アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第2章

第16話

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 石畳が敷かれた路。
 活気溢れる商店街。
 外界との交流を断っているというが、逼塞感はない。

 群都タイモールなどよりも、人々の顔はずっと明るかったし、路地裏から聞こえる子供たちの笑い声も元気いっぱいだ。

 竜の郷。

「良い街ですね。お師匠さん」

 三人で連れだって散策しながら、セシルがマルドゥクに笑いかけた。
 よそ者をみたら泥棒と思え、というのは、交易都市以外の常識なのだが、竜の郷にそのような雰囲気はなかった。
 すれ違う人は、ごく普通にセシルたちに挨拶してくれる。

「この郷を作るときに決めたことじゃ。街は許容と集積の場であって、拒絶と排斥の手段ではないのじゃ」

 ふふんと鼻を鳴らす幼女。

「けど、外との交流はないんじゃないのか?」

 ナイルが首をかしげた。

「我らが拒否しているわけではない。単に自然地理的に難しいというだけじゃ」

 険しい山々に囲まれた盆地。
 半径二百キロ以内に、人里はひとつもない。

 わざわざ山を越え谷を越えて、竜の郷にまでやってくる人はいないし、侵攻してくる国もない。
 ただそれだけの話である。

「そういう場所を探して新天地を築いたのだから、当然なのじゃがな」

 しかし、とつけ加えるマルドゥク。
 我らの方から共存を拒んだことは一度もない、と。
 迷い込んだ旅人がいれば保護するし、来訪者がいれば歓迎する。

「セシルが倒れていたのは、大樹海の端の方であったな」
「だいぶ奥に入ったと思ったんですけどねー」

「迷い人とはそういうものじゃて」
「迷ってたんじゃありませんー 獲物を狩りにいったんですー」

 姉妹を装う二人がきゃいきゃいと騒いでいるのを見て、ナイルが小さく息を吐いた。
 昨日の今日である。

 気まずい雰囲気になったら嫌だな、とか思っていたのだ。
 杞憂だったようで幸いではあるが、それはそれで少し寂しかったりする。
 なかなかにめんどくさい少年であった。

「あ、そうだ。ナイルに防具を買ってあげようと思ってたんだ」

 ふと思い出したようにセシルが言う。
 セシル商会の一員として探求に参加する機会も増えるのだから、装備類はきちんと整えておいた方が良い。

「ふむ。では武具の店にでもゆくかの」

 ほてほてと先導する幼女。
 勝手知ったる自分の国だ。
 街の地図は、ほとんど頭に入っている。

 やがて案内されたのは、セシル商会の百倍はありそうな規模の大店である。

「ち」
「いやセシル。なんでそこで嫉妬するんだよ」

 舌打ちする店長さんを、まあまあと番頭さんがたしなめた。
 気持ちは判らなくもないが、ライバル心を剥き出しにするには、ちょっと相手が大きすぎるだろう。

「この店は、我とともにこの地にやってきた者が始めたのじゃ。今年はじめたばかりのセシル商会とは年季が違うじゃろうよ」

 創業七百年。
 老舗という言葉すら追いつかない。
 三人が店内にはいると、すぐに店員が近づいてくる。
 恰幅の良い中年男だ。

「いらっしゃいませ。本日は何をお探しでしょうか」

 豊かなバリトン。
 柔らかな物腰。
 一流という看板を体現したような雰囲気である。

「久しいの。アントン。息災であったか」

 親しげに話しかけるマルドゥク。
 一瞬だけ驚いた顔をした男だったが、すぐに床に片膝をついた。

「お帰りなさいませ。陛下。気が付かず申し訳ありません」
「良い。この姿で会うのは初めてじゃからの。いまは、コレの妹ということにして、街に住んでおるのじゃ」

 右手の親指でセシルを指す。

「コレこと、セシル商会のセシルです」
「指すらさしてもらえなかったセシル商会のナイルだ」

 苦笑混じりの自己紹介。
 アントンが破顔一笑する。

「して、本日はどういったご用向きで?」
「ナイルの装備をあつらえようと思うての」
「左様でございますか。ではナイルさま。こちらへ」

 さまざまな防具が並んでいる一角へと案内する。

「これは、当店ではじめて防具をお求めになる方、すべてに申し上げていることなのですが」
「ああ」
「完璧な防具というものは、存在いたしません」

 アントンが説明をはじめた。
 商品を指し示しながら。
 鉄製のプレートアーマーなどはたしかに強いし頑丈だ。だが、とにかく重くて動きにくいという欠点がある。

 フルプレートなど総重量は三十キロにもなるのだ。
 そんなものを身にまとったら、機敏に動くことなど不可能である。
 少しは動きやすいように改良されたリングジョイントプレートアーマーというのも存在するが、そうすると継ぎ目の部分が弱点になる。

「武器と防具との開発競争は、だいたいにおいて前者に軍配があがってまいりました。重装騎士団が軽装の長弓部隊に敗北した例など|枚挙に暇がございません」

 どれほど硬い鎧でも、すべての攻撃を防ぐことはできない。
 機動力を失った戦士など、ただの的でしかない。

「だよな……」
「盾や兜などもございますが、盾は片手が塞がりますし、兜は視界が狭まります」

 従軍する兵士ならばともかく、野外活動や迷宮探索も重要なウェイトを占める冒険者にとっては、わりと深刻な問題である。

「あたしみたいなソフトレザーはー?」

 横から口を挟むセシル。
 軽くて動きやすい。
 ただし、防御力の点でいささか不安は残る。

 飛んできた矢を弾くこともできないし、突き込まれた槍を逸らすこともない。
 ちょっと腕の立つ剣士だったら、皮鎧などバターでも切るように断ち切ってしまうだろう。

「それはファイトスタイルによるでしょうね。私の見立てるところ、セシルさまは技とスピードが売りの軽戦士タイプかと」
「せいかいっ」

 少女がぐっと親指を立てる。
 鎧によってスピードが減殺されてしまっては元も子もない。かといって、最前線で戦うとき、まったく防御手段がないというのも心許ない。

 ゆえに、選ぶのはクロスアーマーやレザーアーマー。
 ないよりはマシという程度の防御力だが、剣士の斬撃を十分の一秒なり五分の一秒なり遅らせる程度のことはできる。

 そのわずかな時間こそが、彼女の命を救うのだ。
 刃が肉に到達するまでに回避し、反撃に転じる。

「俺にそんな戦闘技術はないぞ」
「そりゃナイルは魔法使いだもん。近接格闘戦ドッグファイトが得意だったら、そっちのがびっくりだよー」

「子供の頃から身体は鍛えてたんだけどな……」
「基礎訓練と戦闘訓練は違うよー」

「まあな……」
「賢者さまでしたか。これは失礼いたしました」

 目を丸くしたアントンが一礼した。
 万人に一人ともいわれる魔法使いは、しばしば尊敬を込めて賢者と呼ばれる。
 一般人からみて、深い知識と広い識見を持つからだ。

「やめてくれ。まだ見習いの魔法使いメイジですらないんだ。俺は」

 苦笑するナイル。
 本当に事実であるから、笑うしかない状況である。

「重ね重ね失礼いたしました。お詫びといってはなんですが、当店が秘蔵するとっておきの防具を紹介いたしましょう」

 えらくもったいぶった言い回しで恭しく長櫃を開け、老舗武具屋の主人が一着の長衣ローブを取り出した。

竜衣ドラゴンローブにございます」

 誇らしげな宣言。

「うげ……」

 少年と少女の後方から、マルドゥクの変な声が聞こえた。

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