最初のものがたり

ナッツん

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1人にしない

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ゆっくりと息を吐く。

ツバサくんの事は香澄ちゃんに任せよう。

私の役目はもう終わり。

香澄ちゃんが来るのを待った。

その時、ポケットに振動を感じた。

携帯を取り出す。
部活中のチカからだ。

どうしたんだろう。

「なぁに?チカ」

電話の向こうのチカはひどく慌ててた。

「ナナ、工藤くん、大ケガしたって。
練習中に手首と足を骨折したらしい。
今、救急車が来て運ばれたって」

血の気が引いた。

引く音まで聞こえた。

うそ、勇磨。

骨折?

救急車?

頭がショートして心臓がバクバクいってる。

体の感覚が麻痺して全身が冷えて震えた。

勇磨!

「どこ?勇磨、どこ?」

チカから病院を聞いて携帯を切った。

勇磨。

震えて涙が溢れた。

「ナナちゃん?どう、したの?」

振り返ると香澄ちゃんだ。

「ご、ごめん、香澄ちゃん。
私、ツバサくんのとこには行けない。
勇磨が、勇磨がケガして救急で。」

そこまで言って腰が抜けて座りこんだ。

香澄ちゃんが支えて立たせてくれた。

こんなとこで腰抜かしてる場合じゃない。

行かないと。

「ごめん、私、行かないと。
勇磨を1人にできない」

それだけ言って走った。
上手く走れなかったけど、走って走って病院に行った。

処置室横の自販機前のソファに、
頭からジャージを被って1人座り込む勇磨を見つけた。

「勇‥」

体を丸めて背中を向けてる。
その姿に声をかけられなくなった。

すごく落ち込んでる。

ショックをうけてる。

背中から悲しみのオーラが出ていた。

思わず後ずさりして逃げ出したくなる。

勇磨の言葉を思い出した。

「俺も命をかけてる。
自暴自棄になって何をするか分からねぇ」

ダメだ。

やっぱり1人にできない。

「勇磨!」

返事がない。

「勇磨、大丈夫?ケガしたって聞いて」

やっぱり返事がない。

誰とも話したくないって、
言ってたもんな。

引きこもりたいって。

でも。

「ダメだよ、勇磨。
1人になんてしないからね。
引きこもらせない。私、結構しつこいから。
勇磨が拒否しても1人にしないよ」

動かず背中を丸めてる後ろ姿がツラ過ぎる。

思わず、背中を抱きしめた。

自分でも不思議なくらい、
自然と抱きしめていた。

私がツライ時にいつもこうしてくれた。

「振り払ってもダメだからね。」

もう泣いてた。
勇磨のツライ気持ちが流れてくる。

お願い勇磨、心を閉じないで。

動かない勇磨の背中を抱いて泣いた。

強く、ぎゅっと。

「勇磨が元気になれるように私、
何でもするからさ。
ずっとそばにいるから、一緒に頑張ろう」

次の瞬間、勇磨の背中が動いた。

くるっと回って私を膝の上で横抱きにした。

え。

突然の事で抵抗できず、
為すがままに抱きしめられた。

勇磨と目が合った。

「今の、ホント?」

え?

「ナナちゃん、何でもしてくれるの?」

う、うん。

あれ、なんか様子がおかしくない?
ニヤニヤ笑う勇磨。

元気そう?

「そっか。じゃあ俺のものになって。
俺が嫌がっても付きまとうんだよね?
ずっとそばにいてくれるんでしょ。
だったら俺のだよね?」

やっぱ、様子がおかしい。
落ち込んでる風には見えない。
見せないようにしてる、とか?

「勇、磨?」

私の前髪を搔き上げる。

「いいよね?俺ので」

甘く強い視線に、
今まで以上にドキドキした。

どうしたんだろ、私。

すごくドキドキして、
嬉しい気持ちも湧いてくる。

何?この感覚。

「ほら、早く返事しろよ。
落ちてる男はオオカミだって言っただろ。
自らオオカミに喰われに来たんだから。」

その言い方。

本当、ムカツク!

「いいよ。勇磨の望み通りにする。
勇磨が元気になってくれるなら。
いつもの勇磨に戻ってくれるならいいよ。」

私の言葉に勇磨は、
ちょっと眉を寄せて口を尖らす。

「えー。じゃあいい。
俺の事、好きって言ってくれないならいらないや」

ブチッ

キレた。

「いらないって!ちょっと何なの?
落ちてるから優しくしてあげてるのに調子に乗って。
だいたい私は物じゃないの。
俺の、とかいらないとか失礼じゃない?
もうっムカツク!
勇磨が大ケガして…
救急車で運ばれたって聞いて私、
すごく怖くて…」

ヤバイ、また涙が。
下を向いて顔を隠した。

「なのに、バカ!」

勇磨の膝から逃れようとしたけど、それを勇磨は許さなかった。

ぎゅっと抱きしめた。

「ごめん、ナナちゃん。泣かないで。
で、俺はどこをケガしたの?」

うん?

え、だから、
手首と足を骨折したんじゃないの?

勇磨がニヤニヤ笑う。

「えー骨折してる足にナナ、座ってんの?
ヒドくね?
あと手首を骨折してたら、おデブのナナを抱きしめられないなぁ」

え、どういう事?

