アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第3章

第20話

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「さて。言い訳があればきこうかの?」

 仁王立ちしたマルドゥクが言った。
 幼女の前には、正座させられている少年と少女。

 なかなかシュールな光景だが、べつに遊んでいるわけではない。
 群都タイモールに戻ったセシルとナイルを待っていたのは、お説教タイムである。

「……ありませんです……はい……」
「魔法で荷車を暴走させた罰として、セシル商会は一ヶ月の輸送業務の停止を命じる。先日、領主の使いが持ってきた略式命令書じゃ」

 羊皮紙の筒をぽいっとセシルの頭に投げつけるマルドゥク。

「よかった……それだけで済んだ……」
「我が使者に愛嬌を振りまき、料理を振る舞い、肩揉みまでして、減刑を願ったからの」

「ううう……お師匠さん……ありがとうございます……」
「それはもう良い。逃げる必要があって逃げたのじゃろう?」

 弟子たちが充分に反省していると見て取ったドラゴンロードが、苦笑とともに二人を立ちあがらせる。
 やがて二人から事情の説明を聞き、マルドゥクが頷く。

「二十人の。それはたしかに逃げの一手じゃな」

 十倍の人数を相手に立ち回りなどできるはずがない。
 包囲された状態ではなおさらだ。
 ましてセシルは、林の中に敵が潜んでいた可能性も示唆している。

 面白くもおかしくもない話だが、同じようなサイズのものが戦った場合、数の多い方が勝つ。
 戦力差が十倍以上というのは、個人的な武勇でどうにかなる範疇をこえている。

 少数が勝利した例というのは、ほとんど存在しないのだ。

 ゼロではない、というだけである。
 それがやたらと目立つのは、物語や叙事詩では、そういうシーンばかりをクローズアップするせいだ。

「ナイルの精神魔術で薙ぎ払う手もありましたけど、戦力差を考えると手加減できません」
「じゃな。首魁しゅかい以下何人かを惨殺し、恐怖を誘うというのが常套手段じゃが、ナイルにそれを求めるのは酷というものだろう」

「面目ない」
「なに。謝ることではない。汝は人を殺して喜ぶような異常者ではないということじゃよ」

 セシルが逃亡を選択した理由のひとつは、ナイルを慮ってのことだ。
 頭を下げる少年に、幼女が笑みを投げる。

「兵は不祥の器というからの」

 地球世界。古代中国は老子ろうしの言葉だ。
 軍事力というのは不吉な道具という意味で、使わない方が良いとしており、これを美とする者は殺人を美とするものだと戒めている。

 完全平和主義を貫くのは不可能だが、セシルにしてもマルドゥクにしても殺人鬼ではない。
 殺さなくても良い局面で、わざわざ殺人を犯す理由はないのだ。

「盗賊退治は兵隊さんたちの仕事だしねー」

 総括するようにいって笑うセシル。
 輸送業務が停止されたのは痛いが、他にも仕事はいくらでもある。

「そうだな。たまには遠出しないのも悪くない」

 ナイルが頷く。
 タイモール内で完結する仕事ならば、時間的な余裕ができるため、セシルやマルドゥクから戦闘の手ほどきを受けることもできるだろう。

「明日にでも、どっかの冒険者ギルドに行ってみようかー なんか下請け仕事があるかもー」

 冒険者の下請け。
 えらく聞こえが悪いが、じつのところけっこう旨味がある。
 なにしろ彼らは一攫千金になりそうなものに飛びつくからだ。
 地味で報酬額の低い依頼は人気がない。

 そういう仕事こそセシル商会の出番である。
 小さな依頼というのは、報酬をはずむことのできない人々が発注したもの。
 根無し草の冒険者には価値がなくても、タイモールに根を下ろすセシル商会としては、地元の方々に貢献するのは商売の上でも役に立つ。

