9 / 32
第九話
しおりを挟む
昼食後。オードは、セロとスリナを連れて町から近い森の中へと入って行った。
うっそうと茂る木々に覆われた森には『悪いものがいる』といわれており、迷信深い町の人間が入ってくることはめったにない。
だから、こういった秘密の特訓に使うには一番適した場所なのだ。
「それにしても。師匠は人気があるんですねぇ。」
「え?そうかな?」
なぜ森に行くのかという質問をするセロに、そのような説明をしながら、誰もいないことを確認しつつ、森の中に入ったオードとセロが、ほっと一息ついた後に、交わした会話が前述のものである。
午前中の目の回るような忙しさは、セロが見ても分かりすぎるほど、オード目当ての女性が多かった。
今日のところは新参者のセロ目当てという人間も多かったかもしれない。
だが、セロにばかり人が集中することはなかったのである。
セロだって花束を作り、『超・営業スマイル』を浮かべて女性達に売り渡していた。
だが、どの女性だってセロと話した後、それだけでは満足せず、必ずオードに声をかけて帰って行ったのである。つまり、セロは『ついで』なのだ。そのことは、この森に辿りつくまでにも理解できたことである。
オードとセロは、この森に辿り着く間に、たくさんの収穫物を得た。採れたての野菜や、焼きたてのパン、チーズや牛乳、新鮮な卵…。
抱えられないほどの収穫物は、彼らが買い求めたものでも収穫したものでもない。歩いている道々で、町の住人達が彼らを呼びとめ、プレゼントした代物ばかり。
「ここの人達は皆、親切だよね。この村に来て、本当によかった。」
これがまた、店におしかけてきた女ばかりではなく、男達からも気さくに声をかけられ、物を貰っているのだから、どこまで人気があるのかと感心してしまう。
まぁ、分からなくも無い、とセロはちらりとオードを見ながら思った。外見は言うことはないし、何より…
「ちょっと!!」
「うわっ!!はい!!」
オードを見つめたまま考えにふけっていたセロの視界いっぱいにスリナの顔が映った。思わず姿勢を正すと、スリナは不機嫌そうな表情のまま、頭をかいた。
ここまで怯えられると、逆に言うこともいえなくなるわ…。
激しく喝を入れるつもりだったのだが、その気も失せてスリナはセロの肩に乗った。
「…え?」
「オードに見とれている場合じゃないでしょ?修行するわよ。全く。」
呆れたような口調で言われた指摘に、セロは顔を赤らめてしまう。別に深い意味があって見つめていたわけではないのだが、そのように言われると、妙に意識してしまう。
「いや、違います!!見とれていないです!!だって、私、男だし!!」
「はぁ?」
「いや、だって、男が男に見惚れるって!!他人のことはどうあれ、私、そんな趣味ありません!!」
大混乱に陥ったセロの発言。それに対するスリナの言葉は返ってこない。この静けさが、セロにようやく冷静さを回復させた。
「…あんた、何っにも知らないのね。」
セロが落ち着くのを待った後、呆れたような溜め息をついてスリナは呟いた。
「は?」
目を瞬かせ、小首を傾げるセロ。スリナはしばらく、戸惑いに眉を下げるセロをジロリとにらんでいたが、「もういいわよ。」と一言呟いて、さっさとオードのほうへと飛んで行った。
「楽しそうに話していたね。どういった内容?」
「べっつに~?でも、分かったことがあるわ。」
「何?」
「あの子、非常識よ。」
セロの修行の準備をするために、貰った品々を丁寧に袋に詰めていたオードだが、そのスリナの発言に、手を止めた。
「…ん?」
「何にも知らないのよ。ありえないくらいね。わけわかんないわ。あれで上級妖精なんて驚き。」
上級妖精といえば、その容姿・内に秘めた莫大な力はいうにおよばず、本来、そこに知性も含まれなければおかしい。だが、セロを見る限り、その大事な知的要素の部分が欠けているのだ。
「仕方がないんじゃないかい?彼は人間との『混ざり者』だからね。」
「…にしても、あれはひどいわ。」
「…何の話をして、そういうことになっているのか分からないけれど、とにかくそれよりも修行だよ。手伝ってくれるよね?」
