アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第2章

第13話

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 ナイルが泣いていた。
 玉子かけご飯を食べて。

 呆れたように見つめるセシル。
 入浴後に供された食事。それは、異世界ニッポンの料理であるTKG。

「本当に美味しいの? それ」

 そもそもエオスには、肉や玉子を生で食べる習慣はない。
 野菜の類だって基本的には火を通していただく。

 生で食べるのは果物くらいのものだ。
 はじめての生食が鶏卵というのは、いささかハードルが高い。

「鮮度が良くなくてはダメなのじゃ。採れたての新鮮な玉子だからできる贅沢じゃな」

 美味しそうにマルドゥクも目を細める。

「ナイル。食べ方を教えてやるが良い」
「ああ。判った」

 感涙を拭った少年。
 異世界の味覚を伝授せんとの決意を込めてセシルに近づく。

「まず、器に玉子を割り入れる。このとき、黄身が潰れていたり血が混じっていたりするのは鮮度が悪いので生食には向かない」

 実践しながらの解説だ。
 興味深く、セシルが覗き込こむ。
 一応は鮮度をチェックするというのは、それなりに安心感がある。

「で、カラザを取って捨てる」
「カラザ?」
「ああ。この白い紐みたいなやつだ」

 器用に箸でつまみ上げ、殻の中に捨ててゆく。

「そこは食べられないの?」
「食べられるし、栄養豊富だけどな。生で食べるときには食感が悪いんだ」

「食感が悪いって……それだけの理由で捨てちゃうんだね……」
「あと、かき混ぜても混ざらずに残るから見た目が悪いってのもある」

「意味不明だよ」

 そんな理由で廃棄するとか、どんなこだわりだという話だ。

「すべては至高の一膳のためにさ」
「ふーん」

「醤油を先にかけるか、溶いてからかけるか、このあたりは好みなんだが」
「ナイルの良いようにして」

 良きにはからえ。
 無能な上司っぷりを全開で発揮するが、これは仕方がない。
 はじめてのことだし、そもそもたいして興味もないのだ。
 箸の先で黄身を潰し、かるくかき混ぜながら醤油をかけてゆくナイル。

「あまり混ぜすぎないのがコツだな。でもってこれを」

 ほかほかの白米が盛られた器。中央部にくぼみをつくって流し込む。

「よし。完成だ」
「ぬう……」

 匙を片手に唸るセシル。
 彼女の目には冒涜的な行為にしか見えなかった。
 純白のコメを汚す黄色と黒の液体っぽいもの。

「かき混ぜて食べても良いし、あまりかき混ぜず、つるつるといっても良い」

 ドヤ顔で少年が勧める。
 やや躊躇った後、器を持って戦いを挑む冒険者。

「南無三っ!」

 かきこむ。
 そして……。

「うぇぇぇ……」

 敗北した。

「きもちわるいよこれ……なんかぬろぬろしてる……」

 台詞まで平坦になっていた。

「だめかぁ」

 口直しにお茶を差し出しながら、ナイルが頭を掻いた。
 どんなに美味しい料理だって、合わない人には合わないものだ。

 こればかりは好みもあることなので、他人がどうこういう筋ではない。
 彼だって、日本で生きていた頃はスイカやキュウリなどが大層苦手だった。
 匂いを嗅いだだけで顔をしかめるほどに。

