12 / 25
二日目 事件
二日目・5 彼にはもう一つの顔がある
しおりを挟む
「ずみ君ずみ君」
大江さんと一緒に体育館から出た僕を、戸田さんが手招いた。「ずみ君」と言うのは、どうやら僕のことらしい。勝手に人にあだ名をつけてしまうのが、この人の癖なんだろう。
「ちょっと訊きたいんだが、昨日ムラサキ田君が言ってたシャワー室って……あれ?」
戸田さんは、体育館の裏手に目立たないように建っている小さな建物を指差した。更衣室とシャワー室が一つになっている建物だ。
「はい、そうですけど」
僕がうなずくと、戸田さんは小走りにそちらへ向かい、建物の周囲をを何か探すように見て回っていたが、やがて中に入って行ってしまった。大江さんが、へえ、シャワー室ってあんなとこにあったんだ、と一人ごちた。
「あれ、知らなかったんですか?」
「ああ、さっきはさ、一階に降りてさあ探そうかって時に三沢さんが来てね。結局何も見てないうちに現場に行っちゃったから」
そんなことをしゃべってるうちに、戸田さんが戻って来た。
「床がまだぬれてた」
それだけ言って戸田さんは、昼食の準備があるから、と先にすたすたと行ってしまった。忙しい人だ。
僕と大江さんは後からゆっくりと行くことにした。そこへ。
「星風の大江賢治か──どこかで聞いた名前だと思ってたんだよな」
後ろから声をかけて来たのは、上月さんだった。大江さんは不審そうな顔を上月さんに向けた。
「さすがにここまで噂は伝わっちゃいねェようだが……俺は聞いてるぜ。星風の大江賢治って言やぁ、中坊の頃からそこらの族連中やら何やらに恐れられてた男だ、ってな。まさか、こんな女みてェなツラしてたとはな」
「噂ってのは当てにならないもんだよ」
そっけなく大江さんは答えた。
「確かに中学ん時、何かと言いがかりをつけて来た奴は多かったし、売られたケンカはとりあえず買ってたけど──学校シメてただの、そこらのチンピラ全部従えてただのって話はみんなデマだよ」
人ってのは本当に見かけによらない。いかにも優等生の美少年、って感じの大江さんに、そんな噂があったなんて。
「んなこたぁどーでもいいんだ。俺ぁ今、ムシャクシャして誰か殴りたい気分なんだよ。てめーみてェな、強いって言われてる奴ボコボコにしてやったら──さぞかしスッとするだろうな」
「くっだらない」
大江さんは上月さんに背を向けて歩き出そうとした。
「待てよ、おい! 逃げんのかよ!?」
「やめてくださいよ、上月さん」
「るせえな」
上月さんは僕を乱暴に突き飛ばした。大江さんの足が止まった。上月さんは大江さんの肩をわしづかみにし、そのまま顔面めがけて殴りかかった。僕は思わず眼をつむった。
「あんまり俺を怒らせるな」
低い──すごく、低い声が聞こえた。僕は恐る恐る眼を開いた。
上月さんの拳は、大江さんの手で見事に止められていた。大江さんは目を伏せている。その姿に、──なんだか奇妙なオーラが立ち昇っているような、そんな気がした。
大江さんが顔を上げた。
普段の人当たりのいい笑顔は完全に消え、本来この人が持っている美貌──そう、その時の大江さんはどんな女性にも負けないほど綺麗だったんだ──がダイレクトに表に出ていた。ただし、それはとてつもなく綺麗なのに……とてつもなく、怖かった。
まるで魂の奥底から染み出して来るような、本能的な恐怖。僕はその場で金縛りになり、上月さんは二、三歩後ろによろめいた。今にして思えば、大江さんの何があんなに怖かったのか、どうしても判らないのだけれど。
大江さんはそれ以上何もせず、一人で廊下の向こうに消えて行った。僕と上月さんはほっと息をついた。
「何なんだよ……何だったんだ、今の」
上月さんが冷や汗をぬぐいながら、そうつぶやくのが聞こえた。
大江さんと一緒に体育館から出た僕を、戸田さんが手招いた。「ずみ君」と言うのは、どうやら僕のことらしい。勝手に人にあだ名をつけてしまうのが、この人の癖なんだろう。
「ちょっと訊きたいんだが、昨日ムラサキ田君が言ってたシャワー室って……あれ?」
