イレブン

九十九光

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♯5ー16

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「何度も言ってますよね。僕は誰かと仲良くしたいなんて考えてないって。それなのに先生や家の人みたいな大人は、みんなただただ『学校行け』『クラスメイトと仲良くしろ』って、どうしてそれが必要なのかっていう根拠もなしに言い続けて。しかも僕の家の人間に、『問題は解決しました』なんて嘘をついてでも、この考えを変えようとしない。うっとうしいを通り越して腹が立ちますよ。こっちはそんなことになんの価値も見出せないって言ってるのに。学校に来るなっていう意見があるならそれで結構です。それでこの問題が解決するなら、僕は喜んで不登校になりますよ」

 私は何も言えなかった。相変わらず、中学三年生とは思えない饒舌とひねくれた考えの持ち主だと思いながら、額に不快な汗をかきつつ教室前側の出入り口前で突っ立っていた。一度三島先生が、「そんなことないよ、内田君!」と、泣きそうな声で言い返したが、それ以上の言葉が出てこず、内田の心に響くような感じはしなかった。

 そこから教室内では、何十分も経過するような静かな時間が数十秒間流れ続けた。自分の行動をかばってあげた人間に否定された新貝先生も、こういう時のお説教担当みたいな立ち位置の小林先生も西川先生も、この間一言も発しなかった。

「なんだよ、その自分は不幸な人間なんだってみたいな言い方は」

 その静寂を破ったのは石井だった。彼一人にギャラリーの注目が集まる。

「いい加減気づけよ。お前のそういうところが人から嫌われる原因だって。自分が世界で一番不幸な人間なんですとか、自分は大人に反論できる力がないんですとか、そんな風に言いたげな話ばっかりしやがってよ。その程度ならいくらでもいるんだよ。世界中どこにでも。それをお前は、自分だけがさも不幸だ特別だって感じに話を大きくしてよ。どうせ前の学校でもそういう話ばかりして、それが理由でいじめられたんじゃないのか、お前」

 そこまで言うと石井は内田に向かって前進し始めた。彼の一番近くにいた新貝先生は、あまりの出来事にショックを隠しきれない様子らしく、特に何をするでもなく石井をそのまま行かせてしまった。

 私も何もできなかった。石井が言ったセリフの意味を呑み込むことで頭の中がいっぱいだった。これから起きる乱闘騒ぎを予感しておきながら、私はその場に立ちすくんでいるだけで、自分から行動を起こせないでいた。

 その次の瞬間だった。

 ペンの落ちる音一つしない静かな教室の中に、一発の平手の音が響き渡った。

「いい加減にしないさいよ、空介!」
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