アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第6章

第51話

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 セシルが仲間たちに与えた作戦は、徹底してザッガリアの油断を誘う、というものだ。
 ひとつの行動が成功すれば大げさに喜んでみせ、それを破られたら大げさに嘆いてみせるという。

 本来、戦場において油断するようなバカはいない。

 だが、敵対者が四人しかおらず、滑稽なほど一喜一憂すれば、魔王といえども心が乱れる。慢心する。
 そこにこそ付け込む隙が生まれるのだ。

「予は武器を一つ失い、右腕を切られ、背を刺された。ひるがえって、貴様らは無傷。どうして予は、自分の方が圧倒的に有利だと思っていたのだろうな」

 斬り結んでいたサトリスを押し返し、ザッガリアが歎息する。

「気付いちゃったかー」

 舌を出してみせるセシル。
 魔王が、自分の方が有利だと思っているうちに、もう少しダメージを蓄積させたかったが、そうは問屋が卸さなかったようである。

「……貴様が頭脳だな? 小娘」
「あたしはセシル。風のセシルって人は言うよ」
「その名、刻んでおこう」

 言葉と同時に踏み込む。
 横薙ぎの一閃。

 身を屈めて空を切らせたセシルが、そのまま後転し、伸び上がりざまに魔王にサマーソルトキックを放つ。
 小兵の蹴り技と魔王は侮らなかった。
 半歩ではなく、一歩後退してやり過ごす。
 爪先から生えた刃が、赤い光をまとってザッガリアの眼前を通過した。

「それにも魔力を付与させていたか。油断も隙もない」

 退いてくれたことを奇貨として、そのまま距離を取ろうとするセシル。
 そうはさせじと追撃に移る魔王。

「セシルとばかり遊ばないで。さみしいじゃない」

 婉然と響く声はエオリアのもの。

氷狼フェンリル! その顎で噛み砕きなさい!」

 魔王の足元から、無数の氷槍が伸びた。

「小賢しいわっ」

 魔剣一閃。
 すべて砕け散る。

 つい先ほどまでなら、エオリアは悔しそうな顔をして見せたことだろう。
 だが、すでに状況は変わった。
 効かないのは百も承知。

 セシルが退避する時間を稼げればそれでいい。
 次の手を警戒したザッガリアが足を止める。

「そこか!」
「ちっ」

 背後から鋭い突き込みを見せたサトリスの長剣が、音高く弾かれた。
 バラバラに動いているかに見えて、しっかり連携を取ってくる。
 道化めいた言動に惑わされてはいけない。

 一人の行動は、必ず次の誰かの行動の布石になっている。
 しかも、じつに的確だ。
 まるで以前にも戦ったことがあるかのように、隙を突いてくる。

「……貴様らは何者だ?」

 問い。

「人間の味方。魔王の敵」

 セシルが応えた。
 間延びした口調ではない。
 猫のように細まる瞳。

「詮なきことを訊いた。やはりこれで語るべきだろうな」

 加速する魔王の剣。
 刃鳴りと火花が連鎖する。

「ぐぅ……っ!」

 セシルを庇うために前に出たサトリスが防戦一方に追い込まれる。
 隙を突いて切り込もうとしたセシル。
 高速の回し蹴りに吹き飛ばされる。
 ナイルやエオリアが魔法で援護しようとすると、機先を制して攻撃魔法を放つ。

 四人を相手取っての戦闘。華麗にして力強いステップ。
 最前線で戦うサトリスに無数の小さな傷が刻まれる。
 魔王の攻撃のすべてを凌ぐことができない。
 致命傷になりそうなものだけを防ぐので精一杯だ。

「くそっ」

 魔王の狙いは明白であり、単純でもある。
 まずは接近戦に優れたサトリスを倒し、その後に頭脳であるセシルを無力化する。ある程度のダメージを覚悟の上で、ひとりひとり潰していこうという方針だ。

