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「まったく・・・すいません。飯島さん。失礼なお母さんで。でも悪気はないんです」
春菜は申し訳なさそうに言う。
「うん。大丈夫。ちょっと今まで遭ったことのないタイプの母親だったからびっくりしただけだから」
「でもああいう性格のお母さんだったからお父さんと結婚できたんだと思います」
「かもしれないね。お父さんは今も先生をやってるの?」
「いえ、やっていません。お父さんは去年、亡くなりました」
春菜は表情を変えることなく言った。
「・・・ごめん。無神経な質問して」
「気にしないでください。もう去年のことですから。もう大丈夫ですから」
春菜が明るく言う。
まだ去年だ。傷が瘉えるわけがない。それなのにこんな明るく振る舞うことができるなんて。強いな、この娘は。
「お父さんの死が私に告白する勇気をくれたんです。人はある日、突然死んでしまうことがある。それは今日かもしれない。そう思ったら告白せずにはいられなくなってしまったんです。私はお父さんのおかげで告白できたんです。だからお父さんには感謝してます。心から感謝しています」
父親はどうして死んだのだろう?
その疑問を春菜は敏感に察したらしく、
「お父さんは交通事故で亡くなりました。横断歩道で信号待ちをしていた父のところに車が突っ込んできたんです」
と答えてくれた。
「・・・そうだったんだ」
「はい。お父さんはどんなに真面目に生きていても死んでしまうことがあることを私に教えてくれました。死が突然訪れることがあることも教えてくれました。だから父の死は無駄ではなかったと思っています。そのおかげで飯島さんに告白する勇気も持てたんですから。本当に父には感謝しています」
春菜は胸の前で手を組む。天国の父親に感謝を捧げるみたいに。
事故という理不尽な現象で死んでしまった父親。その死を肯定的に解釈できるまでに春菜はどれだけツライ時間を過ごしたのだろうか?それを思うと心が痛んだ。
今でも完全には肯定できてないかもしれない。今でも理不尽な事故を思い出して血の涙を流すことがあるかもしれない。そう思うとますます心が痛くなった。
「飯島さん。私は本当に大丈夫ですから。心配しないでください」
僕は春菜を抱きしめたい衝動に駆られる。その衝動は尋常ではないほど強いものだった。同時に嫌な予感もした。今春菜を抱きしめなければ後悔するという予感だった。
春菜は傷ついている。抱きしめてくれる人を求めている。好きな人に抱きしめられることを求めている。僕に抱きしめられることを求めている。抱きしめられて泣きたいと思っている。
そんな春菜を今抱きしめなかったら必ず後悔する。
そんな強い予感を感じたのだ。
だから僕は春菜を抱きしめた。後悔なんてしたくないから・・・
「飯島さん、こういうことは大人になるまでしないんじゃなかったんですか?」
春菜が戸惑うように言う。
「ごめん。どうしても我慢できなかったんだ」
「謝らないでください。私、嬉しいですから。涙が出るくらい嬉しいですから。だから謝らないでください。気の済むまで私を抱きしめていてください」
春菜は涙声で言った。嗚咽をしながら泣き始める。
子供が簡単に大切な人の死を乗り越えることができるわけがないのだ。
僕はそれを思い出した。中二病の過去とともにその事実も僕は記憶の奥底に封印していたのだ。母の死を思い出さないために。
僕が思い出したくなかったのは中二病の過去ではない。母の死を思い出したくなかったのだ。思い出せは再び傷口から血が流れるとわかっていたから。だから中二病の記憶とともに母の死の記憶も封印したのだ。二度と血を流さないために。
春菜は父親の死を肯定的に捉えることで血を止めようと思ったのだと思う。こんな小さな体で心の傷を自らの力で塞ごうとしたのだ。
それは必要な行為だと思う。
でも僕はそれと同じくらい死んだ人のことを思って泣く行為も必要だと思った。子供の頃の僕はそれができなかった。
だから春菜には泣いてほしいと思った。思う存分泣いてほしいと思った。子供の頃素直に泣けなかった僕の分まで泣いてほしいと思った。
春菜は泣いた。泣き続けた。その涙の量が春菜の傷の深さだと思った。
僕も泣きたい気分だった。でも泣けなかった。久しく泣いていないせいで泣き方を忘れてしまったのかもしれない。
「・・・ありがとうございます。飯島さん。もう大丈夫です」
「うん。ごめんな。泣かせるようなことをして」
「いいえ。飯島さんは私がしてほしいことをしてくれました。だから感謝しています。ありがとうございます」
「どういたしまして」
僕は笑って言う。
春菜も笑う。
「できるなら飯島さんにも泣いてほしかったです。飯島さんも私と同じような心の傷を持っているから」
「知っていたのか?僕の母のこと?」
「はい」
僕の母は病気で死んだ。僕が小学6年のときのことだ。癌だった。病院で癌が発見されたときは手遅れの状態だった。検査の半年後、母は死んだ。
「飯島さん、私、行きたいところがあるんです」
「どこかな?」
「あの神社です。飯島さんが助けてくれた神社です。あそこに行きたいんです。1人では怖くて行けないんです。だから飯島さんに連れて行ってほしいんです。あそこは嫌なことを思い出す場所だけど、同時に良いことを思い出せる場所でもあるんです。だから行きたいんです。連れていってくれますか?」
「いいよ。連れていってあげるよ」
「ありがとうございます」
春菜は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
春菜は申し訳なさそうに言う。
「うん。大丈夫。ちょっと今まで遭ったことのないタイプの母親だったからびっくりしただけだから」
「でもああいう性格のお母さんだったからお父さんと結婚できたんだと思います」
「かもしれないね。お父さんは今も先生をやってるの?」
「いえ、やっていません。お父さんは去年、亡くなりました」
春菜は表情を変えることなく言った。
「・・・ごめん。無神経な質問して」
「気にしないでください。もう去年のことですから。もう大丈夫ですから」
春菜が明るく言う。
まだ去年だ。傷が瘉えるわけがない。それなのにこんな明るく振る舞うことができるなんて。強いな、この娘は。
「お父さんの死が私に告白する勇気をくれたんです。人はある日、突然死んでしまうことがある。それは今日かもしれない。そう思ったら告白せずにはいられなくなってしまったんです。私はお父さんのおかげで告白できたんです。だからお父さんには感謝してます。心から感謝しています」
父親はどうして死んだのだろう?
