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欲しいもの
しおりを挟む映画館を出た。
ツバサくんは大興奮で映画の内容を話す。
「なぁな、楽しかったよね。
また行こうね」
ニコニコ笑うツバサくんの横で香澄ちゃんがスネる。
「私も行きたいなぁ、ツバサくんと」
ツバサくんのシャツの裾を掴んで甘える。
この子、すごい。
どこで教えてくれるの、その技。
ツバサくんはすっかり照れて慌ててる。
こんなツバサくんも初めて見た。
私はただただ敗北感で戦意も喪失してきた。
その空気を察してか勇磨が提案した。
「これからどうする?海でも行くか」
みんな賛成した。
梅雨入り前の6月の海は穏やかでキラキラしていた。
潮風が髪を揺らす。
「なぁな、髪、伸びたね。
長い髪、好き。俺は伸ばせないからね」
そう言って私の髪に触れた。
ドキンとする。
「そ、そうなんだ」
ツバサくんが髪の長い子が好きって知ってたよ。
だから伸ばしてるんだから。
ただ、自分が伸ばせないからって理由なのは初めて知ったけど。
「えーじゃあ私、切るのやめようかな」
香澄ちゃんが言った。
ツバサくんが驚いて香澄ちゃんの顔を見つめた。
「なんで」
ツバサくんが聞いた。
ドキドキした。
この流れを止めなきゃって本能的に思った。
香澄ちゃんは、照れたように笑う。
かわいい。
ダメだ、止められない。
「なんでか知りたい?」
ふふっと笑う。
見ていられなくなって勇磨の腕を引っ張った。
「勇磨、あそこ、何かある」
適当に言って勇磨を連れてその場を離れた。
私の気持ちは勇磨にも伝わってた。
「ナナ、いいの?
あのまま2人にして。まずいんじゃない?」
うん、そうだね。
でも仕方ないよ。
それならそれで仕方ない。
少し離れた場所まで歩いて流木の上に座った。
勇磨は私の前に座り込んで、
正面から目線を合わせた。
「本当にいいの?あの子、ツバサに告るぜ。
このままじゃ2人、付き合うかもしれないんだよ。」
勇磨ってお節介。
そんな事、言われなくても分かってる。
うるさい。
「仕方ないもん。私には止められないし。
ツバサくんが香澄ちゃんを好きなら、それは仕方ない。
私は遠くで見てるしかないから」
目線をそらす私の頰を
両手で挟んで目を合わせてくる。
「結局は自分が傷つきたくないだけだろ。
フラれるのが怖いんだよ。
そんなんじゃあの子に取られて当然だ。
あの子の方がツバサに対して誠実だよ。
お前は伝わらない」
ヒドイ事、言うな。
だけど、反論もできないよ。
勇磨の言う通りだもん。
私、どうしてもフラれたくない。
フラれて離れるくらいなら友達でいい。
彼女は別れる事があっても友達は離れないから。
傷つきたくない、それもあってる。
「なんだよ、言い返さないのかよ。
いつもの威勢はどうしたんだよ。
俺、そんなナナは好きじゃない。
なんかイライラする」
もう、ほっといて欲しい。
勇磨の言う事なんて全部、分かってる。
「じゃあ、勇磨はそこにいて。散歩してくるね」
笑顔で、でも反論を許さない雰囲気で言い切った。
立ち上がる私を上目遣いで見る勇磨は
イライラを隠さない。
全く、なんで勇磨が怒るわけ?
お節介が過ぎる。
とりあえず砂浜を歩く。
振り返ってツバサくんと香澄ちゃんを見た。
ツバサくんが頭をしきりに触ってる。
あれは照れてる時、嬉しい時にする癖だ。
付き合うんだな、って分かった。
ツバサくんがマネージャーの話をした時から予感してた。
女の子の話なんて今まで出なかったし
香澄ちゃんといる時のツバサくんは
私が見た事ない顔をしてた。
知ってた、こうなるの。
流木に座ったまま海を見つめる勇磨も見えた。
本当、ムカツク男!
ガンガン私の触れて欲しくない部分まで入ってきて心をかき回す。
嫌い!
勇磨、嫌い!
睨んでからまた歩き出した。
ふと足元にピンクの貝を見つけた。
へぇ、こんな貝殻あるんだ。
拾って陽に透かして見るとキラキラしてキレイだった。
あんまりキレイで涙が出そうだよ。
海が近くにあっても、
最近はなかなか来なかった。
子どもの頃はこうやって拾って
瓶に詰めて大切にしてたな。
あの頃は欲しい物は欲しいって
言えたのにな。
泣いて騒いでごり押しして、
勝ち取っていたのに。
いつから私は臆病になったんだろう。
言うチャンスは何回も何年もあったのに。
言わずにただ想うだけ。
離れそうになっても止められない。
ツバサくんが笑ってるならいいと、そんな事さえ思う。
でも嘘じゃないけど嘘だ。
私が笑わせてあげたい。
でも今だって気持ちを伝えようとは思えない。
こんな所で必死に貝を集めて、
何してるんだろう。
それにしてもキレイだな。
このピンクのグラデーションがキレイな貝は特別だ。
海の水で洗ってみようと思いついた。
もっとキレイに輝くかもしれない。
波打ち際に近づきそっと手を伸ばす。
瞬間、波が大きく寄せて
驚いて後ろへ避けた。
はずみで貝を落とした。
「あ」
慌てて手を伸ばしてみたけど、
波にさらわれてしまった。
ギリギリ保ってた糸が切れた。
その場に座り込むと同時に、
心をコントロールできなくなった。
勝手に涙が溢れて止まらなくなる。
あの貝、欲しかったのに。
波が持って行っちゃった。
泣きじゃくる私の上にふわっと何かかぶさった。
それは紺の上着で勇磨のだ。
なんだよ、勇磨。
あそこにいてって、言ったのに。
「スカートパタパタして、パンツ見えちゃうよ」
余計な事を言う!
「見えてもいいやつ、履いてるの!」
顔を上げずに背中にいる勇磨に言った。
「勝負パンツってやつ?
ダメだろ、それ。
そんなの簡単に見せる女になるな」
勝負パンツじゃないし。
もう、ムカツク。
立ち上がって振り返る。
「バカ勇磨!
見えてもいいやつって言うのは、
短パンみたいの履いてるって話なの」
ポカーンとして私を見る。
「へぇー」
っていうか、帰ったら姉妹に聞きなさいよ、
女の子なら持ってるから。
「それでも、見せんな。」
もうほっといてよ。
早く戻って。
「嫌だ。ほっとかない。また1人で泣くから。
かわいくなくてムカツクけど、
1人で泣かせたくない。
で、なんで泣いてるの?」
ウザイっ。
お節介!
バカ!
でも、勇磨の前で涙をこらえられなくなってた。
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