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第3章
第19話
しおりを挟む秋ともなれば、群都タイモールは人で溢れる。
各地で収穫された農作物が次々と運び込まれ、その売買を目的とした商人が集い、彼らが落とす金を当て込んだ露天商たちが押し寄せ、無数のトラブルの種を撒き散らす。
そしてトラブルこそ、冒険者と呼ばれる万事屋どもの出番である。
やれ財布をすられた。
やれボッタクリにあった。
やれ商品をだまし取られた。
種々多様な依頼が同業組合に持ち込まれ、冒険者たちがかけずり回る。
秋の収穫祭を前にした、タイモールの風物詩だ。
セシル商会もまた例外ではありえない。
今日も今日とて、野菜を満載した荷車を引き、街道を歩くセシルとナイル。
晴れ渡る空。
吹き抜ける秋風。
「……なあ。店長さんや」
「なんだい? 番頭さん」
「どうして俺たちは、いつもいつも荷車を引いているんだろうね?」
「そいつは言わねぇって話だよ。番頭さんや」
間の抜けた会話。
どうしてかと問われれば、もちろん仕事だからである。
なんだかんだで荷運びは利益率が最も高い。
下請け仕事がメインなセシル商会としては、ハイリスクハイリターンな仕事よりも、こういうリスクの少ない仕事の方が望ましいのだ。
それはナイルも充分に理解している。
理解はしているのだが、面白味に欠けることは事実だったりする。
行商人のように、仕入れや販売があるわけではない。
依頼された荷物を依頼された場所に届ける。帰りはまた、依頼された荷物を持って帰る。
ただそれだけだ。
「つまらんです……」
「仕事なんて、つまんないもんだよー」
血湧き肉躍るような仕事など、命がいくつあっても足りない。
からからと笑うセシル。
「ゆーて。俺のチカラの訓練も、いい加減飽きてきたぞ」
「まあねー もう完璧だねー」
実際、セシルもナイルも荷車は引いていない。手を添えているだけだ。
荷車を動かしているのは、ナイルの精神魔術である。
コントロールの練習を兼ねて、荷運びの仕事を請け負っているという側面もあった。
進捗度合いとしては、そろそろ実戦における訓練に移行しても、何ら問題はないほどだ。
「つっても、この辺の遺跡は、たいてい調査され尽くしてるから、いまさら潜る価値もあんまりないんだけどねー」
セシルが苦笑する。
ただモンスターを倒すためだけにダンジョンに挑むのは、あまりにも意味がない。
叙事詩などでは勇者がばったばったと敵を薙ぎ払っているが、あれは基本的に物語だからである。
無駄な戦闘を避けるのが常識であるし、勝てない戦いはしないというのが、正しい冒険者のありようだ。
「あれかなー お師匠さんと手合わせかなー」
「それは死んでしまうから嫌だ。主に俺が」
「大丈夫だよっ きっと死なない程度に手加減はしてくれるってっ たぶんっ」
「せめて確信をもって予測してくれ。なんで仮定形なんだよ」
「だってお師匠さんだしっ」
「納得してしまう自分が哀しいよ」
「じゃあ、べつの候補として、こいつらかな」
「こいつら?」
「囲まれてるからねー」
言葉と同時に足を止めるセシル。
次の瞬間、茂みや木立の影から、わらわらと男たちが現れる。
粗末な剣や皮鎧で武装していた。
絵に描いたような野盗である。
数は二十名ほど。
「荷物を置いていってもらおうか。そうすれば命だけは助けてやる」
リーダー格らしき男が言い放った。
ひげ面だ。
「荷物はニンジンと玉ねぎだけどー?」
あっさりと答えるセシル。
まあ、もったいぶるようなものでもない。
「嘘だな」
盗賊が決めつける。
「嘘じゃないよー」
「俺の目は節穴じゃねぇ。ドラゴンローブを着た冒険者が護衛してるようなお宝が、野菜のわけねぇだろ」
「……思い切り節穴じゃねぇか……」
ぼそぼそ呟くナイル。
竜衣をまとった勇者は、荷車を護衛してなどいない。
