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宵闇背景綺談

御狐灯篭勧請と綱の御厨

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  御狐灯篭勧請が行われますと、湯舟を備えた、湯屋が京洛に生まれることとなりました。
最初の勧請が、晴明による御狐灯篭勧請で、銭三十貫、御狐灯篭祭に三十貫で開くこととなりました。湯女狐六人を抱えて、屋敷の隣に湯屋を建てて始めることとなりました。
 掛け流しの湯舟を抱えて、流れる湯を洗い場に流す形をとっておりました。銭六文の御祓い料で、入ることができました。日出前後と、日暮前後を中心に湯屋を開き。湯女狐が交代で、入口で祓い料を受け取り、中へ入る形になっていました。まぁ史実の銭湯で言う番台ですね。八坂に出来た、湯屋御厨造りが一般的な湯屋造りとなります。
<八坂湯屋御厨の図>

 最初の頃は、おっかなびっくりで裸での御祓いをしてもらうこととなりましたが、湯舟でゆったり温まって帰ると、次の日も通い始める、口コミが広がり、あっというまに客が押し寄せて溢れてしまうこととなってしまいました。
 当初は、御狐灯篭勧請は、伏見への寄進であったのですが、客が多く集まれば、六文でも儲かる状況が生まれたため、京橋や出島あたりから八坂にかけて、京洛への通行を担う川船衆が、こぞって御狐勧請をおこなって、京洛に湯屋が乱立することとなりました。勧請に十貫、御狐灯篭祭で十貫で、湯女狐二人を抱えて始めることができたこともあり、湯女狐二人だと、湯舟に柵を設けた、循環式灯篭釜を設置して、日暮前後と日の出前後に湯屋が開くことができるだけでした。こういった洛南の湯屋は、一人二人しか入れませんので、待ち時間が長いため、湯屋だけでなく料理や宿を造って旅宿を兼ねた、史実で言う旅籠形式の湯屋が並び、杜湯やしろゆと呼ばれる旅籠が生まれていったのでした。
 旅籠形式の湯屋には、平城京時代と同じように、川の水を引き込んだ厠を設置し、川へ流れるように造っていきました。史実の江戸時代は、糞尿がそのまま肥料として取引されていたため、金になっていましたが、平安期にはそのような形ができてはいませんでした。このため、平安時代の貴族屋敷とかは、まぁ史実で言うベルサイユ宮殿と同じであったということになります。(つまりは、トイレは無かった)
 一定量の水量を確保することができれば、水洗式の厠を設置することで、下水関連は対応をはかることができます。後に、八坂の旅籠での宴に参加した、藤原兼家は、厠の便利さを知って、自分の屋敷に厠を設置するために、鴨川から堀川への引き込み口の掘削をおこなって、堀川の水量を増やし、自分の屋敷に厠と三間樋箱を設置したことが「宵闇大鏡」に描かれています。

 ということで、宵闇平安時代には、簡易浄化槽として樋箱が設置され、湯屋と一緒に設置されて、湯屋御厨造りとして知られるようになりました。



儲かるのは、ともかくとして、人が多く騒がしくなったために、面倒事が増えた、晴明が嫌みを言うこともあって、一晩、付き合うこととなった綱であった。
「相変わらず、面倒事を増やしますねぇ」
「すまない晴明様。こんなに湯屋に人が集まるとは思わなかった」
「あんまり、他人行儀にしゃべると、父上と呼びますよ」
「え、それは、ちょっと。ごめんなさい。晴明」
「ほんまに、母様のおのこになったんやなぁ」
「なんとか、ようやくおのこになれたというところかな」
「まぁ、湯屋を興して、瘴気を祓ういうのは、面白い発想やな、だれが考えたんや」
「え、おれだけど、晴明」
「あんたに、そないなことを教えたんは誰やと聞いたつもりやで」
「晴明。それは」
「母様でも無いはずや、感覚が違うんや」
「夢の話かな、晴明」
「夢の話って、なんや綱はん」
「胡蝶の夢っていう話を知ってるか、晴明」
「夢の中で蝶になった男の話か、綱」
「そうだ。あの話みたいに、子供の頃から良く夢を見ていたんだ。夢の中でおれは、どこか遠い世界で、一人の男になっていた夢」
「夢の中で見た夢に湯屋があったんか」
「あぁ、その世界では、銭湯という名前で垢を落し、汗を流す湯屋があった」
「そうか、その世界では何年くらい暮らしとったんや、綱」
「え。四十年くらいかな」
「やっぱりや。夢の中で生きた歳月を加えたら、五十に届かんわてより、綱の方が年上やないか、なぁ父上」
「ごめん。すまん。謝る。それは許して」
「あかんて、しばらくは弄らして貰わんとつまらん」
 謝るつなと弄る晴明せいめいは、しばらく笑いながら渡り合い、しんしんと過ぎ行く宵闇にたゆたうように、語り合うのであったとさ。





