあります。四大聖霊は精霊の中でも最上位の存在であり、人が敵対すればまず勝ち目はありません。」

 そう言いながらマーリンさんは、ベントスに目をうつして言った。

 「ベントス様、あなた様も四大精霊のおひとりですよね。」

 「そだよ。」

 ベントスがソファーに寝転がりながら、ずいぶんと軽い口調でそう答えた。僕はその答え方にちょっと違和感を感じた。いつものベントスとちがう。なにか、おかしい。

 「不死であり、最強でもあるあなた様が、すでにこちらにいる者達とご一緒にいたことは大変な驚きでした。どのような心境でミラクーロ様方に、お手をお貸しいただけることになりましたのでしょうか?」

 「なりゆき。」

 ベントスがあきらかにおかしい。そう気がついてソファーを立ち上がると、周囲に映し出されていた様相が変化していく。宇宙が黒から光差す青に変わっていき、下方からいくつもの泡があがっていく。…水中か?

 「ベントス・マージ・アクイード。名づけの主として命ずる。…いったいどうした?」

 僕はベントスの名を呼んで正気に戻るか試してみた。少し間の抜けた問いも一緒に投げかけてしまったが…。するとベントスが起き上がって、自分の周囲に風を呼び起こして言った。

 「私の名は、そのような名前ではないです。私の名は、はるか遠い昔に賜った名なのです。」

 ベントスはそう言いながら、狭いキャビンの中で風の勢いを増していった。マーリンを見ると、目をまんまるにして驚いている。…ってことは、マーリンの仕業じゃない。ちょっとはそれを期待してたんだが。ジョジロウさんは体中を探るように手を動かしている。きっとあわてて武器をさがしてるんだ。

 「名を呼ばれましたのです。ですので、行かなきゃなのです。」

 風が暴風となってキャビンの中を暴れまくる。僕らはそれぞれに何かにつかまってその風をしのごうとする。船内の壁は淡い光の青に染まっていて、その一部がボカンと音を立てて、陽の光を飛び込ませた。そこからザブンと海水が流れ込む。そうしてベントスはその開いた穴から外へと飛び出し、竜巻となって空へ昇っていった。

 「銀の鈴、お願い!」

 僕は精一杯集中して銀の鈴の力を使おうとした。けど、一切反応がない。

 「レイミリア!レイミリア!」

 マーリンさんがそう叫んで、半身を水につかりながらレイミリアさんを抱えあげていた。既に壁は船のキャビンに戻っている。ジョジロウさんもマーリンさんを手伝おうと、壁を伝いながら近づいていくのが見える。

 「ジョジロウさん!青い扉は使えませんか?」

 「さっきから試してんだけど、どういうわけか出てこねえ!」

 叫びに近い声でそうジョジロウさんが言った。僕も急いで三人のところまで移動する。

 水はものすごい勢いで、船室を満たしていく。僕らは既に足が床から離れ、水面に顔を出しながら息をするのがやっとだった。

 「あっという間に沈んじまったな…。こりゃヤバ過ぎだろ。」

 ジョジロウさんのつぶやきが、狭い空間に響く。

 「お嬢ちゃんは大丈夫なのか?」

 ジョジロウさんが僕にそう聞いてきた。その問いにはマーリンさんが答えた。

 「レイミリアさんは頭を強く打っているみたいです。少しだけ出血もあります。急がないと危険かもしれません。」

 「マーリンさん、何か手はないですか?」

 僕の問いに、マーリンさんは首を横にふって答えた。

 「坊ちゃん、あんま喋るとここの酸素があっという間になくなるぞ!」

 ジョジロウさんがそう言って、ザブンと水の中に顔を沈めた。

 水圧が体を圧しつけてくる。まわりの光も次第に暗くなっていった。マーリンさんと二人でレイミリアさんを支えながら、ゆっくりと空気を吸って、ゆっくりと吐く。するとジョジロウさんが水中から顔をあげて、大声で言った。

 「発破仕掛けてきた!出るぞ!」

 直後に足の先の方からものすごい衝撃が僕らを襲った。水が揺れて、辺りを囲む船の内壁が崩れ落ちていく。

 「マルアハ様、お嬢ちゃんは俺が!坊ちゃんをお願いします!」

 ジョジロウさんがそう言って、レイミリアさんの口元を抑えて水に潜る。僕はマーリンさんに背中から抱きしめられて、一緒に水の中へ沈みこんだ。

 下を見ると、船の後部がすごい速さで沈んでいく。あっという間に暗闇へと消えた。マーリンさんがそんな僕を押し出すように、船の残骸から海中へと躍り出た。すぐ脇を船首が沈んでいく。僕らはその沈む船がつくる水流につかまりかけている。急いで離れようと思って僕は水中を思い切り蹴った。

 マーリンさんの手が、僕から離れそうになる。僕は慌ててその手をしっかりとつかむ。ここはずいぶんと深い。水面がものすごく遠い。

 マーリンさんが、僕を押し上げるように手を伸ばし始めた。僕はそれを、僕だけ助けて自分は水底に沈んでいく行為かと思い、必死に手をつかんだ。そうしたらマーリンさんは、僕のつかんだ手と反対の手に、いつもの木の棒を握りなおしていた。そうしてその棒を下に向かって下げた。すると驚いたことに僕らの体がすごい勢いで上昇しはじめる。僕はそれを不思議に思って見ていた。

 海面に出ると、ジョジロウさんが救命用のゴムボートを広げていた。マーリンさんと僕はそのボートに上がって、そのままひっくり返って、呼吸が落ち着くのを待つことにした。


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