優しい笑みの奥に潜む、有無を言わさぬ力。これが実はオードの妖精術士としての最も優れた才なのではないだろうか。
彼は心底優しい性格をした人間というわけではない。普段は穏やかな口調で話をし、紳士的な態度で人々を魅了するのだが…一方で、確かな威厳があるのだ。反発していたとしても、思わず配下に下ってしまうほどの。
もっとも、その前にスリナの場合は単なるオード自身への好意が大前提にくるので、そのような威厳など、こういう無理なお願いに近い場合にのみ有効となるのだが。
「…分かっているわよ。私としても上級妖精に長くここに居てもらうつもりはないしね。さっさと修行しましょうよ。」
「よろしく頼むよ。」
今回のオードの願いは、絶対に叶えたくない。
妖精は自分が仕えたいと思った妖精術士以外に力を貸すことを極端に嫌うのだ。それには上級も下級も関係がない。
「あの子、絶対自分の妖精術士がいないのよ。だから、私にこんな難題をぶつけても平気な顔をしているんだわ。」
「妖精術士がいる妖精のほうが少ないだろう?妖精術士となる資質を持つ人間は、そうそう生まれるものではないからね。それに、本来ならやっぱり妖精は妖精と暮らしたほうがいいだろうし。」
「君に力を貸してもらっている俺が言うのもなんだけれど」と苦笑交じりに言うと、スリナは頭を振って、オードの言葉を否定した。
「妖精術士に仕える事は妖精にとって幸せなことよ。私達だって、どれだけ幸せか!!これは、妖精術士に仕えた妖精にしか分からない気持ちなんだから!!」
妖精術士に無理矢理仕えさせられる妖精はいない。
いつでも妖精が先に妖精術士に仕えたいと願い出るのだ。
そして、妖精と術師の契約は結ばれる。
それは、下級、上級は関係なく、どんな妖精と、妖精術士の関係でも。
…無論、それが妖精王であったとしても。
「…さ、無駄話はこのくらいにして、そろそろやろう。セロ!!こっちへおいで!!」
しばらく無言でスリナを見つめていたオードだが、軽く彼女の頭に触れた後、声をあげてセロを呼んだ。
うっそうと茂る木々に覆われた森には『悪いものがいる』といわれており、迷信深い町の人間が入ってくることはめったにない。
だから、こういった秘密の特訓に使うには一番適した場所なのだ。
「それにしても。師匠は人気があるんですねぇ。」
「え?そうかな?」
なぜ森に行くのかという質問をするセロに、そのような説明をしながら、誰もいないことを確認しつつ、森の中に入ったオードとセロが、ほっと一息ついた後に、交わした会話が前述のものである。
午前中の目の回るような忙しさは、セロが見ても分かりすぎるほど、オード目当ての女性が多かった。
今日のところは新参者のセロ目当てという人間も多かったかもしれない。
だが、セロにばかり人が集中することはなかったのである。
セロだって花束を作り、『超・営業スマイル』を浮かべて女性達に売り渡していた。
だが、どの女性だってセロと話した後、それだけでは満足せず、必ずオードに声をかけて帰って行ったのである。つまり、セロは『ついで』なのだ。そのことは、この森に辿りつくまでにも理解できたことである。
オードとセロは、この森に辿り着く間に、たくさんの収穫物を得た。採れたての野菜や、焼きたてのパン、チーズや牛乳、新鮮な卵…。
抱えられないほどの収穫物は、彼らが買い求めたものでも収穫したものでもない。歩いている道々で、町の住人達が彼らを呼びとめ、プレゼントした代物ばかり。
「ここの人達は皆、親切だよね。この村に来て、本当によかった。」
これがまた、店におしかけてきた女ばかりではなく、男達からも気さくに声をかけられ、物を貰っているのだから、どこまで人気があるのかと感心してしまう。
まぁ、分からなくも無い、とセロはちらりとオードを見ながら思った。外見は言うことはないし、何より…
「ちょっと!!」
「うわっ!!はい!!」
オードを見つめたまま考えにふけっていたセロの視界いっぱいにスリナの顔が映った。思わず姿勢を正すと、スリナは不機嫌そうな表情のまま、頭をかいた。
ここまで怯えられると、逆に言うこともいえなくなるわ…。
