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第2章
第18話
しおりを挟む竜衣をまとった少年と、竜爪刀を腰の後ろの鞘に収めた少女が郷を歩く。
手に入れた経緯は微妙だったが思わず頬がゆるんでしまう。
とんでもない高級品。
普通の冒険者ならば、手に入れることはおろか、目にすることすら滅多にないような竜の装備だ。
それが無料で手に入って、喜ばないものはいないだろう。
セシルなど、抜く必要もないクセに、無意味に何度も右手を腰の後ろに回してグリップを確認しているし、ナイルはナイルで着ている竜衣を撫でては手触りにうっとりしている。
そんな二人の後を歩きながら、幼女がため息をついた。
「何度も言うがの。本当に気持ち悪くないのかの? そんなものを着て」
マルドゥクにしてみれば、切った爪や剥けた足の皮を有り難がられているようなもので、気色悪いとしか思えない。
種族間の認識の相違というものは、けっこう根深いのである。
「気持ち悪くなんかないさ。竜の装備なんて戦士じゃなくても憧れるからな」
「だねー あたしもまさか伝説級の武器を持つなんて、夢にも思わなかったからねー」
「……やはり人間はよくわからんの」
やれやれと肩をすくめるマルドゥクだった。
連れだって歩く三人。
竜の郷観光ツアーである。
とはいえ、べつに郷は観光都市というわけでもなく、見るべき景勝地や食すべき珍味があるわけではない。
異世界人の末裔とはいえ、何百年という年月の中で、暮らしぶりはこの地の人々とほとんど変わらなくなっている。
道にきちんと石畳が敷かれていたりする程度だ。
「ニッポンは、ずっとずっと進んだ文明をもっていた世界だそうじゃが、そのほとんどはデンキというものがなくては役に立たなかったの」
「だろうな」
ふむと頷くナイル。
現代日本の便利さは、ほとんどが電気に依存している。
停電などが起きると良く判るが、本当に何もできなくなるのだ。
ストーブも使えない、テレビもつかない、ご飯も炊けない、灯りもない、もちろんパソコンも使えないし、携帯端末の充電すらできない。
情報を得ることも困難になり、日常生活すらまともに送れなくなる。
文字通りの意味でライフラインなのだ。
「ねえナイル。ニッポンって世界は、そんなすごい昔から文明が進んでいたの?」
ふと思い出したようにセシルが訊ねた。
「ぬ? どういうことだ?」
「お師匠さんやナイルの話を聞いていて、ちょっとおかしいなって」
マルドゥクが異世界人と交流を持っていたのは、何百年も昔だ。
事実、学校だという遺跡も、五百年以上が経過している。
最小の数字をとったとしても、ナイルの生きていた時代とは、かなり隔たりがあるはずなのだ。
「まさか。五百年前なんていったら、日本に電気なんかないさ」
「むう……」
腕を組むセシル。
解答を与えたのはマルドゥクだ。
「同じ時間に転移してくる、という例の方が少なかったの」
「そうなんです?」
「うむ。サムライというものもおったし、ガクセイというのもおった。生きておった時代も、もっておる価値観もバラバラじゃったの」
懐かしむような声。
ちょいちょいと公園を指し示す。
座って話そうか、という意思表示だ。
軽く頷いたナイルが続き、セシルが小走りで軽食などを販売しているスタンドに走り、飲み物を買い求めてる。
やがてベンチに腰を落ち着けたマルドゥクが、ゆっくりと話し始めた。
「我とともに旅をした男が言っておったのじゃ。自分たちのいた世界とは、二千年ほども開きがあると」
西暦でいえば紀元前から紀元後に変わろうかという時代。
魔法があると信じられ、奇跡が実在した時代だ。
だからこそ、現代日本の知識をもつ異世界人たちは怖れられ、警戒され、孤立していった。
「なんといったかの……ああ、そうじゃ、文明の連続性じゃ」
何かが発明されるには、それが発明されるだけの土壌がなくてはできない。
