アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第6章

第52話

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 爆炎。
 閃光。
 雷鳴。

 ありとあらゆる光と音で謁見の間が満たされる。
 人と魔、どちらもぼろぼろになりながら、一歩も退かずに命を削り合う。

「絶対に後ろにだけは倒れないぞ!」

 黒の剣で何度も何度もザッガリアを斬りつけるサトリス。
 斬ったのと同じ回数くらい斬られている。
 すでに左腕は関節を砕かれぴくりとも動かないし、薙がれた腹からは肋骨が露出し、切れた額から流れ出た血が目に入り、視界を赤く染め上げていた。
 それでも彼は攻撃の手を弛めない。

 彼の、彼らの後ろには平和に暮らしていた人々がいる。
 前世とか、未来とか、関係ない。
 ここで死のうが、あとで処刑されようが、もうどうでもいい。

「思い出したよ。僕は人を守りたくて、人を救いたくて剣を取ったんだ」

 自分が殺されたことで、仲間たちが殺されたことで、思いが歪んでしまっていた。

 報酬ほしくて戦ったわけじゃない。
 褒めて貰いたくて挑んだわけじゃない。

「誰も泣かない世界が欲しい。それだけなんだ」

 だから、サトリスは剣を振るう。

「わたくしもあなたに賛成よ」

 エオリアの手から放たれる精霊魔法。
 魔王に対しては、牽制程度の効果しかない。
 それでも彼女は戦うことを選んだ。

 前回も、今回も。
 難しい理屈なんかない。

 守りたかったからだ。
 みんなの笑顔を、ぼろぼろになりながら戦う少年の背中を。
 たったそれだけの理由。

「わたくしに戦う力なんかないけれど!」

 ほとばしる土の精霊魔法ストーンバレット。ごくわずかにザッガリアが身じろぎする。

「多少痛くないこともない、という程度だな」
「かまいませんわ! あなたの心臓に届くまで、何千回でも何万回でも繰り返すのみ!」

 雨だれだって、いつか巌に穴を穿つ!

「さすがにそこまで待ってやれんな」

 ぶんと剣を振るザッガリア。
 生まれた衝撃波が聖女を襲う。
 飛び出したナイルが、エオリアを抱えて横っ飛びした。

 その間も王女は魔法の斉射をやめない。
 避ける暇があったら、一発でも二発でも撃ち込んでやる。

「まったく。無茶をする姫さんだぜ」

 苦笑したナイル。
 横に並んで精神魔術を振えば、見えない刃が魔王を切り刻んだ。

「先ほどの光の槍の方が効いたぞ。小僧」

 全身から血を流しながらも、かっと口を開く。
 吹き飛ばされる魔法使いたち。
 無詠唱の衝撃魔法。

 ナイルの竜衣もエオリアの聖衣もすでにぼろぼろで、防具の体をなしていない。

「そうかい。ヒントをくれてありがとよ」

 黒髪の魔導師の手に現れるPKランス。
 聖女の手には炎の槍。

「いくわよ。ナイル」
「あの世で会おうぜ!」

 そのときである。

 セシルが動いた。
 身を低くした全力疾走。
 魔王の懐に飛び込む。

 逆手に持った竜爪刀が閃いた。
 下段から掬いあげるように。
 危なげなく受け止めるザッガリア。

「何のつもりだ? 小娘」

 力と力がぶつかり合うこの局面で、小兵のセシルに出番はない。
 身も軽く、動きも素早いが、やはり非力なのは否めないし、耐久力でもサトリスやナイルに大きく劣る。
 戦域に飛び込んでも足手まといになるだけ。

「ずっと不思議だった事があるんだよねー」

 腕の下から聞こえる声。
 なにやら不吉なもののように感じ、ザッガリアが後退しようとした。
 どうにもこの赤毛の人間が考えることが読めない。

 一番小さく、一番非力なくせに、なぜかまともに斬り結びたくない相手だ。
 たん、とバックステップ。

 セシルは追撃しなかった。

 微笑。
 かつんという乾いた音。

 彼女以外、目の前で起きている事象を理解できなかった。
 ザッガリアが腰に提げていた黄金の剣が落ちたのだ。

 もちろん赤毛の冒険者の仕業である。
 右の竜爪刀はフェイク。
 本命は左手に隠し持ったナイフ。

 剣帯を切った。
 ただそれだけ。

 それだけのことにザッガリアが目を剥いた。必死の形相で落ちた剣を拾おうとする。
 だが、片腕は黒の剣を握りしめており、もう片方はすでに失っている。
 躊躇いもなく剣を投げ捨て、右手を伸ばす魔王。

