26 / 49
古代から中世へ
古代から中世へ 縄文の規約は仁義の確立
しおりを挟む
縄文期に戦争が無かったという話がありますが、これは嘘です。
戦の有り様が異なっていたのです。
縄文の戦は、決闘を基本としていました。互いの部族そのものの生死に関わる、決闘が「国譲り」を為し遂げ、「殉死」を禁じたのです。西欧における国際法が、王と王が結んだ規約であるならば、日本の国際法は、部族と部族が結んだ規約であったと言える。
縄文早期から前期は、イザナギとイザナミの男女の契りと裏切りからくる争いとなります。山幸彦、海幸彦の頃は、やったやられたの復讐戦に始まり、山幸彦の下に海幸彦が就く、序列の確立で決着します。男女の契りが最初に交わされた交渉の規約であり、序列は次に規定された交渉と損得勘定の規約となります。当たり前で、書くほどの伝承でなかったのが、「相互扶助」の規約となります。
日本は、大噴火や地震だけでなく、台風のように年間行事のように訪れる災害によっても、凄まじい被害をもたらします。さらには、雪が積もり、春となって芽吹き、夏に暑くなり、秋に実る。豊穣の流れを生み出すのも、自然の被害であり恵みとなったのです。
日本における奇跡というのは、冬に日差しの暖かさを恵みとすることであり、夏に涼しい風が吹くことだったりするのです。
日本では、自然災害を打ち倒して克服できるモノではなく、災害を受容し共棲することが、必要だったのです。
神とは、恵みをもたらし破壊をもたらす、闇であり光である。悪であり善である。悪即善、善即悪。善意も悪意も巡るモノであって、絶対的なモノではない。
日本の国内で、確立した規約が、本質において欧米や大陸諸国家と異なるのは、「海を割ること」が奇跡ではない、「夜寝ることができ、朝目覚めることができ、食べて生きることができる」が奇跡である。日々の生活を送れること、これが神の恵みであり、奇跡なのである。
恵みとは、魚を殺し喰らう、獣を殺し喰らう、種を殺して喰らう、葉を殺し喰らう。命を殺して、命を喰らう、喰らえることに感謝を捧げ、喰らう相手に敬意をはらう。魚に恵みを与える海や川、獣に生きる場所を与える山や森、天地の狭間にあるすべてのモノが、そこに存在することを許容する。そこには、自分の生と死を、許容する感性を育んでいく。
一万年を遥かに超える、縄文の文化文明を築き上げたのは、日本の持つ精神性そのものである。
縄文草創期は、イザナギ、イザナミの契りに関わる規約の確立であり、その延長線上に、山幸彦と豊玉毘売命の契りの儀となっていきます。山幸彦は、豊玉毘売命を裏切ったことで、契りが破棄されています。縄文の、草創期には、異民族間の男女の契りと破棄に関して、一定の規約が確立していたと考えられます。
縄文期前期あたりからは、山幸彦と海幸彦のどちらが、上司となるかが争われています。勝った山幸彦が司となり、負けた海幸彦が隼人に就き、序列が確定したのです。序列を確定させるための、戦いとなりますが、海幸彦と山幸彦の戦いは、あまり仁義があるという感じではなく、勝つための手段を選ばない雰囲気があります。
海幸彦、山幸彦の戦いは、部族集団の内部抗争であり、殺すまでの戦いでなく、あくまでも序列を定義するための戦いとなっています。こういった、仁義のある戦いが確立したのは、縄文後期あたりということになります。
弥生期には、「国譲り」の決闘が行われています。
「国譲り」は、筑紫から天若日子が「出雲」に向かうと、「出雲」の姫と結婚して、そのまま「出雲」に婿入りします。
「国譲り」は、筑紫から天忍穂耳が「出雲」に怯えて、出かけなかった。
「国譲り」は、筑紫から天菩比は、「出雲」に向かい、大国主に仕えた。
畿内から、建御雷が筑紫から船を借りて、「出雲」に向かうと、事代主が逃げ隠れして、建御雷に事代主が従い、畿内の勝ちとなった。
次に、畿内から、建御雷が「出雲」に向かうと、「出雲」の建御名方との決闘となり、畿内の勝利で終わり、「国譲り」が建御雷の主導で遂行された。
これが、仁義ある戦いの確立であり、決闘という形の戦である。仁義ある戦いの始まりである。
古墳期には、「殉死」を巡る決闘が行われています。
「反対」側の代表、出雲の「野見宿禰」、「賛成」側の代表、畿内の「当麻蹴速」が、決闘をおこなって、出雲の「野見宿禰」が勝って、「殉死」という制度が廃止されました。