「生というのが、より厳しいかもしれないな」

 一口しか食べなかったセシルの器を受け取り、食べ始めるナイル。
 結局、幼少の頃から培ってきた常識というのは、そう簡単に覆るものではない。
 良い証左であろう。

「ごめんね。残飯処理させちゃって」
「いや。無理に食べさせた俺が悪い」

 苦笑を交わし合う。

「コメは普通に食べられて、玉子も火を通せば食べられるのに、生だと受け付けないというのは、なかなか難儀な話じゃな」

 マルドゥクが小首をかしげ、席を立った。
 お櫃と玉子を抱え、とことこと部屋を出る。

「セシルだけ飯抜きというのもない話じゃからの。なんぞ作ってくる」

 などと言い残して。
 おもわず顔を見合わせるナイルとセシル。
 この城では、王が自ら厨房に立っても怒られないのだろうか。

「……まあ、お師匠さんを怒れる命知らずは、そう滅多にいないだろうけどさ」
「……実際、料理もうまいしな」

 ぼそぼそ会話を交わしたりして。
 ややあって、ワゴンに皿を乗せた幼女が戻ってきた。
 十五分も経っていない。

「待たせたの」
「えらく早かったですね?」

「生で食べられぬというなら、炒めたらどうじゃろうとおもってな。炒飯にしてみたのじゃ」
「そうかっ それがあったかっ」

「ちゃーはんですか?」

 得心するナイル。困惑顔のセシル。

「これなら汝でも食べられよう」

 差し出される皿盛りの料理。
 わざと焦がした醤油の香りが香ばしい。

「あ、これなら大丈夫です。ていうかけっこう美味しい」

 一口二口と食べたセシルが瞳を輝かせた。
 ふんわりとした炒り卵。
 ほろほろとほぐれるコメ。
 鼻腔をくすぐる醤油の香り。

「材料は同じなのじゃがな」
「こっちの方が絶対美味しいですよ」

「セシル。一口いいか?」
「いいよ。はい。あーん」
「お、おう……」

 頬を赤らめながら、ナイルが食べさせてもらう。
 美味い。

「これは甲乙つけがたいな。あえて玉子炒飯にしたのか? マルドゥク」
「じゃな。玉子とコメの親和性を確認させるのに、他の具材を入れては邪魔じゃろうて」
「たしかにな」

 ううむと腕を組む。
 さすがの料理巧者だ。

「セシルは生が嫌なだけで、コメにも玉子にも醤油にも忌避感はないのじゃな」
「ですねー すごく美味しいです」

「好みの問題ゆえ、仕方がないの」
「俺も炒飯が食べたいな」

「汝は食い過ぎじゃ。腹をこわすぞ」

 自分の分とセシルの分のご飯を食べ、さらに炒飯をねだるナイルの頭を、こつりと叩いてマルドゥクが笑った。




 夜半。
 与えられた客間のベッドの上、ナイルは幾度目かの寝返りを打った。
 柔らかく寝心地の良い寝具。

 かつては当然のように使っていたものだが、ここ十五年ほどはまったく縁がない。
 さぞ良い夢が見られるだろうと思ったが、そんなことはなかった。
 疲れているはずなのに、どうにも寝付けない。

「…………」

 ため息とともに身を起こす。
 目を閉じるのが良くない。

 脳裏に浮かぶのはセシルの裸体ばかりだ。
 けっこう照れながら、乾燥させたヘチマの実で背中の垢をすり合った。三人で。
 指先が憶えている。

 彼女の肌のきめ細かさを。柔らかさを。

「けっこう大きかったな……形も良かった……」

 ヘチマのことではない。
 念のため。

 普段の言動や仕草から、なんとなく男の子のような体型なのではないかと思っていた。
 とんでもない勘違いだった。
 背こそ低いが、まるで黄金比を元に造型されたような肢体だった。

「と、俺はナニを考えてるんだっ!?」

 ぶんぶんと頭を振って不埒な記憶を追い払うナイル。

 寝ることを諦め、ベッドから降りる。
 バルコニーへと向かった。
 裸足のまま。

 貸し与えられた夜の衣は綿製なのだろう。肌触りが良った。
 音を立てぬよう気を遣いながら戸を開く。
 そっと流れ込む夜風がカーテンと黒い髪を揺らす。
 ほんの少しだけ冷たいそれは、過熱気味の頭を冷ますのに丁度良い。

「きみも眠れないの? ナイル」

 突如としてかけられた声に、びくっと少年は身を震わせた。

「セシル……脅かさないでくれ……」
「ごめんごめん」

 バルコニーにいた先客。
 隣室で寝ていたはずの、風のセシルである。
 結っていない赤毛が、弱々しい月光を受けて淡く輝く。

「ベッドが立派すぎてねー かえって落ち着かないよー」
「……俺もだ」

 ほんのすこしだけ嘘を付き、手すりにもたれた少女の横に並ぶ。
 差し出される水筒。

「寝酒」
「さんきゅ」

 軽く口を付けると果実酒のようだ。
 あまり酒精は強くない。

「三年前、あたしがここに迷い込んだときには、まさか異世界人の末裔が作った国だなんて思わなかったなー」
「そうなのか……て、迷い込んだ?」

「うん。家出してねー 滅茶苦茶に馬を走らせてたら、どっかの山の中で行き倒れちゃったー」
「ちゃったーって、すごい軽く言ってるけど、おおごとじゃないか? それ」

「んで、気付いたらここに連れ込まれてたんだ。たぶんお師匠さんが助けてくれたんじゃないかなー」
「壮絶な過去だなぁ。おい」

「ナイルほどじゃないよー」

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