 だが一瞬遅かった。
 セシルの右足が黄金の剣を蹴り飛ばす。
 それは、驚くべき正確さでナイルの腕に収まった。

「セシル……っ!?」
「それが魔王を滅ぼせる武器だよー きっとねー」
「小娘っ!」

 みたび剣を生み出したザッガリアが、血走った目で少女に襲いかかった。
 セシルの言葉を、正解と認めるかのように。

 疑問を感じたのは、ザッガリアが最初に剣を失ったときだ。

 彼はすぐに剣を作り出した。
 だが考えてみれば、作る必要などあるだろうか。

 腰に立派な剣を提げているのに、なぜ最初から使わない。
 勿体ぶっている、とも考えた。

 しかしザッガリアは慢心を捨てた。
 強力な武器を持っているのに使わないというのは、少しばかり違和感がある。
 そこでセシルは発想を逆転させた。使わないのではなく、使えないのではないか、と。

「あんたはその剣を装備していたんじゃない。保管してたんだねー」

 振り下ろされる黒の剣。
 竜爪刀が弾く。
 一合、二合。

 インダーラの宝物庫に隠すより、自らが常に持っていた方が良いもの。
 それはすなわち、魔王を滅ぼしうる武器。
 目の届かない場所に置いて、うっかり盗まれでもしたら目も当てられない。だから身につけておく。

「戦っている最中にそこまで読んだかっ! 見事だ!」

 三合、四合。
 黄金竜マルドゥクの爪から削りだした魔力剣が、ついに折れ飛んだ。
 もはやセシルには自分を守る術すらない。

「あたしの役目は、ここまでだよ。みんな」

 浮かぶ笑み。
 魔王を倒すための剣は仲間に託した。
 ここから先は命を捨てた総力戦。

 セシルの存在は不可欠ではない。
 もう策をめぐらす余地はないし、ナイルやエオリアのように強力な攻撃魔法が使えるわけではないし、サトリスのように魔王と斬り結ぶだけの膂力もないから。
 しかも魔法の武器である竜爪刀を失った。

 足手まといである。
 彼女をガードしなくてはならない分だけ、仲間たちの不利は大きくなってしまう。
 魔王を見つめたまま、黒の剣が振ってくるのを待つ。

「そういう水臭いのは、なしにしようよ。店長さんや」

 しかし寸前で黒い剣は止まっていた。
 同じく黒い剣に受けられて。

「サトリスっ!?」
「バレバレだよ。本当にきみは変わらない」

 黒の剣と黒の剣がせめぎ合い、過負荷の火花が舞う。
 力比べだ。

「ぐぅぅうっ!」

 押されてゆくサトリス。
 互いに腕一本だが、やはり膂力そのものが違う。
 骨が軋み、膝下に踏みしめた床が陥没する。
 関係ない。

「絶対に守る! 僕はもう誰も死なせたりしない!!」

 渾身の力を込めて、じわりじわりと押し返してゆく。

 ザッガリアが顔色を変えた。
 なんとこの人間は、パワーで魔王を上回るというのか。

「ナイル!!」

 叫ぶ。

「お、おうっ」

 一瞬の自失から立ち直り、漆黒の放浪魔導師が腕の中の剣を見た。
 柄に七つの宝玉が収まった金色の剣。
 だが、玉をはめ込む穴は八つあるように見える。一ヶ所はただの虚だ。
 疑問に感じたが、理由を探している時間はない。

 音高く鞘を払った。
 露わになる刀身。
 どこまでも清純な蒼銀ミスリルブルーの輝きを放って。

「させるか!」

 焦りを滲ませたザッガリアが無詠唱で魔法を撃ち出す。

「させないのはこちらっ」

 射線上に飛び出すエオリア。
 背中への直撃。皮膚と髪が焦げる匂い。
 聖女が膝をつく。

 自らを盾として使い、ナイルへの攻撃を防いだ。
 それは、彼だけがこの局面を打開できると信じているから。

「うけとったぜ。みんな」

 構える。

『世界を救う勇者よ……いまこそ目覚めのとき……』

 脳裏に、男とも女ともつかない声が響いた。

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