戦の有り様が異なっていたのです。
縄文の戦は、決闘を基本としていました。互いの部族そのものの生死に関わる、決闘が「国譲り」を為し遂げ、「殉死」を禁じたのです。西欧における国際法が、王と王が結んだ規約であるならば、日本の国際法は、部族と部族が結んだ規約であったと言える。
縄文早期から前期は、イザナギとイザナミの男女の契りと裏切りからくる争いとなります。山幸彦、海幸彦の頃は、やったやられたの復讐戦に始まり、山幸彦の下に海幸彦が就く、序列の確立で決着します。男女の契りが最初に交わされた交渉の規約であり、序列は次に規定された交渉と損得勘定の規約となります。当たり前で、書くほどの伝承でなかったのが、「相互扶助」の規約となります。
日本は、大噴火や地震だけでなく、台風のように年間行事のように訪れる災害によっても、凄まじい被害をもたらします。さらには、雪が積もり、春となって芽吹き、夏に暑くなり、秋に実る。豊穣の流れを生み出すのも、自然の被害であり恵みとなったのです。
日本における奇跡というのは、冬に日差しの暖かさを恵みとすることであり、夏に涼しい風が吹くことだったりするのです。
日本では、自然災害を打ち倒して克服できるモノではなく、災害を受容し共棲することが、必要だったのです。
神とは、恵みをもたらし破壊をもたらす、闇であり光である。悪であり善である。悪即善、善即悪。善意も悪意も巡るモノであって、絶対的なモノではない。
日本の国内で、確立した規約が、本質において欧米や大陸諸国家と異なるのは、「海を割ること」が奇跡ではない、「夜寝ることができ、朝目覚めることができ、食べて生きることができる」が奇跡である。日々の生活を送れること、これが神の恵みであり、奇跡なのである。
恵みとは、魚を殺し喰らう、獣を殺し喰らう、種を殺して喰らう、葉を殺し喰らう。命を殺して、命を喰らう、喰らえることに感謝を捧げ、喰らう相手に敬意をはらう。魚に恵みを与える海や川、獣に生きる場所を与える山や森、天地の狭間にあるすべてのモノが、そこに存在することを許容する。そこには、自分の生と死を、許容する感性を育んでいく。
一万年を遥かに超える、縄文の文化文明を築き上げたのは、日本の持つ精神性そのものである。
縄文草創期は、イザナギ、イザナミの契りに関わる規約の確立であり、その延長線上に、山幸彦と豊玉毘売命の契りの儀となっていきます。山幸彦は、豊玉毘売命を裏切ったことで、契りが破棄されています。縄文の、草創期には、異民族間の男女の契りと破棄に関して、一定の規約が確立していたと考えられます。
縄文期前期あたりからは、山幸彦と海幸彦のどちらが、上司となるかが争われています。勝った山幸彦が司となり、負けた海幸彦が隼人に就き、序列が確定したのです。序列を確定させるための、戦いとなりますが、海幸彦と山幸彦の戦いは、あまり仁義があるという感じではなく、勝つための手段を選ばない雰囲気があります。
海幸彦、山幸彦の戦いは、部族集団の内部抗争であり、殺すまでの戦いでなく、あくまでも序列を定義するための戦いとなっています。こういった、仁義のある戦いが確立したのは、縄文後期あたりということになります。
弥生期には、「国譲り」の決闘が行われています。
「国譲り」は、筑紫から天若日子が「出雲」に向かうと、「出雲」の姫と結婚して、そのまま「出雲」に婿入りします。
「国譲り」は、筑紫から天忍穂耳が「出雲」に怯えて、出かけなかった。
「国譲り」は、筑紫から天菩比は、「出雲」に向かい、大国主に仕えた。
畿内から、建御雷が筑紫から船を借りて、「出雲」に向かうと、事代主が逃げ隠れして、建御雷に事代主が従い、畿内の勝ちとなった。
次に、畿内から、建御雷が「出雲」に向かうと、「出雲」の建御名方との決闘となり、畿内の勝利で終わり、「国譲り」が建御雷の主導で遂行された。
これが、仁義ある戦いの確立であり、決闘という形の戦である。仁義ある戦いの始まりである。
古墳期には、「殉死」を巡る決闘が行われています。
「反対」側の代表、出雲の「野見宿禰」、「賛成」側の代表、畿内の「当麻蹴速」が、決闘をおこなって、出雲の「野見宿禰」が勝って、「殉死」という制度が廃止されました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる