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伊豆綺談

伊豆下田合戦 5. 戦が後始末、一と宗実

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  講釈師、見てきたように嘘を吐くと申しますが、真実が混ざってこその嘘であります。
  伊豆守となった宗実と母経子を猶子とすることで、駿河守ともなった左大臣藤原経宗の後援を受けて、伊豆国府での政治を、宗実の名で経子が進めることとなったのである。平安後期より、家の内務取り扱いは、正妻の権限で行われることが多かったのである。これは、台所領を含めた管理をおこなうことで、妻妾に対する正妻の権限を確保する意味があった。
  重盛の正室である経子は、失脚した藤原成親の妹であるが、子宗実と共に左大臣の猶子となることで、伊豆介の任を受けていた。



  工藤茂光が所領である、伊豆牧之郷は、宗実が猶父である駿河守経宗が抑えた。



  あたしは一。父為朝と玲母様に育てられた、白縫姫の娘である。
  あたしからすると、伊豆牧之郷は、父様が倒した茂光の所領だから、父様のものだと思っていたが、駿河守が手勢が遅い、一族を殺して略奪を尽くしたとの報が入ってきていた。玲母様がどうするのかと思っていると、父様が、玲母様に訊いてきてくれた。
   伊豆牧之郷は愛宕衆の地図で見ると、沼津と伊東の両方を厄せる地域となっていた。宴が終わり、南天に陽がかかる頃に下田を出発した父様が、玲母様に訊いていた。
「なぁ、牧之郷は、駿河守が抑えたのか」
「そうじゃな。愛宕衆からはそのように聞いている」
「良いのか、伊東の者達が不安にならぬか」
沼津については、三島大社以外は、国府とすることで内定していたが、伊東に圧力をかけられる、伊豆牧之郷は、渡すには惜しい拠点であった。
玲母様は、
「為朝が海ではなく、地に手を伸ばすのであれば、牧之郷を抑えても良いが、どうする」
逆に訊いてきた。
「地よりは、海が良いな」
父様の答えを聞いて、玲母様が嬉しそうに笑って言った。
「ならば、気にすることは無い。猶父である駿河守が京洛へ帰れば、一が婿の土地じゃ」
「そういうことか」
「あとは、一と婿殿で決めれば良い。のぉ、一」
「はい。玲母様」
あたしの答えに、満足したように、玲母様は、あたしの手を引いて、父様と一緒に艫屋形を出て、舳先へと向かった。
「そろそろじゃの」
北上する「武雷タケミカヅチ」の右手前方に沼津の湊が見え始めていた。

  父様と玲母様に連れられて、国府へ向かうと、伊豆愛宕衆が迎えに出てきていた。あたしの出立いでたちは、伊豆大島紬で作った袴と袿に千早を着けて、玲母様の真似をして、刃渡り一尺半の刀を両腰に挿して双刀としていた。あまり大きくない胸乳おっぱいは、ちょっと残念だった。成長すると良いけど、、、
  あたしは、そのまま国府の中へと入っていった。
「一ッ」
慌てて、父様が付いてくるが、そのまま本殿前の庭に行くと、一人の男の子が出迎えていた。
「あたしは、八幡衆が頭領、為朝が嫡女一。そなたが、宗実か」
「はい。平朝臣重盛が八男、宗実です」
可愛い。最初の印象は、そんな感じだった。まだ幼い感じだけど、狩衣姿が似合う、若獅子のような雰囲気があった。うん、良いな。
「よし、行くぞ、宗実」
「は、はい」
  あたしは、宗実を手を引くと、
「一ッ。どこへ」
「父様、あたしはまだ未通女おぼこだから、新鉢を割ってくる。追うなよ」
そのまま、宗実を連れて、裏へと駆け出して行った。

