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第2章
第11話
しおりを挟む峻厳な山々に囲まれた盆地。
地図にはない場所。
縦横に水路が走り、豊かな田園が広がる。
中心部には完全に整備された碁盤の目状の街並み。
竜の郷。
「言葉のイメージから、小さな集落みたいなもんを想像してたんだけどな」
呆れたような呟きを発するナイル。
上空から眺めた郷は、群都タイモールにも劣らない規模であった。
「人口は一万三千七百七十四。外部との交流をしないで、独自の文化を築いてる。郷っていうより都市国家だねー」
「えらく細かい数字だな」
「お師匠さんがいた三年前の数字だから、多少の変動はあるだろうけどねー 竜の郷にはコセキってゆーのがあって、それで常に把握してるんだってさー」
「戸籍……本当に日本的だな」
「それもそっちの産物なんだねー」
空を舞うマルドゥクの背の上。
セシルとナイルが会話を交わす。
三日間の空の旅。
終わりが近づいている。
ゆっくりと高度を下げてゆく黄金竜。
その姿をみとめた人々が地上から大きく手を振っている。
巨大な影を追うように子供たちが駆け出す。
やがてマルドゥクは、街の中央にそびえる城の屋上へと軟着陸した。
わらわらと参じてくる衛兵たち。
捕縛しようという動きではない。
整列し、最敬礼で迎える。
セシルとナイルが背から飛び降り、マルドゥクが変身した。
いつもの赤毛の幼女へと。
「陛下。お帰りなさいませ」
ひときわ立派な鎧をまとった衛兵が、うやうやしく頭を垂れたまま告げる。
「出迎えご苦労じゃ。皆、かわりないかの」
「は。陛下のご威光をもちまして」
「郷を離れておる我に、なんの威光があるものか」
衛兵の社交辞令をマルドゥクが軽く笑い飛ばし、少年と少女を手招きした。
「客を連れてきた」
「は」
その言葉で、はじめてセシルたちに視線を向ける衛兵たち。
スルーしていたわけではない。
王の御前であるため、誰何するのを憚ったのだ。
「お久しぶりです。衛士長さん」
「ああ。息災であったか? セシル」
笑みを交わす二人。
ナイルも頭を下げる。
さすがに緊張していた。
今生においては寒村の商家の息子。
前世においては工場労働者。
いわゆるお偉方だの、堅苦しい場だのとは無縁の人生を歩んできたのである。
「此奴は汝らと祖を同じゅうするものじゃ。魂だけじゃがの」
ごく軽く説明する幼女。
ほほう、と、衛士長と呼ばれた男が歎息する。
「シュウという。よろしくな」
右手が差し出される。
躊躇いがちにナイルが握りかえした。
「ナイルだ」
「ニッポンからきたのか」
「きたというのは正確じゃない。俺は日本で生まれて日本で死んだ。気付いたらこっちに生まれていた。ある程度の記憶を持ったまま」
「面白い話だ。ぜひ詳しく聞かせてくれ」
「聞いて楽しい話でもないと思うけどな」
にかっと笑うシュウと、苦笑いのナイル。
親和力が高まってゆく。
「お師匠さんは、竜の郷の女王様なんだよー」
「ああ。周りの反応でそうじゃないかと思った」
「べつに統治はしておらんがの。ただの飾りじゃ」
笑うマルドゥク。
私室に腰を落ち着けた三人。
郷の観光は明日にして、まずはくつろいで旅の疲れを癒す。
「ここはの。ニッポンから迷い込んだ者たちによって作られた隠れ里じゃ」
白磁のティーカップを口元に運び、竜の女王が説明をはじめた。
何百年も昔の話だ。
異世界からの旅人。その多くは長命を保てなかったし、幸福とはいえない最後を迎えた。
ある男は、一騎当千の戦闘力を持っていたが、その力ゆえに怖れられ、人類の敵となってしまった。
降りかかる火の粉を払っているうちに魔王と呼ばれるようになり、最後に彼の前に立ったのは人民軍と称されるものだった。
それをすら皆殺しにした彼は、誰ひとり住む人のいなくなった国で、数年後に餓死した。
ある男は、異世界と交易する能力を持ち、エオスの人々が見たこともないような料理を作って販売した。
人々は彼を賞賛し、無限ともいえる財貨が彼の元に集まった。
彼は人々に求められるまま、その財貨を使って異世界との交易を続けた。
そして経済は回らなくなり、彼の住む街には失業者が溢れ、多くのものの生活が破綻した。
結局、彼は、彼によって家族を自殺に追い込まれた隣人に刺されて死んだ。
ある男は、勇者として王に歓待された。