「薬草採取とかなら片手間にやれるしな」
「そだねー じゃあ今日はゆっくり……おや?」

 ぴくりとセシルの指が動く。
 ほぼ同時に、マルドゥクも視線を扉に向けた。

「どうした? 二人とも」
「なんか焦った気配が近づいてくるねー」
「そうなのか?」

 ナイルも扉を見るが、べつに何も判らない。

「まだまだ遠いよー この街区に入ったばっかりだねー でも意識がうちに向いてるー」
「ていうか、セシルも超能力者なんじゃないのか? どんだけ鋭いんだよ」

 五十メートルや百メートルの距離ではない。
 やれやれと呆れてみせるナイル。

「慣れだよー 慣れー」
「そんなばかな……」

「そのうちナイルもできるようになるってー」
「ホントかよ……」
「たぶん?」

 ばかな会話を続けているうちに、音高く扉が開いた。

「セシルは戻っているかっ!!」

 飛び込んできたのは壮年の男性。
 知った顔である。
 サリス伯爵の部下で、それなりの地位にあるはずだ。

「どうしたのー? クロウェルさん」

 のんびりとした店長の声。
 ぜーはーと肩で息をしている男のため、お茶を煎れようとマルドゥクが席を立つ。
 右手を挙げてそれを押し止めた兵士。

「い……一刻を争うゆえ……供応はけっこう……」

 必死に息を整える。

「どうしたのさー? いったい」
「セシル。伯爵様がお呼びだ」
「いい話、ではなさそうだねー あんまり聞きたくないなー」

 ぽりぽりと頭を掻く赤毛の商店主。

「お前が遭遇した盗賊団の討伐に向かった部隊が、全滅したんだ」
『はい!?』

 セシルとナイルが驚愕の声をユニゾンさせた。




 街道に出た盗賊。
 セシルからの情報を元に、拠点と規模の特定がおこなわれた。
 当然である。
 相手の本拠地も判らず、人数も判らないのでは、そもそも作戦の立てようがない。

 ただし、時間をかけることはできない。
 のんびりと情報を集めている間に、盗賊団が移動してしまうかもしれないし、被害が拡大してしまうかもしれないからだ。

 兵は拙速を尊ぶべし、という言葉通り、ごく短期間に情報が集められ、討伐隊が組織された。

 野盗の数は、最大で見積もって四十名。
 対するサリス伯爵は、私兵三十名と冒険者ギルド「銀糸蝶」を動員し、八十名の部隊で望んだ。
 敵が四十なら、こちらは四十一、などというせこい計算はしない。

 最大想定数の二倍という戦力。
 これだけ彼我の戦力差があると、自軍の損害はほとんど考慮に入れる必要がない。
 まさに必勝の態勢だったのだが、見事に敗北した。

「私兵が八。銀糸蝶からは二十七名が戦死だ。最悪だよ」

 執務室のデスクに肘をついて歎息する伯爵。
 イリューズ・サリス。
 三十代前半の少壮で、政治面にも軍事面にもそれなりの力量を持つ中堅貴族である。

「銀糸蝶が二十七名? にわかには信じられないお話です。イリューズさま」

 セシルが目を丸くする。
 全滅といっても、一人残らず全員が死ぬことなどありえない。

 八十名の戦闘員のうち三十五名が戦死。損耗率四十パーセント弱というのは、ほぼ全滅と称して大過ないのだ。
 一割が戦死したら、勝ったとしても喜べないというのが、軍事上の常識である。

 半歩後ろに控えているナイルは口を開かない。
 まだ発言の許可が降りていないため、当然である。
 貴人の前で、礼を失するわけにはいかないのだ。

「私も耳を疑ったよ。セシル」

 銀糸蝶といえば、タイモールでも屈指の冒険者同業組合である。伯爵からの信頼も厚く、有事の際にサリス伯爵軍に帯同することもあるほどだ。
 正直、同数の盗賊に敗北したといっても信じられないのに、圧倒的な寡兵の盗賊団に後れを取るなど。

「敵に魔法使いがいたとかですかね? それもソーサラークラスが五人くらい」
「魔術師を抱えた盗賊団がいたら、それはそれで驚きだな。だが、そんなケースは滅多にないさ。その少年が珍しすぎるだけだ」

 ここではじめてサリス伯爵がナイルに視線を向ける。
 軽く一礼する少年。

「じゃあ単純に、戦術能力で負けたってことですか? イリューズさまの部隊が?」
「認めたくはないが、な」
「それもまた信じられない話ですねー」

 サリス伯爵軍はけっして弱くなどない。むしろ周辺の諸侯たちの軍勢の中でも、精強な部類に入るだろう。

「そこで、だ。セシル」
「あ、なんか嫌な予感しかしない」

「お前なら勝てるか?」
「ほらやっぱりー そうくるんじゃないかと思ったー」

 すごく嫌そうな顔をする風のセシル。
 今度はナイルが目を丸くする番だった。
 伯爵の言っていることが理解できない。

「おい……セシル……」

 少年の態度を見て、サリス伯爵がにやりと笑う。

「なんだセシル。彼に言っていなかったのか?」
「わざわざ自慢するようなことじゃないですしー」

 仏頂面だ。

「良いではないか。ナイルとやら、お前の上司の二つ名を教えてやろう」
「風のセシル、ではなくてですか?」
「それは、ここ一年くらいで呼ばれるようになったものだな。その前の異名は」

 一度、言葉を切る伯爵。
 もったいつけるように。

深紅くれない夜叉公主おにひめ。二年前のナトラ紛争の英雄だ」

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