地平線の頌賦~horizonal Ode~

ななち

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第九話

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昼食後。オードは、セロとスリナを連れて町から近い森の中へと入って行った。
 うっそうと茂る木々に覆われた森には『悪いものがいる』といわれており、迷信深い町の人間が入ってくることはめったにない。

 だから、こういった秘密の特訓に使うには一番適した場所なのだ。

「それにしても。師匠は人気があるんですねぇ。」
「え?そうかな?」

 なぜ森に行くのかという質問をするセロに、そのような説明をしながら、誰もいないことを確認しつつ、森の中に入ったオードとセロが、ほっと一息ついた後に、交わした会話が前述のものである。

 午前中の目の回るような忙しさは、セロが見ても分かりすぎるほど、オード目当ての女性が多かった。
 今日のところは新参者のセロ目当てという人間も多かったかもしれない。
 だが、セロにばかり人が集中することはなかったのである。
 セロだって花束を作り、『超・営業スマイル』を浮かべて女性達に売り渡していた。
 だが、どの女性だってセロと話した後、それだけでは満足せず、必ずオードに声をかけて帰って行ったのである。つまり、セロは『ついで』なのだ。そのことは、この森に辿りつくまでにも理解できたことである。

 オードとセロは、この森に辿り着く間に、たくさんの収穫物を得た。採れたての野菜や、焼きたてのパン、チーズや牛乳、新鮮な卵…。
 抱えられないほどの収穫物は、彼らが買い求めたものでも収穫したものでもない。歩いている道々で、町の住人達が彼らを呼びとめ、プレゼントした代物ばかり。

「ここの人達は皆、親切だよね。この村に来て、本当によかった。」

 これがまた、店におしかけてきた女ばかりではなく、男達からも気さくに声をかけられ、物を貰っているのだから、どこまで人気があるのかと感心してしまう。

 まぁ、分からなくも無い、とセロはちらりとオードを見ながら思った。外見は言うことはないし、何より…

「ちょっと!!」
「うわっ!!はい!!」

 オードを見つめたまま考えにふけっていたセロの視界いっぱいにスリナの顔が映った。思わず姿勢を正すと、スリナは不機嫌そうな表情のまま、頭をかいた。

 ここまで怯えられると、逆に言うこともいえなくなるわ…。

 激しく喝を入れるつもりだったのだが、その気も失せてスリナはセロの肩に乗った。

「…え?」
「オードに見とれている場合じゃないでしょ?修行するわよ。全く。」

 呆れたような口調で言われた指摘に、セロは顔を赤らめてしまう。別に深い意味があって見つめていたわけではないのだが、そのように言われると、妙に意識してしまう。

「いや、違います!!見とれていないです!!だって、私、男だし!!」
「はぁ?」
「いや、だって、男が男に見惚れるって!!他人のことはどうあれ、私、そんな趣味ありません!!」

 大混乱に陥ったセロの発言。それに対するスリナの言葉は返ってこない。この静けさが、セロにようやく冷静さを回復させた。

「…あんた、何っにも知らないのね。」

 セロが落ち着くのを待った後、呆れたような溜め息をついてスリナは呟いた。

「は?」

 目を瞬かせ、小首を傾げるセロ。スリナはしばらく、戸惑いに眉を下げるセロをジロリとにらんでいたが、「もういいわよ。」と一言呟いて、さっさとオードのほうへと飛んで行った。

「楽しそうに話していたね。どういった内容?」
「べっつに~?でも、分かったことがあるわ。」
「何?」
「あの子、非常識よ。」

 セロの修行の準備をするために、貰った品々を丁寧に袋に詰めていたオードだが、そのスリナの発言に、手を止めた。

「…ん?」
「何にも知らないのよ。ありえないくらいね。わけわかんないわ。あれで上級妖精なんて驚き。」

 上級妖精といえば、その容姿・内に秘めた莫大な力はいうにおよばず、本来、そこに知性も含まれなければおかしい。だが、セロを見る限り、その大事な知的要素の部分が欠けているのだ。

「仕方がないんじゃないかい?彼は人間との『混ざり者』だからね。」
「…にしても、あれはひどいわ。」
「…何の話をして、そういうことになっているのか分からないけれど、とにかくそれよりも修行だよ。手伝ってくれるよね?」

 優しい笑みの奥に潜む、有無を言わさぬ力。これが実はオードの妖精術士としての最も優れた才なのではないだろうか。
 彼は心底優しい性格をした人間というわけではない。普段は穏やかな口調で話をし、紳士的な態度で人々を魅了するのだが…一方で、確かな威厳があるのだ。反発していたとしても、思わず配下に下ってしまうほどの。
 もっとも、その前にスリナの場合は単なるオード自身への好意が大前提にくるので、そのような威厳など、こういう無理なお願いに近い場合にのみ有効となるのだが。

「…分かっているわよ。私としても上級妖精に長くここに居てもらうつもりはないしね。さっさと修行しましょうよ。」
「よろしく頼むよ。」

 今回のオードの願いは、絶対に叶えたくない。
 妖精は自分が仕えたいと思った妖精術士以外に力を貸すことを極端に嫌うのだ。それには上級も下級も関係がない。

「あの子、絶対自分の妖精術士がいないのよ。だから、私にこんな難題をぶつけても平気な顔をしているんだわ。」
「妖精術士がいる妖精のほうが少ないだろう?妖精術士となる資質を持つ人間は、そうそう生まれるものではないからね。それに、本来ならやっぱり妖精は妖精と暮らしたほうがいいだろうし。」

 「君に力を貸してもらっている俺が言うのもなんだけれど」と苦笑交じりに言うと、スリナは頭を振って、オードの言葉を否定した。

「妖精術士に仕える事は妖精にとって幸せなことよ。私達だって、どれだけ幸せか!!これは、妖精術士に仕えた妖精にしか分からない気持ちなんだから!!」

 妖精術士に無理矢理仕えさせられる妖精はいない。
 いつでも妖精が先に妖精術士に仕えたいと願い出るのだ。
 そして、妖精と術師の契約は結ばれる。

 それは、下級、上級は関係なく、どんな妖精と、妖精術士の関係でも。


 …無論、それが妖精王であったとしても。


「…さ、無駄話はこのくらいにして、そろそろやろう。セロ!!こっちへおいで!!」

 しばらく無言でスリナを見つめていたオードだが、軽く彼女の頭に触れた後、声をあげてセロを呼んだ。
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