望むかぎり富貴と美女と美食を与えられ、王宮の一角で豪奢な生活を営んでいたが、二十代の半ばで急死した。
死因は過度の肥満による心筋梗塞だった。
ひたすら美酒と美女と美食に溺れる日々。
魔を討伐することもなく、国のありように一石を投じることもなく、ただただ怠惰の果てに死んだ。
もちろんそれは、王と重臣たちが策をめぐらせた結果であった。門外漢に国政を壟断されてはたまらないから。
「……ひどい末路だな」
「過ぎた力は身を滅ぼすものじゃ。その意味では、汝はまだ気の利いた部類に入るじゃろうな。ナイルよ」
故郷の人々に追われ山に逃げ込んだ。
もしそのときに村人を害していたら、ナイルの末期は悲惨きわまりないものとなったろう。
討伐隊が組織され、それを圧倒したとしても、第二陣第三陣がある。
それを撃破してしまったら、周囲が封鎖され、餓死か衰弱死の未来しかない。
「セシルに出会い、捕らわれたからこそ、浮かぶ瀬があったってことか……」
「もちろんセシルはそんなところまでは考えておらなんだろうがの」
「まったく考えてませんでしたー」
ただ単に、行き場もなさそうだし殺すには忍びないから拾ってやっただけである。
異世界の知識があるから保護したわけでは、まったくない。
予想通りの回答にマルドゥクが苦笑を浮かべた。
「まあ、異世界からの迷い人の中には、ナイルのように気の利いたものもおったのじゃ」
黄金竜の瞳に懐旧の靄がただよう。
その男は、力に溺れることなく、知識を振りかざすこともなく、権力闘争に身を置くこともしなかった。
なるべく他者と争わぬよう、なるべく他者の利益を侵害せぬよう、土地の人々と交流していった。
彼との出会い。
黄金竜の淑女が、人間でいえばまだ少女と呼ばれる年齢の頃である。
彼は願った。
守って欲しい、と。
彼は捧げた。
命と、忠誠を。
マルドゥクがそれを聞き届けたのは、単なる気まぐれだった。
戯れといっても良い。
降る刻の長さが違う。
長い長い生の中、ほんの数十年、彼に付き合うのも悪くないと思った。
それだけだ。
それだけだったのだが、マルドゥクにとってその数十年は宝物になった。
彼と二人で旅を続けながら、危機に瀕している異世界人たちに救いの手を差しのべる。
上手くいったことばかりではない。
むしろ、差しのべた手を払いのけられたことの方が多かった。
心ならずも異世界に招かれ、期せずして他人とは異なる力を得た者たちである。
自己肥大化なのか、自暴自棄なのかは判らないが、他者の意見に耳を貸そうとはしなかった。
思うさまに生き、一直線に破滅へと向かう。
「そして滅ぶときには決まったように言うのじゃ。自分は皆のために力を尽くしたのに、どうしてこんな目に遭わなくてはならない、との。戯言よな」
幼い顔に刻まれる苦い表情。
皆のために尽くしたなら恨まれるわけがない、とはいわない。
良かれと思ってやったことで傷つけるなど、日常茶飯事だ。
しかし、私心のない厚意は、どこかで必ず誰かに伝わる。
気付いたら敵しかいない、という状況にこそ、答えがあるのではないか。
「評価されたい。感謝されたい。認められたい。崇められたい。モテたい、というのもあるかの。とにかく、大義名分の化粧を剥がせば、透けて見える本音など、そんなものじゃったな」
自分はこんなに頑張りました。
だから評価してください。
だから感謝してください。
「それで心を動かす人間は、おるのかもしれんが、多数派ではなかろうよ」
「でもお師匠さん? それって人間として当然の欲求じゃないです?」
「そうじゃな。セシルはそれを知っておるな。そして汝がそう考えるように、他人もまたその欲望を持つということを知っておる」
「認められたいのはみんな同じ。誰かが評価されれば、評価されなかった人は恨むしねたむ。そういうことですか?」
セシルの出した答えにマルドゥクが頷く。
自分だけが評価される世界、そんなものを求めれば軋轢が生じるのは当然だ。
「…………」
少女たちの横で黙り込むナイル。
「どしたの?」
気になったのかセシルが訊ねた。
「いや……日本には異世界に転移したり転生したりする物語がたくさんあったんだ。けっこう楽しんで読んでた」
「うん」
「けどさ。物語がどういう結末を迎えたのか、あんまり憶えてないなって思った。それだけなんだ」
曖昧な笑みを浮かべる少年だった。
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