アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第1章

第6話

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 アルサスの町。
 郡都タイモールの衛星都市群のひとつである。

 無事に種イモの輸送を終えたセシルとナイルは、中心部近くの安宿に腰を落ち着けた。

 旅人などが利用する食事付きの宿屋である。
 日本で旅館といえば温泉などがある観光旅館くらいしか見かけなくなったが、徒歩での旅が主流だった江戸時代くらいまでは、街道沿いの宿場ごとに旅籠はたごたくさん存在した。

「今日はゆっくりやすんで、明日遺跡に潜るよー」

 提供された不味そうな食事を、不味そうについばみながらセシルが言った。
 旅人向けの宿の多くがそうであるように、この宿も一階部分が食堂になっている。

 微妙に傾いているクロスすらかかっていないテーブルと、安物の木皿。
 何の肉を煮込んだんだか良く判らないシチューと、かちかちに固いパン。

 少なくとも、食事を目当てにこの店に来る客はいないだろうなと思いながら、シチューにパンを浸すナイル。
 水分を吸わせて柔らかくしないと、とてもではないが食べられないのだ。

「遺跡とかきくと、やっぱり異世界にきたんだなって気がするよ」

 柔らかくはなったが、シチューの味を吸って劇的に不味くなったパンに辟易へきえきしながら、少年が肩をすくめる。

「ニッポンにはなかったの?」
「あったけど、どれも素人が簡単に近づけるようなものじゃなかったな」

 古墳こふんとかだ。
 そんなところで宝探しをする馬鹿はいない。
 そもそも、そういう場所は考古学者や歴史学者の領分で、一般人が立ち入れるようなものでもなかった。

「徳川の埋蔵金とか探している人がいたって話は、聞いたことがあるけど」

 たいていは眉唾だ、と、付け加える。
 多くの場合、埋蔵金伝説は嘘だ。

 徳川の埋蔵金。
 奥州藤原家の金鶏。
 白ロシア、怪僧ラスプーチンの財宝。
 海賊の中の海賊、キャプテンキッドの財宝。

 どれもこれも現在に至るまで発見に至っていない。
 それもそのはずで、そんなものは存在しないからである。
 無いものをいくら探したって、見つかるわけがない。

 答えは簡単。
 例に挙げたものは、すべて滅亡したり殺されたりしている。
 隠している資金があったとしても、滅亡を遅らせるために使っただろう。
 滅び去った名門なり文明なりに財産があるわけがない。

 むしろそんな金があったら滅びない。
 身も蓋もない言い方になるが、この世が貨幣によって運営されている以上、金とはすなわち力なのである。

 力を持つ者が滅びるはずもなく、滅びたということは、その力を失ったゆえと考えるのが健全だ。

「ロマンがないねー ナイルは」
「ロマンで腹はふくれなかったからな」

「けどまあこっちには、お腹がふくれるロマンも溢れているんだよ」
「楽しみだよ」

 微笑する少年。
 世知辛い日本ではない。異世界なのだ。

 魔法、冒険、モンスター、財宝。
 そんなものがごろごろしている。

 だいたい男の子というものは、冒険とか宝探しとかいうものが大好きなのだ。
 ナイルだって例外ではない。
 むくむくと冒険心か鎌首かまくびをもたげる。

「そんな難しい迷宮ダンジョンってわけじゃないけどね。モンスターとか住み着いたりしてるんで、戦闘になる覚悟はしておいて」
「わかった」

 セシルの言葉に軽く頷く少年。

「あ、まさかモンスターも殺せないとか?」

 ふと心づいたように女冒険者が訊ねる。

「いや……そんなことはないと思う。やったことはないけど」

 相手が人間でないなら、襲いかかってくる異形なら、さほど忌避感はないのではないか。

「んっと、じゃあ、犬とか猫とかは殺せる?」
「無理に決まっているだろ? なんで殺す理由があるんだよ」

 大型犬ならばともかく、猫や小型犬に人間を殺すだけの力はない。襲いかかってきたとしても、蹴るか大声を出すかして追い払えば充分だ。

「ふむふむ。ナイルのことが少し判ってきたよ」

 方針が立てやすくなった、と、言ってセシルが席を立つ。
 まだ料理は半分ほど残っていたが、苦行と大差ない食事を続けるのが嫌になったのだろう。
 部屋のカギがちゃりんと軽い音を立てる。