 実際に、御狐灯篭勧請おきつねとうろうかんじょうによる、杜湯やしろゆには、多くの人が集まり、公衆浴場となっていったのでした。洛南では、旅籠の形で、宿屋と食堂を兼ねた造りをしていて、地方から来た旅人の宿泊場所といった使い方をされるようになったということもありました。
 また、湯屋が小さく、待ち時間が長い場合は、宵闇に移動する危険から宿泊する客も多かったというのがあります。
 平安当時の温泉が混浴であったように、当時の湯屋もまた混浴でありました。また、湯屋のサービスには、湯女狐による性的なサービスもあったため、湯屋以外に部屋を設けてあることも多かったと言います。
 史実では、高級料亭の流れが、湯屋と食堂に厠のサービスということになります。性的なサービスは、湯女狐だけではない湯女が配されていたと記録にはあります。また、湯女狐は、男女ペアで差配されていたため、客に対しては男女とも、様々なサービスがおこなわれていたこととなります。



”人が、母であれば人、あやかしひとならざるものが母であればあやかしひとならざるもの”この考え方から、様々な宵闇に物語を繋ぎ出していくのも、京洛宵闇の綺談お話しとなっていくこととなります。



 藤原兼家様は、個人で御狐灯篭勧請をおこなったこともあり、菖蒲アヤメという御狐様が一人参られたそうです。この菖蒲アヤメ様は、少し小柄ではありましたが、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、素晴らしき肢体の持ち主でしたが、狐火の扱いは上手くても、狐の耳と尻尾を隠す妖力は無く、いつも狐耳と尻尾が見えておりました。
「ほぉ、これはほんに良い湯じゃなぁ。いつもありがとうである」
「はい。お疲れ様でございます」
「のぉ、菖蒲あやめの入れてくれた湯じゃ、一緒に入ろうぞ」
「しかし、私は力弱く、耳や尻尾を隠せませぬ毛が風呂に流れては、ご不快になろうと存じます。洗い場にて、お背中を御流ししますので、そちらに」
「そなたに洗われると、昼間の疲れが本当に取れるようでな、妻達もそなたが居らねば困ると言うておった」
「ありがとうございます」
「その妻達がな、そなたに一緒に入ろうと勧めたが、今のように言われたと困っておってな」
「それは、申し訳ありません」
「我からも、一緒に入るように勧めてくれと言われたのじゃ」
「それは・・・」
「のぉ、我に悪い想いがあるのも確かじゃ、綺麗なそなたの肌を見たいとも思うておる」
そのまま、兼家公は、菖蒲あやめ様の手を取ったそうです。まぁ、御狐様は、稲荷大社の眷属しんしですので、世俗の命令など、断ることもできますが、菖蒲あやめ様も、兼家公を憎からず思うておったらしく、少し頬を朱に染めて、手をとってしまったそうです。
 兼家公は、肌襦袢はだじゅばんを脱がせて、そのまま湯船に抱きいれ、自分の手に余る胸を右手でもみしだきながら、左手で、菖蒲あやめの狐耳を撫でると、
「あぅ、道・長様~」
「耳は、ふさふさして、柔らかいものよな」
ふさふさした、耳を弄りいじりながら、胸から脇を撫でおろしながら後ろに回して、尻尾弄りいじり始める。
「あん」
吐息が荒く、呻くように流れていきます。兼家公は自分のいきり立つ男根陰茎で淫気に溢れる菖蒲あやめ様をおなごとして愛しんで、慈しんで、女陰ほとへ突き入れて、お情けをかけられたのでした。