その疑問を春菜は敏感に察したらしく、
「お父さんは交通事故で亡くなりました。横断歩道で信号待ちをしていた父のところに車が突っ込んできたんです」
と答えてくれた。
「・・・そうだったんだ」
「はい。お父さんはどんなに真面目に生きていても死んでしまうことがあることを私に教えてくれました。死が突然訪れることがあることも教えてくれました。だから父の死は無駄ではなかったと思っています。そのおかげで飯島さんに告白する勇気も持てたんですから。本当に父には感謝しています」
春菜は胸の前で手を組む。天国の父親に感謝を捧げるみたいに。
事故という理不尽な現象で死んでしまった父親。その死を肯定的に解釈できるまでに春菜はどれだけツライ時間を過ごしたのだろうか?それを思うと心が痛んだ。
今でも完全には肯定できてないかもしれない。今でも理不尽な事故を思い出して血の涙を流すことがあるかもしれない。そう思うとますます心が痛くなった。
「飯島さん。私は本当に大丈夫ですから。心配しないでください」
僕は春菜を抱きしめたい衝動に駆られる。その衝動は尋常ではないほど強いものだった。同時に嫌な予感もした。今春菜を抱きしめなければ後悔するという予感だった。
春菜は傷ついている。抱きしめてくれる人を求めている。好きな人に抱きしめられることを求めている。僕に抱きしめられることを求めている。抱きしめられて泣きたいと思っている。
そんな春菜を今抱きしめなかったら必ず後悔する。
そんな強い予感を感じたのだ。
だから僕は春菜を抱きしめた。後悔なんてしたくないから・・・
「飯島さん、こういうことは大人になるまでしないんじゃなかったんですか?」
春菜が戸惑うように言う。
「ごめん。どうしても我慢できなかったんだ」
「謝らないでください。私、嬉しいですから。涙が出るくらい嬉しいですから。だから謝らないでください。気の済むまで私を抱きしめていてください」
春菜は涙声で言った。嗚咽をしながら泣き始める。
子供が簡単に大切な人の死を乗り越えることができるわけがないのだ。
僕はそれを思い出した。中二病の過去とともにその事実も僕は記憶の奥底に封印していたのだ。母の死を思い出さないために。
僕が思い出したくなかったのは中二病の過去ではない。母の死を思い出したくなかったのだ。思い出せは再び傷口から血が流れるとわかっていたから。だから中二病の記憶とともに母の死の記憶も封印したのだ。二度と血を流さないために。
春菜は父親の死を肯定的に捉えることで血を止めようと思ったのだと思う。こんな小さな体で心の傷を自らの力で塞ごうとしたのだ。
それは必要な行為だと思う。
でも僕はそれと同じくらい死んだ人のことを思って泣く行為も必要だと思った。子供の頃の僕はそれができなかった。
だから春菜には泣いてほしいと思った。思う存分泣いてほしいと思った。子供の頃素直に泣けなかった僕の分まで泣いてほしいと思った。
春菜は泣いた。泣き続けた。その涙の量が春菜の傷の深さだと思った。
僕も泣きたい気分だった。でも泣けなかった。久しく泣いていないせいで泣き方を忘れてしまったのかもしれない。
「・・・ありがとうございます。飯島さん。もう大丈夫です」
「うん。ごめんな。泣かせるようなことをして」
「いいえ。飯島さんは私がしてほしいことをしてくれました。だから感謝しています。ありがとうございます」
「どういたしまして」
僕は笑って言う。
春菜も笑う。
「できるなら飯島さんにも泣いてほしかったです。飯島さんも私と同じような心の傷を持っているから」
「知っていたのか?僕の母のこと?」
「はい」
僕の母は病気で死んだ。僕が小学6年のときのことだ。癌だった。病院で癌が発見されたときは手遅れの状態だった。検査の半年後、母は死んだ。
「飯島さん、私、行きたいところがあるんです」
「どこかな?」
「あの神社です。飯島さんが助けてくれた神社です。あそこに行きたいんです。1人では怖くて行けないんです。だから飯島さんに連れて行ってほしいんです。あそこは嫌なことを思い出す場所だけど、同時に良いことを思い出せる場所でもあるんです。だから行きたいんです。連れていってくれますか?」
「いいよ。連れていってあげるよ」
「ありがとうございます」
春菜は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
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