 サトリスにもそれが判る。
 判るからこそ焦りもする。
 地力で大きく水を空けられている強大な相手に、冷静で隙のない判断などされたら、勝算など立てようがない。

「このままじゃジリ貧だ。ならっ!」

 防御から一転。
 ぐいと踏み込むサトリス。

「焦ったかっ 小僧っ」

 降ってくる魔王の剣。
 白銀と黒の剣をクロスさせてガードするが、もともと持っていた魔力剣が負荷に耐えかねて折れ砕ける。
 左肩に食い込むザッガリアの斬撃。

「ぐあァァっ!!」

 凄まじい激痛に耐えながら、無事な黒い剣も放り出して両手で魔王の右腕を鷲掴みにする。

「しってるかい? 魔王ザッガリア。剣は、斜に引かないと切れないんだよ」

 笑う元勇者。
 鬼の笑みだ。

「放せ。下郎」

 ザッガリアの蹴りが腹部に入る。
 骨の折れる音が響き、口から鮮血が溢れる。
 それでもサトリスは魔王の腕を放さない。

「あんたに賛成だぜ。サトリス」
「綺麗に戦って、勝てる相手じゃないものね」

 魔王に迫るPKランスと火蜥蜴の魔槍サラマンダージャベリン
 動きを止め、剣を封じられたザッガリアに防御手段はない。
 ないはずだった。

「舐めるなっ 人間っ」

 信じられないことが起こる。
 なんと、左腕をかざして魔法使いたちの攻撃を受けたのだ。
 精神魔術に切り刻まれ、精霊魔法によって炭化する魔王の左腕。
 表情ひとつ変えずに。

「まじかよ……」

 ナイルが呻く。

「安いものだろう?」

 命と腕という比較だ。
 後者を選択する理由など、どこにもない。
 ぶんと魔王が左腕を振る。どちゃりと、かつて腕だったものが床に落ちた。

「で、貴様はいつまでしがみついているつもりだ?」

 勢いをつけてザッガリアがサトリスに頭突きした。

「ぐは!?」

 元勇者と魔王。両方の額から血が流れる。
 あまりにも意外すぎる攻撃。
 思わずサトリスの力がゆるむ。見逃す魔王ではない。
 渾身の蹴りが叩き込まれ、サトリスが吹き飛んだ。

「男にしがみつかれても、嬉しくなどないぞ。小僧」

 額から流れ出た血を、ぺろりと舐める。

 まるで蛮人の戦いだ。
 人間たちが息を呑む。

 綺麗に戦って勝てる相手ではない、と、エオリアは言った。
 ザッガリアもまた、同じ覚悟を定めたということだ。

「認めてやろう。貴様らは、予が全力で戦うに相応しい相手だ」
「そりゃどうもっ」

 逆手に竜爪刀をもち、じりじりと間合いを計るセシル。
 等距離に位置し、攻防いずれにも動けるよう身構えるナイル。
 次の手を警戒するのか、魔王は踏み込まない。
 サトリスに駈けよった聖女が命の精霊に願い、怪我を治してゆく。

「わたくしの回復魔法では完治は望めないわ」
「……痛み止めで良い。思い切り飛べるやつ」

 にやりと元勇者が笑った。
 痛いとか苦しいとか言っている場合ではない。
 ぐっと膝に力を入れて立ちあがる。

「正念場だよ。エオリア」
「そうね。サトリス」

 同じ戦いの記憶を持つ二人。
 初戦でここまでのダメージを与えることができた。

 思い起こせば、最初の戦いなどひどいものだった。
 突入した五十名の部隊のうち、生きて逃げ延びることができたのは十名に届かない惨敗である。

 ザッガリアに一太刀すらも浴びせることができなかった。

「いこう。この戦いでケリをつける」

 黒い剣を元勇者が拾った。






 金翼が速度をあげる。
 一撃必殺の聖剣をかまえて。
 上空へ逃れようとした暗黒竜だったが、踏みとどまった。
 敵に、小娘に背を向けるなどできるわけがない。

「ふざけるな!!」

 漆黒の口からほとばしる巨大な火焔。
 さすがにスピードを緩めたマルドゥク。
 円を描くように舞えば、何事もなかったように炎が消える。

「頑固なご老体じゃな。素直に逃げればよいものを」
「何だとっ!?」

 赫っとするアンディア。
 それは図星を突かれたゆえ。

 彼は恐怖を感じていた。二回りも小さい黄金竜の小娘に、得体のしれない剣に。

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!!」

 事実が暗黒竜をますます苛立たせた。
 齢五千年を越えるエンシェントドラゴンに怯えなど!
 巨大な顎を開き、両翼を広げ、爪を剥き出しにして襲いかかる。

 技も計算も戦術もない。
 この小娘を叩き潰し、犯し、屈服させねば気が済まなかった。
 目を見開き涎を撒き散らし、遮二無二しゃにむに突っ込む。

 怯んだかのようにマルドゥクが高度を下げる。
 だがそれも一瞬のこと。

 急上昇した竜王が錐のように回転しながらアンディアの巨体を貫いた。
 アイリンの空に響き渡る絶叫。

 力を失い、真っ逆さまに暗黒竜が墜ちてゆく。
 ばんと金色の翼を開いたマルドゥク。
 長大な剣を太陽にかざす。

「我とヒジリの前に敵はなし。暗黒竜アンディア、討ち取ったり!」

 朗々たる宣言。
 地上で苦しい戦いを続ける人間どもが、一斉に歓声をあげた。

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