恋にあやとり

宮瀬

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果たして、部屋の惨状は想像以上であった。
本来ならば悠々と二人が生活できるほどのスペースがあるはずのこの部屋は、今や足の踏み場が無いくらいである。かろうじて藤堂君の生活範囲内と思しき東側は片付いているが、明らかに亜弥の私物のせいで行動範囲が狭まっている。おそらく最初は部屋の面積を二等分していたのだろうが、亜弥の脱ぎ散らかした服やゲーム機に押しやられてしまっている。役目を失ったパーテーションが虚しげに奥に立て掛けられていた。これでは、藤堂君に嫌われるはずだとため息を吐く。彼には何かお詫びをしなければと思うものの、今は亜弥でいなければならないという枷を思い出し、今度「亜弥の兄」として何か送ろうと決めた。

「それにしても、やっぱり自分の服持ってくればよかったかなあ」

僕は眼下に溢れかえっている亜弥の服をみてため息をついた。亜弥はいつも派手なものを好んで身につけていたため、当然この部屋にあるものは到底僕が普段なら絶対に選ばないような服ばかりなのである。顔はほとんど同じなので似合わない訳では無いのだが、如何せん地味なものばかり選んで着る僕には敷居が高いのだ。それでも、制服のまま掃除するわけにもいかないので比較的シンプルなものをクローゼットから引っ張り出してくる。

「とりあえず、東堂君が戻ってくる前に綺麗にしなくちゃ」

その行動自体が亜弥らしくは無いと、もしここに谷口や亜弥本人がいたら思ったであろうが、生憎ここには僕しかいないのである。僕と藤堂君はお互いをよく知る仲でも無いのだし、多少怪しまれても「反省したから」とかなんとか言えば誤魔化せるのではないかと考えていた。



「あれ、もうこんな時間」

気づけば時計の針は午後6時を指していて、どこからか夕飯のいい香りが漂ってきていた。大分部屋も片付いてきたし、食堂に行こうかと考える。谷口に学校を案内してもらった際、食事は大体の生徒が食堂で済ませると言っていたのを思い出したのだ。購買もあるにはあるらしいが、谷口曰く軽食や日用品を取り扱っているらしい。
丁度、最後の洗濯物の山を片付けたところで食堂に向かう。部屋は見違えるほど綺麗になっており、これならゆっくり眠れそうだと安心する。どこの学校でも食堂は混むのがご愛嬌というものなので、早く行って損はないだろう。


「亜弥!こっちこっち!」

食堂に入ってすぐ未だ慣れない名前を呼ばれ、何とか違和感ないように声の方を向くと、少し先のテーブルにいる谷口が此方に手を振っていた。

「どうしたの?谷口も夜ご飯?」
「そうそう。せっかくだし一緒に食おうぜ」
「うん」

僕はオムライス、谷口は大盛りのカレーを注文する。できたてで香りの良いそれは僕たちの食欲を刺激するには十分すぎるほどだ。

「あれ、なんか入り口の方賑やかになってない?」
「あ?どーせ東堂か橘あたりでも来たんだろ」

オムライスを半分ほど平げたところで、何やら食堂の入り口あたりが色めき立っていることに気づいた。食事の邪魔になるほどでは無いが、先ほどよりも明らかにそこに人が集まっており賑やかに感じられる。何か催し物でもやるのだろうかと首を傾げたところに、谷口は食べることに夢中なのか視線を上げることなくそう言った。

「どういうこと?」
「東堂はお前もさっき会っただろ。橘陽太は1年のやつで、二人とも他の生徒に人気があるんだよ。あとはそうだな、俺らと同じ学年で言うと3組の名取とか5組の花巻とかか?3年は渋谷先輩がぶっちぎりかな。」

次々と名前を挙げていく様子に目を白黒させる。急に何の話を始めたのだろう。途中で僕の様子に気付いた谷口は、ああと納得した様子で説明してくれた。

「ここ、何せ男子校な上に全寮制だろ?だからかは知らないけど男同士で付き合うとかよくあるんだよな。人気があるやつはアイドルみたいにちやほやされてるし。遊のとこも全寮制だったらしいじゃん、こういうのなかった?」
「いや・・・」

たしかに僕が通っていたのも全寮制の男子校だったが、ここまで明け透けに色めき立つということはなかった気がする。遊の知らないところではあったのかもしれないが、その程度だ。

「言っとくが、お前もだからな。」
「え?」

突然谷口に話を振られ唖然とする。この学校の“特徴”が僕と何の関係があるというのだろうか。

「椎木亜弥も、東堂蓮と同じくらい2年の中では人気あるってこと。」

僕は余りの衝撃に手に持っていたスプーンを落とし、お気に入りになりつつあったシンプルな白地のシャツにケチャップのシミを豪快に付けたのだった。


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