イレブン

九十九光

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♯2ー3

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 ようやく話の本筋に入って、四月四日月曜日の朝六時五十分頃。私はこの自宅の一室の、安いパイプベッドの上で目を覚ます。

 二度寝したいという願望を打ち払い、食パンを一枚袋から取り出し、冷蔵庫で瓶詰になっているイチゴジャム(もちろん既製品)を塗る。そして時間がなくて新聞を読めない代わりに、その年の七月の地デジ化に備えて買い替えた薄型テレビをつけると、名古屋テレビが放送するローカルのニュース番組を見ながら粗末な朝食を済ませるのだ(ニュースなんて興味はないが、まったく見てないと子供の手本としてまずいことになる)。それが終わると、量販店で買ったクマ柄のパジャマから、無地で色気のない『中学校 女性教師 服装』で検索すれば出てくるような服に着替えて、カラッと晴れた晴天の中を、愛車のパッソ(別に愛着があるわけではない)に乗って学校へ向かう。この間、わずか三十分である。

 ルートとしては、しばらく南に進み、BOOK・OFFのある十字路を西へ曲がる。歩いている老人に気をつけながら左手に畑が見える道を走り続け、学校そばにあるため池が見える十字路をまた南へ曲がると、教職員用の学校西側の校門から東中学校に入ることができるのだ。

 こうして七時三十分。私が職員室に入ると、すでに半分くらいの先生がやってきていた。この日が始業式ということもあり、普段なら部活の朝練で席を空けている先生たちも、自分のデスクで事務作業するなり、コーヒー片手にほかの先生と談笑するなりしている。室内全体に「おはようございます」と言えば許される職場なので、私はその挨拶をするとさっさと自分のデスクに向かい、引き出しの中の配布物を確認する。私が担当する三年二組の人数分、二十九枚印刷された、合わせて三種類のA4用紙だ。配る直前になって足りないとなると面倒なので、前日刷ったこれらを改めて確認する。

 するとその時、自分の左側からこの日初めて人に声をかけられた。

 「おはようございます、樋口先生」と、いつも通りのドスのきいた声で小林先生が話しかけてくる。服装はこの日も芋ジャーだ。

「あ、おはようございます」

 不意を突かれた私は慌てて彼女の顔を見上げて返事をする。万年文化部で厳しい練習と規則の順守を強制された経験がない私としては、やっぱりこういう人と接するのが一番精神的に堪える。

 この私の反応を受けて、小林先生は私の左肩に自分の手を置き、さらにこういう言葉を続けてきた。
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