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#15ー3
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輩に挨拶くらいしないか!」と怒鳴りつける場面だが、今の彼はそんな力も出せなかった。
こうして活力のない湯浅たちはエレベーターに乗り込み、誰一人声を上げることなく七階に向かっていく。
今日も過去の事件データとのにらめっこをし、大した情報に行きつかないインターネットや街頭での情報収集をし、無意味な時間に体力を使って一日が終わる。次に家に帰れる見込みもない。そう考えただけで一課のある部屋に向かう全員の足取りが重くなる。
湯浅たちは事務員が鍵を開けておいた部屋のドアを開け、それぞれ自分のデスクに向かおうとする。
その時だった。
「……。橋本か」
一課の群れの先頭に立っていた湯浅が、すでに室内にいた一人の男に声をかけた。
彼は確かに橋本だった。今日から勤務再開だったが、どうしようもない疲労から、誰もがそのことをつい一秒前まで忘れていたのだった。
スーツ姿の彼は、窓からの朝焼けに照らされながら自分のデスクに座り、何かの書類に目を通していた。表情はいつも通りのポーカーフェイスだったが、その疲労感を感じさせない表情は、湯浅たちには一課の誰よりも活力に満ちているように見えた。
湯浅は目から涙が溢れ出させ、すぐに橋本に飛びついた。橋本のことなど意に介さず、鼻水を垂らしながら彼に謝っていた。
本当にゴメンな。本当にゴメンな。俺のせいで妹さんが死んで。本当にゴメンな。お前のことなんにも考えてなくて本当にゴメンな。と。
それに対して橋本は、湯浅の肩を両手で軽く押して顔を自分から離すと、彼に向かってこう告げた。
「そんなことどうでもいいので、詳しい現状を教えてください」
この橋本の言葉に、彼の同僚たちの表情が一斉にこわばった。
橋本の口調と表情は、謹慎前と一切変わっていなかった。だが彼、彼女らは、指示を出さないと日頃のルーティンワーク以外何もしなかった橋本が、自分から事件の話を聞いてきたことに驚いていた。今までの彼ならありえない発言だった。
しかし湯浅と山下を含めた全員が、彼が考えを改めてみんなと仲良くしようとしているようには見えなかった。変化があったのかなかったのか、その加減も分かりにくかった。
「和製切り裂きジャックに関する、まだ世間に公表していない情報、あるんですか?」
誰も自分の質問に答えないので、橋本がさらなる催促の言葉を伝える。
湯浅は涙と鼻水をスーツの袖で拭うと、橋本に事件の現状の情報を教えた。自分の足跡をまるで残さないこの男に関する情報はわずかで、そのすべてが世間に伝わっていた。
「じゃあ僕から皆さんに提案がありますので、全員席についてください」
現状を把握した橋本は、固定電話の録音音声ガイドより冷たい口調で全員に指示を出す。
こうして活力のない湯浅たちはエレベーターに乗り込み、誰一人声を上げることなく七階に向かっていく。
今日も過去の事件データとのにらめっこをし、大した情報に行きつかないインターネットや街頭での情報収集をし、無意味な時間に体力を使って一日が終わる。次に家に帰れる見込みもない。そう考えただけで一課のある部屋に向かう全員の足取りが重くなる。
湯浅たちは事務員が鍵を開けておいた部屋のドアを開け、それぞれ自分のデスクに向かおうとする。
その時だった。
「……。橋本か」
一課の群れの先頭に立っていた湯浅が、すでに室内にいた一人の男に声をかけた。
彼は確かに橋本だった。今日から勤務再開だったが、どうしようもない疲労から、誰もがそのことをつい一秒前まで忘れていたのだった。
スーツ姿の彼は、窓からの朝焼けに照らされながら自分のデスクに座り、何かの書類に目を通していた。表情はいつも通りのポーカーフェイスだったが、その疲労感を感じさせない表情は、湯浅たちには一課の誰よりも活力に満ちているように見えた。
湯浅は目から涙が溢れ出させ、すぐに橋本に飛びついた。橋本のことなど意に介さず、鼻水を垂らしながら彼に謝っていた。
本当にゴメンな。本当にゴメンな。俺のせいで妹さんが死んで。本当にゴメンな。お前のことなんにも考えてなくて本当にゴメンな。と。
それに対して橋本は、湯浅の肩を両手で軽く押して顔を自分から離すと、彼に向かってこう告げた。
「そんなことどうでもいいので、詳しい現状を教えてください」
この橋本の言葉に、彼の同僚たちの表情が一斉にこわばった。
橋本の口調と表情は、謹慎前と一切変わっていなかった。だが彼、彼女らは、指示を出さないと日頃のルーティンワーク以外何もしなかった橋本が、自分から事件の話を聞いてきたことに驚いていた。今までの彼ならありえない発言だった。
しかし湯浅と山下を含めた全員が、彼が考えを改めてみんなと仲良くしようとしているようには見えなかった。変化があったのかなかったのか、その加減も分かりにくかった。
「和製切り裂きジャックに関する、まだ世間に公表していない情報、あるんですか?」
誰も自分の質問に答えないので、橋本がさらなる催促の言葉を伝える。
湯浅は涙と鼻水をスーツの袖で拭うと、橋本に事件の現状の情報を教えた。自分の足跡をまるで残さないこの男に関する情報はわずかで、そのすべてが世間に伝わっていた。
「じゃあ僕から皆さんに提案がありますので、全員席についてください」
現状を把握した橋本は、固定電話の録音音声ガイドより冷たい口調で全員に指示を出す。
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