アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

文字の大きさ
14 / 54
第2章

第14話

しおりを挟む

 王族や貴族にとって、子というのは道具だ。

 家を継ぐ長子ですら繁栄のための道具に過ぎないのだから、第二子以降など政略のための駒以上のものではまったくない。

 もっとも、これは王侯貴族に限った話ではなく、日本の中流家庭だって、子供は自分の虚栄心を満足させるため存在していると思っている親は、いくらでもいる。
 良い学校に行け、良いところに就職しろ。

 この場合、良いというのは、親にとって都合の良いという意味である。
 全部お前のために言っている、それが親たちの使う常套句。

 たしかに事実の一端だ。
 底辺校などに進学しても、そこで手詰まりになってしまう。
 大学にも進めず、たいした就職先もなく。

 夢を追うのもけっこうなことだが、スポーツや芸能で食べていくことは容易ではない。
 そして、安定した職に就いていないと、老後に苦労することになる。

 嘘ではない。
 けっして間違ってはいない。

 だが、子供にはチャレンジする自由がある。
 失敗する自由もある。
 そして、後悔する自由もあるのだ。

 誰の人生でもない。自分の人生。
 成功も挫折も、賞賛も罵声も、すべて自分のもの。
 しかし、親というのはそう考えない。

 苦労をしてほしくない。豊かな生活を送ってほしい。
 そしてできれば、親の役に立つ人生を選んでほしい。
 そういうものだ。






 チュチュリア。

 愛称をチュチュ姫という娘は、とある王国の王族に生まれた。
 継承権が高かったわけではない。
 女児、妾腹めかけばら、しかも末子。

 上には九人ほどの兄姉がおり、彼女が女王となる目はほとんどなかった。
 となれば、待っているのは政略結婚である。
 生まれたときから婚約者がいた。
 隣国の第三王子だ。

 何事もなければ、彼女は十五歳になる年に、十二歳年長の王子の元に嫁いでいたことだろう。
 そのために、ごく幼少の頃から礼儀作法や貴人のたしなみの類を叩き込まれた。
 乾いた砂が水を吸うように、彼女はさまざまな知識や技術を身につけていった。

 成長速度は家庭教師が目を見張るほどで、父王が苦笑交じりに、女にしておくのは惜しいなどと語ったほどである。

 当時の彼女は、それは褒めているのだと思った。
 期待されているのだと思った。

 間違いだった。
 苦笑は、文字通りの意味での苦笑でしかなかった。

 女が博識である必要はない。
 女が武術を極める必要はない。
 女が政治に口を出す必要はない。

 男が女に求めるのは、そんなものではない。

 常に夫を立てる気だての良さ。
 子を産み育てることができる健康な身体。
 自分の言うこと何でも聴き、かつ退屈させない程度の、ほどよい愚かさ。

 とくに最後が重要だ。
 男より頭の切れる女など、論外なのである。

 それに気付いたとき、チュチュ姫は必要以上に聡明に振る舞うことをやめた。
 レッスンなども適度に手を抜くようになり、貴族の子女たちと噂話にも興じるようになった。

 敵を作らぬために愚鈍さを装ったわけであるが、意外な収穫もあった。
 情報である。
 令嬢たちのさえずる噂話のなかに、無視しえない水準レベルで重要な情報が含まれていると気付いた。

 含有率は低い。ほとんどが愚にも付かないゴシップネタだ。
 しかし、正しい知識と冷静な観察眼でスクリーニングすることで、さまざまな裏事情が浮き彫りになってゆく。

 情報収集の両輪のひとつ、金をかけない収集だ。
 ちなみにもうひとつの車輪は、間諜を雇ったり情報屋から買ったりなど、金のかかるやり方である。

 後者は不可能だったので、彼女はもっぱら噂の収集と分析に心を砕いた。
 結果、チュチュ姫は自分の婚約者が王位簒奪を狙うとんでもない奸物だと知った。
 
 第三王子といえば、継承順位は当然のように第三位だ。
 順当に考えれば長兄と次兄がおり、彼が王位に就く可能性は高くない。

 しかし、見方を変えた場合、玉座までのきざはしは二段だけしかないのである。
 チュチュ姫の国の影響力を背景として、兄たちを排除し、最終的には父を打倒して至尊の座につく。

