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第2章 あやかし探偵と押しかけ助手
第8話
しおりを挟むこうして私は探偵助手になった。
高給優遇ってわけじゃないないけれど、普通に生活できる程度の給料はもらえるし、ちゃんと社会保険とか福利厚生もある。
「探偵なんて、破落戸の一歩手前ってイメージだったんだけどね」
「左院くんは全国の探偵さんに謝罪べきだろう。心からな」
「たいへん申し訳ありませんでした」
あさっての方向に頭を下げる私だった。
上司部下の関係になったので、彼は私のことを左院くんと呼び、私は彼を所長と呼ぶようになった。
茉那って呼んで良いよっていったのに、女性をファーストネームで呼ぶのは俺の流儀じゃないとか言って断られた。
かっこつけてるけど、ただ単に女慣れしていないだけである。
この数日の付き合いではっきりと判りましたよ。
かなりのイケメンなのに女性に免疫がないなんて、きゅんとしちゃいますよね。
「キュンとしている人は、ことあるごとにおちょくってこないと思うけどな」
「おちょくるだなんて。適度なスキンシップじゃない」
「男が女にやったら、セクハラだって騒がれるレベルだけどな」
半眼を向けてくる所長だった。
人聞きが悪いなあ、本当にたいしたことはしてないよ。
肩を揉んであげたり、腰をさすってあげたりしてるだけだよ。
「きみがさすろうとするのは、腰じゃなくて尻だけどな?」
「丹籐寺の尻なんかどうでも良いけどさ」
デスクの上で腕を組んだウシのぬいぐるみが、所長の反論をぽいっと投げ捨てた。
これ、紫である。
あやかしが調停者の事務所に堂々と、しかも毎日出入りするのは体裁が悪すぎるため、ぬいぐるみに変化しているのだ。
で、外に出るときは私のバッグに格納されて、頭だけ覗いている。
二十四歳の女がバッグにぬいぐるみを入れてるのかよ、と思う人がいるかもしれないけど、こればかりは仕方がない。
超絶イケメンの牛鬼だろうと超絶美女の濡れ女だろうと、ずっとべったりくっついていたら変に思われるから。
ぬいぐるみを持ち歩く女か、常に美男か美女を侍らせている女、必ずどっちかを選べという話なのである。
「どうでも良くはないだろ」
「じゃあ、丹籐寺の尻を話題の中心に据える?」
「やめろ!」
紫と丹籐寺がじゃれ合っている。
仲良きことは美しきかな。
「はい。函館駅前探偵事務所でございます」
そして私は今日も電話対応にいそしむ。
この探偵事務所、電話帳にも載っていないし広告も一切出していないんだけど、どういうわけか電話はけっこう鳴るのだ。
私はまったく知らなかったんだけど、この業界で函館駅前探偵事務所を知らないってのは完全にモグリらしい。
いやあ、世の中には私の知らない世界が、まだまだあるもんだね。
「むしろ、茉那が世界のなにを知ってるって話なんだけどね」
デスクの上でしゃらくさい口をきくぬいぐるみ。
濡れ女のヘビじゃなくて牛鬼のウシにしたのは、こっちのほうがまだ絵になるからである。
ヘビが悪い生き物だということはまったくないのだが、ぬぐるみのモチーフとしてはあんまりむいてない。
それにまあ、函館山は臥牛の峰とも呼ばれているから、ウシのぬいぐるみの方がマスコットキャラとして良いかなーと思ったのだ。
「マスコット……僕の扱いが日に日に悪くなってる気がするよ」
「奇遇だな紫。俺の扱いも日々最安値を更新し続けてるぞ」
馬鹿話をしている護衛役と所長を視界の片隅にとらえながら、私はしきりにメモをとっている。
バカ二人はともかく、仕事中なんですよ。
末広町の土蔵に幽霊がでるらしい。
そんな話を探偵に持ち込んでどうするんだって言われそうだけど、丹籐寺は知る人ぞ知るあやかし探偵だ。
心霊や妖怪が絡んだ依頼というのが主な仕事なである。
じっさい、電話してきたのも人間じゃないしね。
末広町界隈を根城にするあやかし、管狐からだ。
なんで狐が電話すんのかとか、言いたいことはいろいろあると思う。
事実として私も最初はそうだった。
けど、細かい(細かくない)ことはいったん横に置いて、かいつまんだ情報を語ると、函館っていう街は霊的に見て非常に重要なポジションらしい。
北海道の霊脈の起点だとか丹籐寺がいってた。
なので日本全国、津々浦々からあやかしが集まってくる。
で、この土地古来のあやかしとの間に様々なトラブルを起きたりしたんだってさ。
まあ、和人だってアイヌとの間にいろいろあったからね。あやかしとカムイの間にも、当然いろんなことがある。
人間もあやかしも一緒だよなって、説明を受けたときに思ったもんだよ。
これが明治の開拓時代の話で、函館に調停者がやってきた理由。
いまは、あやかし同士での殺し合いが起きるってほどの状況ではなくなったらしい。
ただ、この街には致命的な問題点があるため調停者が常駐している。
問題点というのは、この地は霊的に非常に不安定だということ。
非常に重要なのに、非常に不安定。
これをなんとかするために、函館市内には神社、仏閣、教会などが建てられまくった。
これでもか、これでもかって勢いで。
京都みたいに霊的に安定した土地じゃないから、洋の東西を問わずに神仏のパワーを借りまくったのである。
その結果、ちゃんぽん状態になっちゃって霊力が入り乱れ、あやかしたちとってすごく動きやすい場所になってしまった。
古今東西、ありとあらゆる怪異が自由に街を闊歩して、いい感じに人間と混じって暮らしている。
「また熊吉かよ。今度は何に巻き込まれたんだか」
書いたメモをみて、丹籐寺がやれやれと苦笑した。
熊吉ってのは、管狐の個体名ね。
狐なのに熊とはこれいかに。
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