「まだ食べてる?」
「いや、俺も休むよ。さすがに少し疲れた」

 体力的にはまだ余裕があるが、ずっと精神力を使い続けた。
 ゲームならばマジックポイントの残量が判るのだろうが、現実はそう簡単なものではない。
 感覚で判断するしかない。

 それもまた、使い続けることによって、だんだん判るようになってくるものなのだろう。

「んじゃ一緒に部屋に行こうかー」
「ああ」

 と、頷いてから、少年はセシルがカギをひとつしか持っていないことに気付いた。

「…………」

 知らず上気してゆく顔。

「どしたの? ナイル」
「お、同じ部屋なのか?」

 訊ねる声がヨーデルになりかける。
 セシルが小首をかしげた。

「嫌だった? 二部屋も借りるのは、お金の無駄かなって」
「いやいやっ 男女同室ってどうなんだよっ」

「大丈夫。あたしは全然気にしないよー」
「気にしろよっ!?」

「えー? 昨夜だって一緒に寝たじゃん?」
「誤解を招くようなこと言うなよっ!? 背中合わせになって眠っただけだろうが!?」

 野宿である。
 たった二人では見張りをする意味がないため、互いに背を預けて仮眠を取った。
 同衾どうきんとはわけが違うのだ。

「ていうかさ、ナイル。きみってあたしのこと女として見てるの?」

 冒険者に男も女もない。
 もちろん中には、女性を武器にする女冒険者もいるが、セシルはそういうタイプではなかった。
 扇情的な服装もしていないし、髪だって無造作に頭の横で結んでいるだけ。
 化粧っ気のひとつもない。

「……セシルは俺のことを男として見ていないのか?」

 質問に質問を返す少年。
 無礼だとは知りつつも、さすがに応えにくかったから。

「みてるよー?」

 赤毛の少女がリズミカルに階段を昇ってゆく。

「ただー 襲われても撃退する自信があるだけー」
「さいですか……」

 呆れたような顔でナイルが続いた。
 たしかにその通りである。

 仮に彼がセシルに対して不埒ふらちな行為に及ぼうとしても、たぶん一秒で床に這いつくばることになるだろう。

 踏んだ場数が違うだろうし、すでに一度敗北している相手だ。
 とてもではないが、無謀な再戦を挑む気にはなれない。

 それ以前の問題として、同意のない相手を襲うような恥知らずな真似が、できるわけがない。

「襲ったりしないと約束する。セシル」
「信じてるよー」

 歌うように言って先を歩む。
 ナイルには見えなかった。
 少女が小さく舌を出していたのも、赤い瞳が優しげに微笑んでいたことも。






 その遺跡はアルサスの町から東へ十キロほど進んだ場所にあった。
 およそ五百年前の建造物らしい。

「元々は塔だったんだけど、全部沈んじゃったんだってさ」
「沈んでたら入れないんじゃないか?」
「屋上だった場所から入るんだよー」

 言ってセシルが指を指す。
 ぽつんと置き去られたような四角い小屋。
 鉄製と思しき扉がある。

「そこから入って、下へ下へ行くタイプのダンジョンだね。制作者の意図とは逆だろうけど」
「…………」

 じっと小屋を見つめるナイル。

「どしたの?」
「なんか見覚えがあるような造型だ」

 今生ではなく前世の記憶。
 似たような建造物を見たような気がする。

「そうなの?」

 べつに警戒することもなくセシルが近づいてゆく。
 内部はほとんど調査され尽くしており、とくだん宝物が発見されることもなかったのだ、と、説明しながら。

「罠らしい罠もなくてねー 何組も調査隊が入ったんだけど、結局、何に使われていたものなのかも判らなかったんだよ」

 ぎしぎしときしんだ音を立てて鉄の扉が開いてゆく。
 露わになったのは階段だ。
 本当にそれだけ。
 ただ下へ通りる階段があるだけの小屋。

「そりゃ罠なんか、あるわけないさ」

 失笑寸前の顔でナイルが言った。
 見覚えがあるはずだ。

「学校だよ。これ」


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