災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!

椿谷あずる

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16.よるのひ

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 その日の夜。
 家の灯りが消え、静けさが満ちる頃。

 リアンは眠れず、ぼんやりと天井を見上げていた。

 ――イマの言葉。
 ――動けなかった自分。
 ――そして、ゼルファスが見せたあの魔法。

(……あれは一体なんだったんだろう)

 影が形を飲み込み、魔物が泥のように崩れる。
 聖属性でも、闇属性でも説明がつかない。

(あの魔法を見た時、すごく……不安な気持ちになった)

 リアンは枕に顔を押しつけた。胸の奥がきゅっと縮む。
 今日、イマに会ってしまったせいだ。過去が揺らいで、自分がぐらついた。
 だからゼルファスの魔法にさえ、一瞬怯えたのだと思う。

 ――けれど。

 その不安を断ち切ったのも、ゼルファスだった。
 静かで温度の低いあの声が、なぜか胸の中で温かく感じた。

 そんなことを考えていた時、コンコン、と控えめなノック音が響いた。

「……起きてるか?」

 ゼルファスの声。
 リアンは反射的に身を起こした。

「うん。入っていいよ」

 ドアが開く。
 ゼルファスが、湯気の立つマグを二つ持って入ってきた。

「熱がぶり返してるんじゃないかと思って。一応これ薬草茶、ちょっと苦いけど」
「……ありがと」

 受け取ったマグはほんのり熱くて、手に心地よい。
 ゼルファスは椅子に腰掛けることもせず、壁にもたれてリアンを見た。
 沈黙が落ちる。けれど居心地は悪くない。

「……何も聞かないの?」
「何が?」
「今日のこととかさ」
「え、ああ……」

 ゼルファスはちょっとだけ考えるフリをしてから、あっさり言った。

「別にいいよ」
「いいんだ」
「俺には関係ないからな。それに、個人の事情に首をつっこむほど、優しいタイプでもないし」

 言い方は淡々としているのに、どこか優しい。
 手にするマグの温かさが、それを証明していた。

「嘘つきだなあ」
「いや、本当だって。じめっとした話はしない主義なの」
「はいはい」

 肩の力が自然と抜けて、リアンはようやく息をついた。

「……昔の仲間だったんだ」
「待て待て。今俺の話、聞いてた?」
「聞いてない」
「お前なあ……はあ、まあいいや。話せ話せ」

 呆れた声なのに、どこか優しい。
 そんな様子のゼルファスに、少しだけ口元が緩む。
 リアンは、再び話を続けた。

「久々に会ったのに、また失望されちゃった」

 声が少し震えた。
 胸がギュッと痛む。

「俺はやっぱり戦えなかった……」

 ゼルファスは何も言わずに聞いている。
 否定も肯定も何もない。それがかえって、寄りかかれるような気がした、

「俺、もう頑張るのやめようかな」

 弱い声がこぼれ落ちる。
 リアンは自分で言っておきながら、どこか救いを求めていた。

 ゼルファスはマグの中の液面を一度見て、それから静かに口を開いた。
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