 馬鹿げた夢想と笑い飛ばすには、生々しすぎるだろう。
 その情報は、チュチュ姫を大いに悩ませた。

 軽々に判断することは難しい。
 もちろん王族としての倫理観に照らせば、謀反は重罪という言葉すら追いつかない。
 失敗した簒奪未遂者の末路など、悲惨きわまりないものだ。

 そんなところに嫁ぐのは、自分の死刑執行命令書にサインするようなものである。
 だが、成功すれば?

 一気に王妃の座が転がり込む。
 本来は望むべくもない地位だ。
 自分の能力のすべてをもって夫を補佐すれば、あるいは……。
 未だ挫折を知らない姫がそう考えたのも、無理からぬことであった。

 しかし、そのギャンブルに賭けベットすると決意するには、彼女は聡すぎた。
 ある可能性に気付いたのである。

 チュチュ姫は意図して情報を集めており、それができる立場にあるが、けっして特権的なポジションにいるわけではない。
 彼女が知り得たという事実そのものが、この情報が一定範囲に流布している証拠だ。
 そこで情報戦の基礎に立ち返る。

 世に飛び交う情報には、必ずスパイスがふりかけられている。

 たとえば、発信者の願望が含まれていたり。
 あるいは、受信者の思考を誘導しようとしていたり。
 さらには、何者かを陥れようとしていたり。

 慎重に香辛料を洗い流し、分析を進めていったチュチュ姫が至った結論。
 それは、王位簒奪ではなく、戦争準備であった。

 姫を娶った王子が簒奪を企てて失敗する。
 そそのかしたのはチュチュ姫の国、というシナリオである。
 開戦の口実として、これ以上のものはないだろう。

 最悪である。
 彼女は自分の出した解答を報告書にまとめ、父王に提出した。

 当初は子供の戯言と笑い飛ばした王だったが、理路整然とした推論と、彼の国の内部事情や外交関係にまで言及したレポートに、顔を青ざめさせることになる。
 チュチュ姫の読みに、少なくとも三割以上の可能性を見て取った。
 そして三割というのは、勝負をしない数字として充分である。

 だが、だからといって簡単に婚約を破棄することもできない。
 両国のパワーバランスというものもある。
 婚約破棄を口実に戦争を仕掛けられるのもまずい。
 戦って惨敗するとまでは思わないが、圧勝するとはそれ以上に思えない。
 おそらくは惜敗。

 航路の利権や領土の割譲などが要求されるだろう。
 ヒロイックサーガなどの世界ではあるまいし、国民が皆殺し、などということはありえない。
 民草を殺してしまえば、そこから得られる税収がなくなってしまうからだ。
 土地そのものには何の価値もない。

 そこに作物が育ち、人が行き交い、モノや金が国に納められるから戦ってでも奪う意味があるのだ。
 苦悩する王や重臣たちに、チュチュ姫は提案した。
 自分を追放して欲しい、と。

 理由は何でも良い。
 じつは正嫡ではなかったとか、なにか不始末を起こしたとか、とにかく王族としての地位を剥奪して放逐してしまえば、彼の国は政略の足がかりを失う。
 未来永劫のことではないが、さしあたり時間を稼ぐことができる。
 そしてこの際、最も必要なのが時間なのだ。

 政戦両略を整えるだけの時間。
 その提案に父王は懊悩したが、長時間のことではなかった。

 どだい王族一人と国益を秤にかけることはできない。
 むしろこういうときに使う駒にするため、王は子福者たるを望まれるといっても良いほどだ。

 こうして、チュチュ姫は単身で王城から飛び出すこととなる。
 わずかな金貨を携え、愛馬を駆り。

 十四歳。
 嫁ぐはずの年齢まで、あと一年を残していた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...