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第6章
第53話
しおりを挟む頭の中に響く声。
剣が発しているのだと、ナイルは理性によらず悟った。
七柱の神からのメッセージなのだと。
『目覚めよ……勇者よ……目覚めよ……』
「やめてくれ。俺は勇者なんかじゃない」
なにもかも上手くいかず、諦め、自ら死を選んだ。
そんな男のどこに勇気がある?
故郷を追われ、食い詰め、山賊に成り下がった。
そんな男のどこに義侠心がある?
ただの落伍者で、ただの敗者だ。
他人から称えられるようなものなど、なにひとつもっていない。
そんな彼が、世界の命運を賭けて魔王と戦っている。
逃げもせず。
諦めもせず。
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こんなものを、勇者とは呼ばないだろう。
『それこそが答えなり』
頭に響く声が笑った、ような気がした。
剣が眩い輝きを放つ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
ナイルの絶叫。
みるみるうちに色素を失ってゆく黒髪。
魔力が、生命力が、剣に吸い上げられてゆく。
「手を放せ小僧。それは人間に扱えるようなものではないぞ」
魔王の声が響いた。
嘲りよりも、憐憫を含んだ口調である。
ザッガリアを封印してきた神器だ。
人の身で使うには重すぎる。
「ぐぅぅぅぅっ」
「残念だ。貴様らとはもっと踊りたかったが」
身の丈に合わぬ力を手にした人間。
遠からず剣に食われて息絶えるだろう。
楽しい宴だったが、どうやらこれで幕のようだ。
「せめてもの慈悲。一撃で葬ってやろう」
「……んか……」
「む?」
「あき…らめる……もんか……っ!!」
目を剥き、歯を食いしばり、剣を構えるナイル。
握りしめた両手から、ぽたぽたと血が滴る。
それでも剣を放さない。
もう、絶対に、諦めない。
「良い覚悟だ! 小僧!!」
高まってゆくザッガリアの魔力。
「させないと……いったはずよ……っ!」
床に這いつくばったまま、エオリアが手を伸ばす。
美しいプラチナブロンドは半ば焼け焦げ、聖衣はぼろぼろに破れて半裸となっている。
王女というより鬼女のようだ。
「万物に宿りしすべての精霊よ! 友たるエオリアに力を貸しなさい!!」
必死の命令だ。
風の、石の、炎の、水の精霊たちが、光弾と化してザッガリアに向かってゆく。
『私たちの友達に』
『僕たちの友達に』
『こんな姿は似合わない』
『友達を泣かせるお前は、悪いヤツだ』
『滅びろ』
『滅びろ。滅びろ。滅びろ!!』
もし精霊の言葉を解するものがいれば、荒れ狂う精霊たちの声を聞くことができただろう。
ひたすらに魔王へとぶつかってゆく小さきものたち。
爆炎がザッガリアを包む。
「これでどうだ!」
サトリスも剣を捨て、連続で攻撃魔法を撃ち込む。
このまま魔力が尽きて倒れてもかまわない。
撃って撃って撃ちまくってやる。
ルーンマジックとシャーマニズムの競演。
常軌を逸した連弾だ。
さすがの魔王も、ごくわずかにたじろいだ。
「ぐぅぅ! この程度で……」
なんとか魔法を撃ち出そうと右手を伸ばしてゆく。
剣を構えゆっくりと近づいてゆく少年。
一歩一歩、踏みしめるように。
遠い。
ほんの数メートルの距離が、なんと遠いのか。
魔王の指先が少年を向いた。
届かないのか。
もう少しなのに。
どうしても、届かないのか。
絶望の黒い染みが、少年の心を蚕食してゆく。
「もうすこしだよ。ナイル」
至近から声が聞こえた。
下げた視線の先、少年の手を小さな両手で包み込んだ赤毛の少女がいる。
「セシル……」
ぬくもりを感じる。
「たしかに人には扱えない力かもしれない。けど、あたしたちならきっと大丈夫」
「何を根拠に……」
「決まってるじゃん。あたしがそう信じてるからだよ!」
セシルが叫ぶ。
ぐんと輝きを増す剣。
目を開けていられないほどに。
ひどい話だ。
理屈も何もない。
「そうだな! 俺も信じるぜ!!」
「いくよ! ナイル!」
「ああ! セシル!」
駆け出す二人。
真っ直ぐに魔王を目指して。
掲げた剣が立ちこめる爆煙を切り裂き、魔王をも貫く!
「見事だ! 人間たちよ……っ!!」
断末魔の叫び。
刺し貫かれた点を中心にして、ザッガリアの身体が土塊へと変わってゆく。
がらんと落ちる剣。
輝きを失って。
荒い息を吐き、呆然とする四人。
「勝った……のか……?」
無限とも思える数瞬の後、サトリスが呟いた。
仲間たちを見渡す。
満身創痍だが、なんとか皆生きているようだ。
「なんとか、な」
肩で息をするナイル。
黒髪が真っ白に染まっており、一気に老人になったように見える。
魔力の使いすぎである。
「にふふ……かんぜんしょうり……」
Vサインを作ろうとしたセシルの手が、かくりと落ちた。
魔法使いではない彼女が、ナイルとともに魔力を吸われたのだ。
無事で済むわけがない。
「セシルっ!?」
慌てて抱き留めようとするナイル。
その瞬間、
「うわっ!?」
「なんだっ!?」
衝撃がきた。
バランスを崩して横転するサトリスとエオリア。
気合いだけで踏みとどまったナイルが、なんとかセシルを支える。
「これは……?」
「みんなっ やばいぞ!」
少年の問いに答えたのは、謁見の間に駆け込んできたテリオスとイリューズだった。
四人に勝るとも劣らないほどの満身創痍っぷりである。
「無事だったか。ふたりとも」
「ああ。敵どもが逃げはじめたからな。きっとお前らがやってくれたんだと思っていた」
大きく頷くイリューズ。
だが、安心している場合ではない。
仲間たちと合流するべく駈けていた二人は、見てしまったのだ。
窓の外を。
インダーラがゆっくりと高度を下げているのを。
「魔王が滅んだからっ」
く、と唇を噛むサトリス。
天空魔城インダーラは、魔王ザッガリアから力の供給を得て飛んでいる。
ザッガリアが滅んだ今となっては地上に墜ちるしかない。
「冗談じゃねえぞ……っ」
ナイルが呻いた。
インダーラの眼下には王都アイリーンがある。
何十万人もの人々が暮らす街だ。
こんなものが墜落したらどうなるか。
「もういっこ、でっかい仕事が残ってたねー」
ナイルの腕からセシルが降りた。
ふらつく足を必死に叱りつけ。
「守るよっ! きっちりっ!!」
最後の力を振り絞って叫ぶ。
城のコントロールを奪い、街に被害のでない場所に落とすのだ。
簡単ではない。
魔力炉がどこにあるかも判らないのだから。
だが、できるかどうかなど、我らが店長は訊ねていない。
守ると言った。
にやりと笑みをかわすナイルとサトリス。
『友と明日のために!!』
仲間たちが唱和した。
巨大な水柱があがる。
王都アイリーン東部の入り江。
大音響とともにインダーラが着水した。
ここが天空魔城の終焉の地だ。
同時に、魔王ザッガリアの墓標となった。
世界を滅ぼす魔王ザッガリア。
それを倒し、世界を救った勇者は誰か。
多くの者が知りたがったが、アイリン王国の公式記録は、ついにその名を伝えることはなかった。
ただ市井に流布する伝説に、
「エオスの護り手」
という言葉を見出すのみである。
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