和製切り裂きジャック

九十九光

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#14ー6

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 私にはこの男が何をしているのかさっぱりわからなかった。ここまで痛覚がしっかりしていると男の行動を見ているのに必死で、こいつの次の行動を考える余裕はまったくなかった。むしろここまで冷静に痛みに耐えていることが奇跡に近いくらいだ。注射をされる時も目を逸らすくせに、明らかにそれ以上の苦痛に耐えているのがおかしいのだ。
 男は包丁を今度はケースに戻し、メンズバッグにしまい込んだ。中に入っている私の財布と紐は、ある程度血で汚れるだろう。そして男はその場からスッと立ち上がって私に背中を向ける。アルファベッドや骸骨がプリントされているわけでもない地味なパーカーの背中が、こいつがそんなにファッションには興味がないということをよく表している(血で汚れるような場所に大事な服は着てこないだろうが)。
 男が私の死体の頭の横に来たかと思うと、今度は髪の毛が何かにっ引っ張られるような感覚がやってくる。こっちはそこまで痛くないが、胸からお腹にかけての痛みは消えてくれる気はなさそうだった。
 私は男の後ろに移動して、男の後頭部越しに自分のデスマスクを確認する。顔そのものは特にさっきの横顔と変化はなかった。だが引っ張られる感覚がした髪の毛は別だった。ピンやゴムを外して自然そのままにしてあったストレートヘアはツインテールになっていた。それも市販のヘアゴムやシュシュは使われず、さっき切り取られた私の腸で結ばれていた。豚の腸に肉を詰めてソーセージを作ることを知っていれば、腸がこんな感じにゴムの役割をしていることに違和感を覚えることはないだろう。だがこの発想に行きつく和製切り裂きジャックの心理には驚愕する。
 にしてもきれいに結んであるツインテールだ。左右のしっぽの位置が前後左右にずれていないし、長さも同じくらいで見事なシンメトリーだった。自分の娘か妹に何度かやってあげたことがあるのだろうか。
 和製切り裂きジャックはこの最後の作業を終えると、スウェットから自分のスマホを取り出して作品の写真撮影を開始した。数分前まで生きていた私の体は、上半身は首元までまくり上げられたグレーのパジャマだけで、胸や腹は丸見えになっている。乳房の間からへそまでパーティ開けしたみたいに裂かれたお腹は、冷蔵庫の残り物で作った味噌汁のように、でかい内臓の塊が血と何かの分泌液の中に浮かんでいた。表情は苦しさと恍惚な感じが半分ずつ入り混じっているように見え、髪の毛は薄ピンク色の腸のヘアゴムで、ツインテールという可愛らしいヘアスタイルにされている。
 これを最初に見つけることになりそうなうちのパパの顔が、目に浮かびそうで浮かんでこない。それよりずっと気になる表情があるからだ。
 私を殺した和製切り裂きジャック。私が生涯最後の約三か月の間、ずっとその影を追いかけ続けてきたあこがれの殺人鬼。そんな男の顔を見ておきたいと思うのは当然の心理だった。胸がドキドキするような、体が火照るような感覚が襲ってくる。好きな異性と目を合わせる人間の感覚というのはこういうものなのだろうと思った。私は男の正面に立った。
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