アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第2章

第15話

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「……チュチュ姫は、その後どうなったんだ?」

 ナイルが訊ねる。
 バルコニーの手すりに背を預け。
 見上げる夜空にはたおやかな夜の姫と、付き従う無数の眷属たち。

「死んだよ。少しくらい知恵が回ったところで、温室育ちのお姫様がたったひとりで生きていけるほど、世の中は甘くないからね」

 どこか突き放したようなセシルの言葉。
 持ち出した金は、わずかな間に使い果たした。
 何か仕事をしようにも、そもそも仕事の探し方も判らなかった。

 空きっ腹を抱え、ならば動物でも狩って食おうと山中に分け入った。
 そして行き倒れ、野末のずえの石となり果てた。

「…………」
「あっけない最後でしょ」

「……結末は違うだろ」
「むー?」

「そしての後さ。マルドゥクに拾われ、チュチュ姫はセシルと名を変えた」

 ぽつりと呟く少年。
 夜風がさらさらと黒髪を撫でてゆく。

「さすがにヒントが多すぎたー?」
「まあな。前にお姫様だって言っていたし」

「んで、お師匠さんに鍛えられながら街に出て、今に至るのさー」
「波瀾万丈だな」
「だから、ナイルほどじゃないって」

 セシルが笑う。
 結っていない赤毛が揺れた。
 言葉のあやはともかくとして、セシルは死んでいないし転生もしていない。
 王族から冒険者に成り下がっただけだ。

「だけって……ものすごい転落人生じゃないか」
「そーなんだろうねー でも、あたし自身がそんなに気にしてないっていうか。王宮とかの暮らしより、ずっと性に合ってるっていうか」

 もともとが体を動かすのを億劫がる性質でもない。
 実力がすべての世界を、知恵と機転を武器に渡り歩く。
 選択ミスが死に直結する過酷な環境。

 騙し、騙され、助け、助けられ、ときに共闘し、ときに敵対しあう冒険者たち。

 世間様からみれば、ならず者と変わらない無法者アウトロー
 国が所管する組織に属しているわけでもなく、租税すら納めていない。
 じつのところ、王や領主からみて、彼らはモンスターと大差ないのだ。

 討伐対象とならないのは、「役に立つこともある」というアピールを欠かさないからである。
 国がおこす戦に積極的に傭兵として参加したり、モンスターや犯罪者の討伐に協力したり、あるいは同業組合ギルドなどを作って、身内から犯罪者を出さないよう監視し、仮に出ても自分たちで始末をつける。

 だからこそ国は、冒険者の存在を黙認する。
 光があれば影がある。
 人々が光を強く求めれば求めるほど、影はどうしようもなく暗さと深みを増してゆく。
 やがて影は闇となる。

 親に死なれ、親に捨てられ、行き場をなくした子供たち。
 自らの肉体以外に商品を持たない女たち。

 そしてそれらを利用する犯罪組織。
 国を、街を、内側から蚕食する闇。

 それを管理コントロールする役割を、たとえば盗賊ギルドなどは担っている。
 浮浪児や街娼どもが貴族に迷惑をかけぬよう。
 けちな犯罪者が増えすぎないよう。
 性質の悪い病気が蔓延しないよう。
 適度に「間引き」を行いながら、鉄の掟で裏社会を牛耳ってゆく。