運搬しているのだ。
ただの人足なのだ。
説明すると哀しくなるだけだから、黙っているが。
まあ、ナイルが着ている長衣を一目で竜の装備だと見抜いたので、鑑定眼はそれなりにあるのだろう。
彼我の人数を比べても、充分に勝算もある。
なにしろ二対二十。周囲の林の中にまだ仲間が隠れているかもしれない。
しかも獲物は女連れ。
たとえ竜の装備を身につけた勇者でも、数で圧倒できる。
ようするに、荷物を置いていけば命だけは助けてやる、などというのは大嘘である。
降伏したら、即座にナイルを殺すつもりだろう。
その後でゆっくりと荷を奪い、セシルを慰みものにして、飽きたら殺すか売る。
そんなところだ。
「楽しくない未来図だねー」
「まったくだな」
これっぽっちも危機感を感じさせない二人。
「やっちまいな!!」
嘲弄されたと思ったのだろう。かっとした頭目が剣を振り上げる。
喚声をあげながら盗賊どもが襲いかかる。
「付き合いきれないんで、逃げるよー」
「合点!」
セシルとナイルが荷車に飛び乗る。
次の瞬間、猛然たる速度で自走をはじめる荷車。
正面に立ちふさがる野盗どもを弾き飛ばして。
ぐんぐん加速する。
時速で四十キロやそこらは出ているだろう。人間の足で追いつけるようなものではない。
盗賊どもが引き離されてゆく。
「へへーんだっ! 追いつけるもんなら追いついてみろってのよっ」
荷車の上に立ち、思い切り舌を出すセシル。
子供っぽい仕草にナイルが苦笑を浮かべた。
肩で息をしてへたり込んだ盗賊ども。
怒声やら罵声やらを奏でているようだが、ほとんど聞こえない。
秋風と太陽が微笑している。
そして数十分後。
「街道でこんな速度を出すとは、いったい何を考えているんだ」
「はあ……盗賊に追われてまして……」
「どこにもいないだろうが」
「振り切りましたから……」
ヒクツに、へこへこと頭を下げるセシル。
相手は警邏中の正規兵だ。
各地で収穫の祭りが行われる時期だけに、国も多くの兵を監視に出している。
そんな中、真っ昼間の街道を猛スピードでかっ飛ばしていれば、当然のようにこういう結末になる。
「ふぅん?」
思い切り疑っている兵隊さん。
街道で危険走行というのは、たいてい馬と相場が決まっているが、こいつらの場合はただの荷車だ。
「君の魔法かね?」
ぎろりとナイルを睨む。
ローブをまとっているから、当然のように魔法使いに見える。
「はうぁっ!?」
びびって奇声をあげる少年。
前世でも今生でも官憲には弱いのだ。
「所属と階級は?」
「え、あ、いや。俺は……」
まだ魔術師協会の会員にはなれないナイルには応えられない。
「まあまあ、兵隊さん。あたしたちも、スピード出し過ぎかな、とは思っていたんですよ。でも、こちらも荷物を運んでいますし、盗賊に荒らされるわけにはいかないので。危ないかな、とは思っていたんですって。ホントに」
兵士とナイルの間に立ち、揉み手などをしながらセシルが説明する。
事情を考慮してくれ、と。
もちろん、そんな言い訳は、エオスだろうと日本だろうとなかなか通らない。
ただ、無視できない部分もある。
大きく息を吐く兵隊さん。
「盗賊が出たというのは、事実なのかね?」
「二十人。もしかしたら森の中にも隠れてたかも」
「ふむ……それなりの規模だな」
「ですです。ぜひ調査と討伐を」
「当然だ。臣民を守るが私たちの仕事だからな」
「ありがとうございますっ」
ぺこぺこと赤毛の少女がお辞儀する。
話題のすり替え成功、という趣旨の笑顔を隠して。
だがしかし、世の中はそんなに甘くなかった。
「それはそれとして、君たちの危険走行の件だが」
「はうあっ!?」
普通に話題を戻された。
兵隊さん恐るべし。
「領主殿に報告はさせてもらう。どこの同業組合だ?」
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