たとえば飛行機。
石器時代に、突然それが現れるわけがない。
空を飛びたいという憧れがあり、飛ぶためにはどうすればいいかという思考があり、航空力学が生み出され、試行錯誤を繰り返す実験があり、技術革新があって、はじめて実現される。
ゆえに、石器時代に飛行機を持ち込んだとしても、その時代の人々には飛行機の有用性は判らない。
空を飛べます。
だからどうした。
という結論になるだけだ。
「ともあれ、ニッポンびとの価値観を受け入れるには、エオスのものたちはまだ未熟すぎた。そしてそれは、いまもたいして変わらぬじゃろう」
「あ、それはそうかもですね」
セシルがぽんと手を拍った。
殺人をためらうナイル。
どうしてなのか、なかなか理解できなかったものだ。
「こればかりは、仕方ないだろうな」
頷くナイル。
マルドゥクが異世界人と交わったのが八百年前とすれば、地球の年表に置き換えた場合、いまは西暦の八百年代くらいということになるだろう。
日本では坂上田村麻呂が蝦夷討伐を出かけ、中国では三蔵法師や孫悟空が天竺を目指し、ヨーロッパでは神聖ローマ帝国が席巻する。
そういう時代だ。
鬼も妖怪も、ごく普通に存在するとされていた。
そこに平成日本の知識を持ち込んだところで、良くて狂人扱いが関の山だろう。
地球世界だって文明が加速度的な進歩をはじめるのは、産業革命以後の話である。
「その意味では、俺は十五年かけて常識を学ぶことができたから、まだマシなほうだよな」
「そうじゃな。前にも話したが、突然転移してきた連中の末路は、ひどいものじゃった。だからこそ、竜の郷ではあまりニッポン的な文化にこだわるべきではない、と言っておったの」
そして数百年。
竜の郷は豊かではあるが、異常な発展は遂げていない。
「なんかお師匠さんの恋人って、すごい傑物だったんですねー」
「……だから、恋人ではないわ」
「またまたー」
「まあよい。傑物なのは事実じゃ。殺戮や破壊を美としないくせに、もし戦えば我よりも強いのではないかの」
『は?』
思わず間抜けな声をハモらせるナイルとセシル。
ドラゴンロードの異称は伊達ではない。
マルドゥクより強い者など、ちょっと想像が付かなかった。
「すべてを切り裂く剣と、人の身で我よりも高い身体能力を持っておったからの。あれは反則じゃ」
目を細めるマルドゥク。
悔しそうには、セシルには見えなかった。
むしろ、大切な宝物を扱っているような、そんな感じだ。
「やっぱり結婚すれば良かったんですよー 変身してる状態なら子供だって作れたかもしれないじゃないですかー」
なんとなく空気を変えたくて、赤毛の少女は混ぜ返すようなことを言った。
苦笑したマルドゥク。
「痴れ者が」
こつりと、小さな手が弟子の頭を叩く。
「おお。戻ったか。ナイル」
シュウが駈けよってくる。
鎧は着ておらず、普段着姿である。
勤務時間外、ということなのだろう。
手には酒瓶を提げていた。
「ニッポンの話を聞かせてくれ!」
「わざわざ待っていたのか……」
呆れるナイル。
「我らの始祖の話だ。聞き逃す手はないからなっ」
「たいして面白い話ではないと思うが……」
「かまわんかまわん」
少年の肩に手を回す衛士長。
がっちりホールドされた。
「飲み明かそうぜっ」
苦笑したマルドゥクとセシルが二人の横を過ぎる。
「じゃあ、あたしたちはお風呂入ってくるから。あんまり飲み過ぎちゃダメだよ。ナイル」
「シュウもじゃ。明日の仕事に差し支えぬ程度にしておくのじゃぞ」
心配するようなセリフを残して、去っていってしまう。
「ぁ……」
ナイルの手がむなしく空気を掴んだ。
二日続けての混浴、ということにはならなかったようである。
竜の郷で過ごす最後の夜が、にぎやかに更けてゆく。
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