戸田さんは、体育館の裏手に目立たないように建っている小さな建物を指差した。更衣室とシャワー室が一つになっている建物だ。
「はい、そうですけど」
僕がうなずくと、戸田さんは小走りにそちらへ向かい、建物の周囲をを何か探すように見て回っていたが、やがて中に入って行ってしまった。大江さんが、へえ、シャワー室ってあんなとこにあったんだ、と一人ごちた。
「あれ、知らなかったんですか?」
「ああ、さっきはさ、一階に降りてさあ探そうかって時に三沢さんが来てね。結局何も見てないうちに現場に行っちゃったから」
そんなことをしゃべってるうちに、戸田さんが戻って来た。
「床がまだぬれてた」
それだけ言って戸田さんは、昼食の準備があるから、と先にすたすたと行ってしまった。忙しい人だ。
僕と大江さんは後からゆっくりと行くことにした。そこへ。
「星風の大江賢治か──どこかで聞いた名前だと思ってたんだよな」
後ろから声をかけて来たのは、上月さんだった。大江さんは不審そうな顔を上月さんに向けた。
「さすがにここまで噂は伝わっちゃいねェようだが……俺は聞いてるぜ。星風の大江賢治って言やぁ、中坊の頃からそこらの族連中やら何やらに恐れられてた男だ、ってな。まさか、こんな女みてェなツラしてたとはな」
「噂ってのは当てにならないもんだよ」
そっけなく大江さんは答えた。
「確かに中学ん時、何かと言いがかりをつけて来た奴は多かったし、売られたケンカはとりあえず買ってたけど──学校シメてただの、そこらのチンピラ全部従えてただのって話はみんなデマだよ」
人ってのは本当に見かけによらない。いかにも優等生の美少年、って感じの大江さんに、そんな噂があったなんて。
「んなこたぁどーでもいいんだ。俺ぁ今、ムシャクシャして誰か殴りたい気分なんだよ。てめーみてェな、強いって言われてる奴ボコボコにしてやったら──さぞかしスッとするだろうな」
「くっだらない」
大江さんは上月さんに背を向けて歩き出そうとした。
「待てよ、おい! 逃げんのかよ!?」
「やめてくださいよ、上月さん」
「るせえな」
上月さんは僕を乱暴に突き飛ばした。大江さんの足が止まった。上月さんは大江さんの肩をわしづかみにし、そのまま顔面めがけて殴りかかった。僕は思わず眼をつむった。
「あんまり俺を怒らせるな」
低い──すごく、低い声が聞こえた。僕は恐る恐る眼を開いた。
上月さんの拳は、大江さんの手で見事に止められていた。大江さんは目を伏せている。その姿に、──なんだか奇妙なオーラが立ち昇っているような、そんな気がした。
大江さんが顔を上げた。
普段の人当たりのいい笑顔は完全に消え、本来この人が持っている美貌──そう、その時の大江さんはどんな女性にも負けないほど綺麗だったんだ──がダイレクトに表に出ていた。ただし、それはとてつもなく綺麗なのに……とてつもなく、怖かった。
まるで魂の奥底から染み出して来るような、本能的な恐怖。僕はその場で金縛りになり、上月さんは二、三歩後ろによろめいた。今にして思えば、大江さんの何があんなに怖かったのか、どうしても判らないのだけれど。
大江さんはそれ以上何もせず、一人で廊下の向こうに消えて行った。僕と上月さんはほっと息をついた。
「何なんだよ……何だったんだ、今の」
上月さんが冷や汗をぬぐいながら、そうつぶやくのが聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
寄生虫の復讐 ~美咲の冷徹な一刺し~
スカッと文庫
ミステリー
「お前みたいな寄生虫はゴミだ」
10年尽くした夫・雅也から突きつけられたのは、離婚届と不倫相手。
彼は知らない。私が家を飛び出した「サカモト・ホールディングス」の令嬢であることを。
そして明日、彼が人生を賭けて挑む調印式の相手が、私の実父であることを。
どん底に叩き落とされたサレ妻による、容赦なき「経済的破滅」の復讐劇。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる