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第2章 あやかし探偵と押しかけ助手
第7話
しおりを挟む「なかなか邪悪な笑みだね、茉那。良いあやかしになれるよ」
ひどいことを言って笑う紫。
言ってなさいよ。
こっちもけっこうぎりぎりなんだ。
「私と契約しない? 紫。詫び料はいらないし、倒れるくらいまでってのは無理だけど、精気を吸って良いから」
「ほほう? 僕はなにを提供すればいいんだい?」
きらりと紫の目が光る。
食いついてきたね。
正直、私が出せる条件はこれしかない。だけど取引材料として充分な価値があると読んだ。
「ボディガードになって」
「えんだーかぁ」
「さすがに古くない?」
「つまり、茉那の精気を狙ってくるあやかしから守ればってことだよね」
紫が腕を組む。
「できない? 自信ない?」
「濡れ女も牛鬼も弱いとされているあやかしではないけどさ……」
ちょっと歯切れが悪い。
人間をあやかしから守るというのは、おそらく背信行為に近いのではないだろうか。
とはいえ、あかやしってのは、同業組合や労働組合を作って団結している、というイメージはない。
もっとずっと個人主義者な気がするから、私は紫に取引を持ちかけたのである。
「……判った。乗るよ」
一分ほども考え込んだ後、紫は頷いた。
「よっしゃ」
私は右手で小さくガッツポーズを作る。
伸るか反るかの大ばくちだったからね。
「茉那は肝が太い。自分の身を賭け台に乗せて交渉するなんてね」
「肝が太いって、女に対して褒め言葉としてどうなのよ? 丹籐寺さんにも言われたけどさ」
「うっわ……」
ものすごく微妙な顔をする。
どういう意味のうっわだよ、それは。
「僕としてはさ、金銭的な取引を予想していたんだよ。結局、人間からの要求はそれが一番多いからね」
半眼を向けると、露骨に話題を変えやがった。
ちょっと人間を馬鹿にしたような雰囲気を出しちゃってるけど、べつに金銭を求めるってのはおかしなことじゃない。
お金があることが幸福とは限らないけれど、その反対の状況よりずっと選択肢が増えるのはたしかだ。
お金のために節を曲げる必要もない。お金のために嫌な奴に頭を下げて働く必要もない。お金のために進学を諦める必要もない。
そして、お前には稼ぎがないんだからって言われて、亭主からの暴力に耐える必要もないのだ。
「そりゃあ私だってお金は欲しいけどね」
「でも、それは選択しなかった」
「お金より命が大事だもの」
いくらお金があったって、あやかしに襲われて死んでしまったら元も子もない。
丹籐寺が人間だけの味方ではない以上、私は私を守るための武器を手にしなくてはいけないのである。
それがボディガードとしての紫だ。
濡れ女や牛鬼というのがどのくらい強いのか判らない。正直、私が知ってる妖怪もののアニメやマンガなんかでも見たことないし、たいしたことないんじゃないかなーと思わなくもない。
でもあやかしの知り合いって紫ひとりしかいないから。
選択の余地がないのである。
「でも茉那、仕事をクビになったわけでしょ? お金は必要なんじゃないの?」
もっともだ。
多少の貯金はあるけれど、一年とは食いつなげないだろう。
「大丈夫。考えがあるから」
言って私はにっこりと笑った。
「というわけで、私を雇って。丹籐寺さん」
「うっわ……」
夕刻、美原にある私のアパートまで迎えにきた丹籐寺に事情をかいつまんで説明したら、どん引きされた。
これで私は、あやかしと調停者の両方に、うっわと言わせたことになる。
チャンピオンだ。
べつに嬉しくはないけど。
「左院さん。俺の記憶が正しければ、きみは昨日まであやかしの存在すら知らなかったはずだよな」
「より正確には、今朝までだね」
微妙に修正したけど、華麗にスルーされちゃった。
「そんなど素人のきみが、あやかしと契約してしまった。しかも、この上なく正しいやり方だ。意味不明すぎて泣けてくるよ」
右手を額に当ててる。
正しいか正しくないかは横に置くとして、こっちは必死にやっただけ。
命がかかってるんだもの。ない知恵だって絞り出しますよ。
「そして、あやかしと契約した普通の人間を、俺たちが放置できるわけがない。そこまで読んでいたな?」
「手元に置こうとするか、消そうとするか、賭けだったけどね」
ふふっと笑ってみせる。
賭けといっても、そう分が悪いとは思っていなかった。
だって、私を殺そうとしたらボディガードの紫が戦うからね。
人間を殺すために、人間である調停者があやかしと戦う。言葉遊びにもならない滑稽さだ。
丹籐寺がそれを選択する可能性は低いと読んだのである。
「はじめて会ったとき、ふにゃふにゃすぎて大丈夫かと思ったものだけどな」
「酔ってたうえに精気まで吸われてたんだから、ふらふらしてるのは当たり前じゃん」
遠い目をすんな。
まだ知り合ってから二十四時間も経過してないからな。私たち。
「そして事務所で起きたとき、無警戒すぎて大丈夫かと思ったものだけどな」
「大丈夫かって思ってばっかりじゃん。どうなってんのよ」
「あげく、なぜか正しくあやかしと契約してしまうとか。本当に、しんそこ大丈夫なのかと思ってるよ」
「大丈夫だ。問題ない」
「それは、まったく大丈夫じゃないやつのセリフじゃないか」
ぶはっと吹き出す丹籐寺。
「ヨシ! の方が良かった?」
「や、やめれ……」
現場で働く猫のポーズする私に、調停者は肩をふるわせて笑っている。
こいつ、かなり笑いの沸点が低いぞ。
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