 晩夏に実施された、御狐灯篭勧請おきつねとうろうかんじょうですが、使わされる眷族しんしはきちんと祀られていれば、五月の御狐灯篭祭おきつねとうろうさいのなかで巡幸する時に、各地に配された御狐灯篭に対して、眷属改しんしあらためがおこなわれます。
 これは、年を経ると、眷属しんしとしての力が弱まりますので、力の弱まった眷属しんしの交代が行われる祭りでもあります。
 御狐様の寿命は、長くても二十年ほどなので、普通であれば、十年ほどで代替わりが行われます。
 ただ、この五月におこなわれた御狐灯篭祭おきつねとうろうさいでは、何人かの御狐様が子を宿しており、伏見預かりとなったそうです。生まれた子は、伏見の狐巫女として仕えることとなります。ただ、氏子が望めば、母狐と供に、氏子預かりとなった事象ケースもあったのです。
 今回の子を宿した中には、兼家公の下に配された菖蒲あやめ様も身篭っておられため、兼家公は、伏見と掛け合い、氏子預かりとして、そのまま引き取ったとのことであります。
 後に、菖蒲あやめ様が亡くなった後、氏子預かりの子らのために、桂川の西に神楽院を開いて、氏子預かりとなった子達の勧請籍を興すこととなります。氏子預かりは、湯女狐の子だけでなく、湯女狐と人のおなごとに生まれた子も含まれており、これが後に御神楽勧請籍となり、御子上衆の始まりと言われています。御子上衆に内藤や藤田といった藤に関わる姓があるのは、藤原兼家と菖蒲あやめ様の血を継ぐ者達として付けられたと言います。



<そんな五月の灯篭祭りが終わった宵闇にて>

「おい。つな
「ん。なんだ」
謀ったなはかったなつなッ」
「いや、時代違うから晴明・・・いや、別に謀ってはかってないから」
「兼家公が、御狐様を迎えられたことは、都中の噂になってる」
「京橋にできた湯船ゆふねに付けられた湯女狐が身篭ったようで、子供を引き取ると、馴染み客が揉めて訴えを起こしたらしいな頼光様が嘆いておった」
「おいッ。それでも謀ってはかってないって」
「嫌、できれば、起きて欲しいなって願っただけで、おれは何もしてないよ。御狐様って、良いおなごが多いじゃない。伏見の眷属しんしで、世間離れしてて、素直な眷属しんしが多ければ、評判になるし、良い女に集まるのは、おのこの習性だろ」
「まぁ、季武はんも、玉藻たまも様にくびったけや。どうやら、そのまま伏見に行って玉藻たまも様の傍に仕えるみたいやな」
「あぁ、季武は、そのつもりだと言っていた」
あやかしひとならざるものと人の繋がりも複雑になってくるなぁ」
「それは、仕方ないさ、晴明。あやかしひとならざるものと人の繋がりが、増えれば増えるほどに、様々な血を持つ生命が生まれることとなる。それが、明日を創ってくれることを願っているんだ」
「普通に、人とあやかし《ひとならざるもの》が暮らせる世か、綱」
「うん。共に生きる世界を創りたい。ダメか晴明」
「いや、わいも、狐と人の子やで、綱。いや、父上」
「え、晴明」
「も、ええやないか、母様は、綱が好きなんやで、それでええやないか」
「そ、それはな、晴明。いいんだけどな・・・」
「諦めなあかんで、ち・ち・う・え」
「はぁ、わかったけど、できればなぁ・・・晴明」
「あかん。諦めが肝心やで、父上」
「そうかなぁ」
歳が逆転した親子の談義は、宵闇の中に笑顔と一緒に溢れていったのでした。
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