激しく喝を入れるつもりだったのだが、その気も失せてスリナはセロの肩に乗った。
「…え?」
「オードに見とれている場合じゃないでしょ?修行するわよ。全く。」
呆れたような口調で言われた指摘に、セロは顔を赤らめてしまう。別に深い意味があって見つめていたわけではないのだが、そのように言われると、妙に意識してしまう。
「いや、違います!!見とれていないです!!だって、私、男だし!!」
「はぁ?」
「いや、だって、男が男に見惚れるって!!他人のことはどうあれ、私、そんな趣味ありません!!」
大混乱に陥ったセロの発言。それに対するスリナの言葉は返ってこない。この静けさが、セロにようやく冷静さを回復させた。
「…あんた、何っにも知らないのね。」
セロが落ち着くのを待った後、呆れたような溜め息をついてスリナは呟いた。
「は?」
目を瞬かせ、小首を傾げるセロ。スリナはしばらく、戸惑いに眉を下げるセロをジロリとにらんでいたが、「もういいわよ。」と一言呟いて、さっさとオードのほうへと飛んで行った。
「楽しそうに話していたね。どういった内容?」
「べっつに~?でも、分かったことがあるわ。」
「何?」
「あの子、非常識よ。」
セロの修行の準備をするために、貰った品々を丁寧に袋に詰めていたオードだが、そのスリナの発言に、手を止めた。
「…ん?」
「何にも知らないのよ。ありえないくらいね。わけわかんないわ。あれで上級妖精なんて驚き。」
上級妖精といえば、その容姿・内に秘めた莫大な力はいうにおよばず、本来、そこに知性も含まれなければおかしい。だが、セロを見る限り、その大事な知的要素の部分が欠けているのだ。
「仕方がないんじゃないかい?彼は人間との『混ざり者』だからね。」
「…にしても、あれはひどいわ。」
「…何の話をして、そういうことになっているのか分からないけれど、とにかくそれよりも修行だよ。手伝ってくれるよね?」
優しい笑みの奥に潜む、有無を言わさぬ力。これが実はオードの妖精術士としての最も優れた才なのではないだろうか。
彼は心底優しい性格をした人間というわけではない。普段は穏やかな口調で話をし、紳士的な態度で人々を魅了するのだが…一方で、確かな威厳があるのだ。反発していたとしても、思わず配下に下ってしまうほどの。
もっとも、その前にスリナの場合は単なるオード自身への好意が大前提にくるので、そのような威厳など、こういう無理なお願いに近い場合にのみ有効となるのだが。
「…分かっているわよ。私としても上級妖精に長くここに居てもらうつもりはないしね。さっさと修行しましょうよ。」
「よろしく頼むよ。」
今回のオードの願いは、絶対に叶えたくない。
妖精は自分が仕えたいと思った妖精術士以外に力を貸すことを極端に嫌うのだ。それには上級も下級も関係がない。
「あの子、絶対自分の妖精術士がいないのよ。だから、私にこんな難題をぶつけても平気な顔をしているんだわ。」
「妖精術士がいる妖精のほうが少ないだろう?妖精術士となる資質を持つ人間は、そうそう生まれるものではないからね。それに、本来ならやっぱり妖精は妖精と暮らしたほうがいいだろうし。」
「君に力を貸してもらっている俺が言うのもなんだけれど」と苦笑交じりに言うと、スリナは頭を振って、オードの言葉を否定した。
「妖精術士に仕える事は妖精にとって幸せなことよ。私達だって、どれだけ幸せか!!これは、妖精術士に仕えた妖精にしか分からない気持ちなんだから!!」
妖精術士に無理矢理仕えさせられる妖精はいない。
いつでも妖精が先に妖精術士に仕えたいと願い出るのだ。
そして、妖精と術師の契約は結ばれる。
それは、下級、上級は関係なく、どんな妖精と、妖精術士の関係でも。
…無論、それが妖精王であったとしても。
「…さ、無駄話はこのくらいにして、そろそろやろう。セロ!!こっちへおいで!!」
しばらく無言でスリナを見つめていたオードだが、軽く彼女の頭に触れた後、声をあげてセロを呼んだ。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる