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第1章
第8話
しおりを挟む「車軸が折れやすくて困るってのは、けっこう昔から言われてたことなんだよねー」
「たしかによく折れるよな」
セシルの言葉にナイルが頷く。
村にいた頃からそうだった。
馬車にしろ荷車にしろ、ちょっとした衝撃で簡単に車軸が折れてしまう。
当然である。
道は舗装されていないし、サスペンションもない。
木枠で組んだ車体に木の車軸。
衝撃も重量も、そのまま車軸に加わる。
あげく車軸と軸受けには、せいぜい潤滑油くらいしか摩擦を減らす方法がない。
「とくに乗り合い。たくさん人が乗るからね。長距離走ったら、一回で車軸を交換することもあるんだってさ」
メンテナンスに費用がかかり、街道は危険と隣り合わせだから護衛を雇う場合もある。
料金が高くなるのは当然だし、あげくに乗り心地も悪い。
これでは利用者がなかなか増えない。
実際、セシルだって旅をするときにはほとんど徒歩である。
「なんとかならないものだろうか、って、前々から相談はされてたのさー」
切れた弓弦を補充しなくてはと考えていたとき、ふと彼女はこの遺跡で見た車輪付きの椅子のことを思い出した。
ほとんどは壊れて動かないものばかりだったが、いくつか滑らかに動く車輪があった。
これを分解して調べれば、あるいは何か掴めるかもしれない。
そう考えて潜ってみれば、なんとナイルが答えを知っていた、という次第である。
「ちなみに、再現できる?」
「ベアリングそのものはべつに難しい理屈じゃないんだ。サスペンションもな」
もちろん流体ベアリングやエアサスペンションなどは密閉構造のため難しいが、単純なボールベアリングやバネを使ったサスペンションの再現は容易だ。
「知ってるなら、先に教えてくれればいいのに」
「まったくその通りだ。こんなところで俺の知識が役立つなんてな」
感慨深げにナイルが腕を組んだ。
日本の知識。
そんなものは異世界では何の役にも立たないと思っていた。
だが違う。
もっとずっと生活に密着したところに、ヒントが隠されている。
「俺は、心得違いをしていたのかもしれない」
何かを一気に変えられるわけがない。
ゲームではあるまいし、クリティカルヒットなどというものは存在しないのだ。
できることから、こつこつとやっていく。
たとえばナイルには水源を探す能力はない。井戸の作り方も判らない。だが、手押しポンプの構造くらいなら判る。
滑車と釣瓶で水を汲み上げていた村の生活を、幾分か便利にすることができただろう。
その程度のものだが、それを幼少期から繰り返していたなら、バケモノ扱いなどされなかったかもしれない。
しかし、もし村で居場所を見つけていたら、セシルと出会うこともなかった。
無限の可能性の中から、たったひとつが選択されて紡がれてゆく未来。
やり直しは、絶対にできない。
「まったく……これだから人生ってやつは……」
「ナイル。浸ってるところ悪いけど、お客さんがきたよ」
赤毛の少女の声で、ナイルは無作為な思考を中断した。
猫のように目を細めたセシル。
右手はダガーを抜き放っている。
「敵か」
ナイルも警戒するが、彼の感覚では迫る危機に気付かない。
「まだ遠いよ。五十メートルってところ。でもこっちに気付いてる。一直線に向かってきてるから」
「よく判るな。セシル」
「言ったでしょ。あたしは特別だって」
闇の中で人間とモンスターが戦えば、前者が圧倒的に不利だ。
人間には暗闇を透かし見る視力はない。
逆にモンスターや野生動物は、見えている。
これだけでも、勝敗の帰趨など論じるに値しない。
どんなに格好つけてみせたところで、戦闘も狩猟も目視できてはじめて成立する。
見えなければ、一方的に嬲り殺されるだけだ。
「これをつけて」
自分の頭からゴーグルを外して投げ渡す少女。
無意味に逆らわずナイルが装着する。
クリアになる視界。
ランタンの光が眩しく感じられるほどに。
「暗視眼鏡……だと……」
「お師匠さんからもらったマジックアイテムだよー 壊すなよ? 貴重品なんだから」
「セシルはどうするんだ?」
「あたしは平気。慣れてるからね」
くすりと笑う。
目隠しをして視力を奪い、気配を読んでの戦闘訓練。
嫌というほどマルドゥクにやらされた。
ランタンがあるだけで、手すりに掴まって歩くようなものだ。
「足音は六。音の重さから考えて豚鬼かな」
慎重に気配を探るセシル。
下等な鬼族だ。
「二対六か……」
「まともにやり合ったら、数で負けるね」
「どうするんだ?」
「寡をもって衆にあたるには奇襲を旨とせよー ナイルがやってたことだけどねー」
乗合馬車を襲っていたナイル。
まずは奇襲によって機先を制する。
相手に連携を取らせることなく、各個に撃破する。
「じつに理にかなっていたよー」
「考えたこともなかった。セオリー通りだったのか」
「そゆこと。同じパターンでいくよ」
「じゃあ俺の火焔で……」
「だめだめ。こんなところで火焔魔法なんか使ったら、空気がなくなっちゃうよ」
炎が燃えるには酸素が必要。
人間にも酸素が必要。
そこまでの知識がセシルにあるわけではない。
ただ、経験則として洞窟内で炎を使った場合、息苦しくなってしまうということを知っている。
「風の魔法で、一匹か二匹、仕留めてくれれば充分だよ」
「わかった」
やや緊張した面持ちでナイルが頷いた。
冒険者として、はじめての実戦。
相手は殺すつもりで向かってくるモンスター。
しかもオークだ。
負けるわけにはいかない。
豚鬼は人間の女性を性欲の対象として見ることがある。
ナイルが殺された場合、セシルには死に勝る苦痛が待ち受けるだろう。
ゆっくりと人差し指を唇に当てる女冒険者。
かなり至近まで接近してきたので、おしゃべりはここまでという意味である。
その指をナイルに向け、掌を開く。
そして小指を折った。
カウントダウンだ。
先鋒はナイル。
数を減じてゆく指。
三、二、一。
「GO!」
セシルの声と同時に廊下に飛び出すナイル。
驚いて蹈鞴を踏むオークを、少年は見てもいなかった。
ぶんと左手を振る。
漆黒の闇。
生まれた真空の刃が飛ぶ。
間抜け面のまま宙に舞う豚の顔が一つ。
「ち」
小さな舌打ち。
狙いが甘かった。
初撃で二匹くらいは倒しておきたかった。
ゆっくりと倒れてゆく先頭の豚鬼。
後ろのモンスターどもが色めき立つ。
もう一度チカラを振るおうとしたナイルの脇を、小さな影がすり抜ける。
「失敗した、って顔をしちゃダメだよー 戦士はいつでも、計算通りって顔をしてないとー」
半瞬だけ遅れて聞こえる声。
「そいつは、済まなかったなっ」
敵陣に躍り込む赤毛の少女。
サイズ的に彼女はオークの胸までもない。
だが、怯懦など微塵も感じさせず。
ジャンプ一番、逆手に持ったダガーが閃く。
首の動脈を断ち切られたオークが金切り声のような悲鳴を上げて倒れる。
着地と同時に踏み切り、右の後ろ回し蹴り。
ブーツのつま先から生える刃。
オークの顔面を浅く薙ぐ。
致命傷は与えられない。
が、両目を切り裂かれた豚鬼が顔面を押さえて転げ回る。
「目に、かすり傷はないのよ」
唇を歪める少女。
瞬く間に三匹。
だが、まだオークの方が多い。
残った半数が落ち着きを取り戻せば、充分に戦えただろう。
もちろんそんな時間を与えるつもりは、セシルにもナイルにもない。
ふたたび真空の刃が撃ち出され、二匹のオークの頭を飛ばす。
最後の一匹が、棍棒を投げ捨てて逃げ出した。
咄嗟にセシルが左腕を背後に回し、短弓を背負っていないことを思い出して苦い顔をした。
「戦士は顔に出しちゃいけないんじゃなかったか」
人の悪い笑みを浮かべ、ナイルが転げ回るオークにとどめを刺した。
「むー」
ぶーっと少女が頬を膨らます。
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