勇磨の体を見直す。
包帯が見当たらない。

「え、何?分かんない」

ニヤニヤ勇磨がまた私を引き寄せる。

「俺、付き添い。誰か勘違いしてナナに伝えたんだな。
でもそいつに感謝しないとな。
俺、すごく嬉しかった。
俺をぎゅっとしてくれたよね。
1人にしないよって、あれ何で?
ナナ、俺の事、好きなの?」

は?何その俺様発言!

勇磨を好き?

そんな事、ない、はず。

「バーカ!友達だから来たんだよ」

その言葉にまた口を尖らせる。

「あ、そ。かわいくないな。」

なんだよ、もうっ。

「違うなら早く言ってよ!
背中丸めて落ち込んでる風にしないでよ」

怒る私に舌をべぇっと出してふざけた。

「ちょっとウトウトしてたら、
ナナの鬼気迫る声が聞こえてさ。
おもしろかった」

バカ!

その時、廊下をバタバタ走る音と共に、
ツバサくんと香澄ちゃんが現れた。

2人、手を繋いでる。

良かった。

香澄ちゃん、病院に行ったんだね。

「工藤、お前、大丈夫なのか?」

顔面蒼白で息を切らしているツバサくん。

「ああ、まぁ」

勇磨の言葉をそのまま取れない。

「あ、いや、ごめん。俺、デリカシーないな。
大丈夫じゃなくてもそう言うしかないな。あ、れか。
入院はどれくらい?治るんだよな。
あ、いや、ごめん」

慌てふためくツバサくんに私と勇磨は、
一瞬目を合わせて爆笑した。

香澄ちゃんがそんな私達を見てツバサくんに囁く。

「ごめんごめん、ツバサ。心配かけたな。
俺は元気。ナナの勘違いだよ。
俺は仲間の付き添いで来たんだ。
それよりお前の肩はどうだったんだよ」

聞かれたツバサくんが、
肩をぐるぐる回して見せる。
慌てて香澄ちゃんがその腕を掴んで止める。

「大丈夫だった。また投げられる」

良かった!

勇磨の膝から飛び降りツバサくんに駆け寄った。

「やったね!ツバサく」

両腕を掴もうとした時に、後ろから引っ張られ、勇磨に背中から抱きとめられた。

「俺との約束」

あ、触るな、ね。

あー勇磨、ウザっ。

香澄ちゃんがケラケラ笑う。

「工藤くんってかわいい」

かわいいって?
これが?

「なぁな、工藤が無事で良かったね。
香澄ちゃんが心配してたから。
なぁなが真っ青な顔して泣いてたって。
立ってられなくて座り込んでたとか聞いてさ。
工藤が重症で命の危機かと思ったからさ」

勇磨が爆笑する。

「勝手に殺すな」

ツバサくんも笑った。

「ふーん。でもさ、ナナが俺の為に
そんなに取り乱してくれるなんて思わなかったなぁ。
腰抜かす程、俺が心配だったって事は、
やっぱり俺の事が好きなんだよね。」

またぎゅっとする。
ツバサくんが赤くなる。

やめてよ、純情なツバサくんの前で。

「え、好きでしょ。
だって私、ナナちゃんが、震えながら
工藤くんのところに駆けていく姿見て、
ツバサくんの病院に行こうって決心したの。
好きだから側にいたいって。
好きな人がツライ時には側にいたいから」

ツバサくんの腕に絡んで頭を寄せる。
照れるツバサくん。

なんだよ、かわいいなぁ。

何、照れてるんだよ。

幸せなんだな、ツバサくん。

そんな顔、見た事なかった。

ちょっとヤキモチも感じちゃうよ。

そんな私に気が付いたのか勇磨が不機嫌に言った。

「ツバサ、もう帰れ。
お前がいると俺が落ち着かない。」

えーなんで?
すぐ怒るんだから。
とツバサくんがブツブツ言ってたけど、
香澄ちゃんが可憐な笑顔を私達に見せて
2人は帰って行った。

「じゃあ、さっきの続きな」

正面から私をまっすぐに見た。

「ナナ、ありがとう。
俺、本当に嬉しかった。
俺はナナが好きだ。」

勇磨の真剣な瞳にまたドキドキがMAXになる。

なんだろう、この気持ち。

きゅーってなる。

「私、」

言いかけて勇磨にキスされた。

2回目だ。

頭が真っ白になる。

なんだ、これ。

「いいよ、分かってる。
ナナも俺が好きだ、絶対。
でも自分で気付いてね」

なんだ、それ。

どうしたらそうなるの?

全く、中2病ってやつは!

しかもしれっとキスしたな!

我に返った!

許さない!

デコピンしてやった。

上手く入ったようで、
勇磨が座り込んでおでこを押さえる間に逃げた。

もう、帰ろ。

なんだったんだ、今日は。

まだドキドキする。

「待て待て、悪かった」

そう言って追いかけてくる勇磨。

「バカ勇磨」

私の顔を覗き込んで悪い顔をする。

「やっぱ、俺の事、好きだろ」

なんでそうなるかな。

「いや、なんとなく。まぁいっか。
ナナが認めるまで俺は、全力で落としにかかるからな」

なんだ、それ。

「認めたらどうなるの?」

その問いにもっと悪い顔をする。

「そんなの決まってるじゃん、
2人で落ちるの。」

なんだ、それ。

「あちぃなぁ。夏だな。
よし、大会に向けて頑張るか!」

横で空を見上げて叫ぶ勇磨は、
夏が似合う。

そっか、もう1学期も終わる。

なんか色々とあったな。
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