 光だけで国家は運営できない。
 こぼれ落ちてしまった者たちを管理し、統制する。
 盗賊ギルドの唯一の存在価値だ。

 それがあるから、王も領主も見て見ぬふりをするのである。
 数多い冒険者ギルドも変わらない。

「セシル商会は違うよー ちゃんと地域の商工会にも入ってるし、税金も納めてるんだよー」
「いや、べつにそこは聞いてないし」

「ならず者ってわけじゃないのだっ お天道様の下を堂々と歩けるのだっ」
「そんな心配はしてないけどな」

 身元の不確かな人間が、ナイルの身元引受人になれるはずがない。
 小なりといえども、ちゃんとした商会の主人だから、セシルは領主から信頼されるのである。

「ちなみにナイルは、セシル商会の従業員って身分だよっ 丁稚でっちっ」
「丁稚なのかよっ」
「ホントは番頭ばんとうっ」

 主人と妹と従業員が一人しかいない商会だ。
 唯一の従業員たるナイルが、当然のように従業員の筆頭である。手代てだいや丁稚のわけがない。

「まあ、そんな商家豆知識はともかく、王宮で権謀術数を競うより、市井しせいで腕一本で勝負する方が、あたしらしいじゃん?」
「じゃんてな……」

 がりがりとナイルが頭をかき回した。
 呆れつつも、なんかしっくりくる。

 出会ってから長期間が経過したわけではないが、ドレスを着て貴婦人たちの列に座するチュチュ姫より、短刀を片手に荒野を駆けるセシルの方が格好いいと思ってしまうのだ。

「それにさー お師匠さんやナイルと出会えたしねっ」

 にぱっと笑う。
 この笑顔は反則だ、と、ナイルは思った。
 どんな疑問も懸念も、一発で吹き飛んでしまう。

「そうだな……俺もセシルと出会えたことは感謝している。神にか悪魔にか、運命には判らないけど」

 やや頬を赤らめながら言う。
 夜の闇に感謝しつつ。
 なにも良いことのない人生だと思っていた。
 ひとつめも、ふたつめも。

 けれどセシルやマルドゥクと出会うことができた。
 これだけは幸運といって良いのではないか。
 だから、

「だから、あんたについていくよ。俺の店長さんマイマスター

 正面からセシルを見つめて告げる。
 真剣な眼差し。

「にはははーっ」

 笑いながら、ばしばしと赤毛の少女がナイルの肩を叩いた。

「……なぜ笑う。なぜ叩く……」
「ナイルがあたしについてくるのは当然っ いちいち宣言しなくていいんだよっ」

 少年の持っていた水筒を奪い、ぐっとあおる。

「っぷはっ 明日、もう今日かっ 竜の郷を観光しようねっ 早く寝るんだよっ おやすみっ」

 ぽいっと水筒をナイルに投げ渡し、やたらとせかせかした早足で自室へと去っていってしまう。
 呼び止めようと伸ばされた少年の手が、むなしく夜風を掴んだ。

「…………」

 置き去りにされちゃった。
 水筒に口を付ける。

 間接キスだが、いつも回し飲みや回し食いをしているので、残念ながらどきどきするような類の行為ではない。
 鼻腔をくすぐる果実酒の香り、ほのかに残るセシルの香り。

 やけに甘かった。




「やれ。セシルも存外に初心うぶじゃの。人の子なれば、もう子を成してもおかしくない歳であろうに」

 豪奢な寝台。
 片目を開けた幼女が苦笑した。
 マルドゥクである。

 黄金の翼を持つ竜王の耳には、若い二人の声がしっかりと聞こえていた。
 動揺や落胆の気配とともに。
 十七歳といえば、結婚して子供がいても、そう早すぎるということはない。

 晩婚が進んだ日本の知識を持っているナイルはともかく、この地で生まれ育ち、この地の常識に従って生きるセシルがあれというのは、すこしばかり未熟すぎる。

 そもそも、気に入ってもいない男の命を救い、懐に抱え込む女がいるわけもない。
 自分でやったことなのに、あの娘は自分の心に気付いていないのだ。
 なかなかに難儀な話である。

「とはいえ、人の心の道は真っ直ぐには伸びていないもの、じゃったかの」

 問いかけは記憶の彼方へ。

「そうじゃな……それぞれにペースがあるものじゃ。歩くにしても恋をするにしても。急くまいぞ。じゃろ?」

 むろん、答えるものは誰もいない。
 記憶の中の彼も。
 マルドゥクは柔らかく微笑し、ゆっくりと瞳を閉じた。

「おやすみ。ヒジリ」

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