イレブン

九十九光

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♯5ー6

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「あ、車で来てるんで、お酒はちょっと……」

「大丈夫大丈夫。飲むんじゃなくて、晩飯一緒にどうかなってだけですから」

 自分の車に向かう直前、三島先生の言葉に対して、佐藤先生は軽く笑いながら飲酒を否定する。

 にしても珍しいこともあるものだ。佐藤先生がこんなお誘いをするなんてこと、今まで一度もなかったのに。いつまで経っても結婚できなくて、自分の部活にお手製のラザニアを振る舞うまでに料理上手になった新貝先生を見て怖くなったのか。いずれにしても職場の雰囲気次第では、この先女性教師たちから距離を置かれるようになってもおかしないお誘いだ。

 三島先生は「それなら……」と言ってこれを承諾した。一方の私は、「このあと私用がありますんで」とバレバレの言い訳で断った。

 二人の車が西門前ため池の十字路を北にまっすぐ進んで行くのをミラーで確認しながら、私はいつもの通勤路に沿って自宅に戻った。別に数日ぶりの我が家とかそういうわけではない。

 家に帰って部屋の明かりをつけると、私はなんの気なしにテレビをつける。画面はビートたけしが出演するバラエティ番組を途中から見せてきた。内容は、この間の菅総理大臣の浜岡原発停止要請に関する討論。今朝のニュース番組でも、福島の件を踏まえた各地の原発の停止が予測され、結果的に夏は深刻な電力不足になると予想する、という話があった。その時は、それを逆手に取ったクールビズファッションが紹介された。

 私はほかのテレビ局にチャンネルを変え、その内容を確認する。時刻が時刻なだけに、ドラマやバラエティ番組ばかりだった。鉄棒にぶら下がってジュースを飲むなんていう本当にバカな内容をやっているところもあり、東中の問題なんてどこ吹く風、という感じだった。

 私はテレビを切って、代わりに台所のコンロに火をつけて、水を注いだやかんをかけた。その間にシンク真下の納戸からチキンラーメンの袋を引っ張り出す。これのメーカーが震災直後にトラックを出して、避難生活中の人たちに無償で配ったという話を、ずいぶん前のテレビのニュースで見たのを思い出した。

 私はやかんのお湯が沸いたのを確認すると、安い陶器製の入れ物に乾麺を入れ、そこにお湯を注いでしばらく待つ。このインスタント麺は上から生卵を落とすのが一番おいしい食べ方らしいが、私はそこまでくどい食べ方は好きになれなかった。

 今頃三島先生は、見栄を張った佐藤先生のおごりでいいもの食べているのだろうか。
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