  あたしは、裏の庭へと入り込むと、宗実に振り向いて、
「あたしは、宗実の女になりたいが、良いか」
「うん。わかった」
 そのまま背伸びするように、宗実があたしの首に手を回してホールドすると、キスをしてきた。あたしは、応じるように、舌を絡めていった。
  宗実が、淫らに気を纏って、あたしを抱くように淫らに注がれると、あたし自身があたしでないように宗実へと身体を預けて行った。袴の帯は解かれて、開いた袿から胸乳おっぱいをまさぐられる頃には、溢れるように淫らな身体にさせられていた。
  溢れるように蜜を滴らせて、あたしは、下帯も解かれて、近くに立っていた木を抱くように腕を絡め、腰を上げて宗実を誘い、女陰ほと陰茎男根を突っ込まれて、新鉢を割られた。

  新鉢を割られたあたしは、ちょっと足元がおぼつかない感じだけど、ふわふわして、ちょっといい感じに浮かれていた。あたしは、宗実に支えられるようにして、本殿に戻っていった。恥ずかしいこともあって、あたしは首筋まで真っ赤に染まって、本殿の中に入って行くと、すでに宴になっていた。
  八幡衆の皆が、
「「「おぉ、姫様じゃ」」」
  迎える中、難しそうな父様が、言葉にできずに、玲母様の傍でこっちを見ていて、
「、、、」
「愛いことじゃ」
玲母様が、優しく声をかけて下さった。玲母様の側に、十二単の衣装をまとった、女の人がいた。
「ほれ、二人ともこちらに参れ。一、こちらが宗実殿が母君じゃ」
やっぱり、あたしは、母君の前に座り、挨拶の口上を述べる。
「八幡衆が頭領、為朝が嫡女一にございます。宗実をつまとするために参りました。お見知りおき下さい」
「「「「おぉぉッ」」」」
皆々に喝采が広がって行く。
「はい。お聞きしております。宗実が母、権大納言成親が娘にして、左大臣が猶子の経子。猶父左大臣は、明日の婚儀からの参加となります。こちらこそ、よろしくおねがいいたします」
母君は、そっと頭を下げて、
「宗実は、如何でしたか、不調法な真似はしませんでしたでしょうか、まだ幼き者にてご容赦くださればと思います」
あたしは、真っ赤になりながらも、
「いえ。見事な男でございました。一は幸せにございます」
ちょっと横にいる宗実を見ると、宗実も真っ赤になっていた。
「それは、重畳々」
母君は、扇を顔の前で隠しながら、少し笑っておられるようでした。
  あたしは、ホッとした感じで、皆々に向き直り、口上を述べる。
「八幡衆、頭領為朝が嫡女一は、今日から宗実をつまとする。良いな」
宗実も応えて、
「相国清盛が嫡男重盛が、八男宗実は、八幡衆が頭領為朝の嫡女一をつまとします」
「「「「おぉッ」」」」
皆々から歓声が上がって行く。



  講釈師、見てきたように嘘を吐くでありますが、真実が混ざってこその嘘であります。
  桓武平氏が頭領、清盛が嫡男重盛の八男宗実は、こうして八幡衆が中へと加わったのでありました。翌日からの婚儀には、左大臣経宗と一緒に駿河や沼津近隣の有力者達が参加していた。遠方からは、先程の戦で敗れた北条時兼、大庭御厨の大庭景親、三浦半島の三浦義澄、和田義盛、伊豆大島の三郎大夫忠重も参加しての大宴会となった。
  三日三晩をもって、一代とする。婚儀の宴は、一代に渡って続いていったのであります。

  河内源氏の頭領、源為義の八男為朝の娘と、桓武平氏が頭領平清盛の嫡男重盛の八男との婚姻は、伊豆近隣に住まう者達にとっては、喜ばしいことであった。権益の係争は勃発し、大庭景親などは、大庭御厨を巡って、清和源氏の頭領である義朝に攻められたりしていた。
  所領安堵の神輿として、源氏と平氏の婚姻は、大きな力となったのである。

  そんな周囲の思惑を別として、一姫と宗実は、沼津に建てられた八幡衆が館で、新婚を楽しんでいたのでありました。
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