イレブン

♯５ー17

　泣きながら石井を平手打したのは、数学の深沢先生だった。隣の一組の教室で授業をしていた彼女は、騒ぎを聞きつけて後ろの出入り口から入ってきたのだ。

　誰かが体罰だなんだと騒ぐ間もなく、去年石井を担当したこのベテラン教師は、声を震わせながら言葉を続けた。

「あんた、どうしてそんなに人が変わったのよ！　どんな悪いことしても絶対にいじめだけはしなかったあんたが！　どうして内田君にはこういうことするのよ！　何か理由があるならはっきり言いなさいよ！」

　深沢先生の説教には教育的指導の意味合いが微塵も感じられなかった。悪事を働く生徒を更生させるために叱りつけるという目的がまるで感じられず、かつて手を焼いた教え子が信じられない行動をしていることに心から疑問を抱き、残念な変化を嘆き悲しんでいる、という様子だった。道徳の時間に教科書のお話に本気で感動して途中から音読できなくなったという伝説を持つ、この人らしい怒り方だった。

　そして教室の中で、さっき味わったばかりの静かな時間が再び始まった。全員の視線が石井と深沢先生に集まり、さながら学園ドラマのワンシーンのような光景が広がる。廊下の窓からは松田と三島先生が身を乗り出し、身じろぎ一つしないで二人の様子を観察していた。

　石井は観客たちの様子を、短いスパンで首を左右させながら伺った。突然の深沢先生の乱入に動揺しているのは明らかだった。

　やがて彼は、三十人以上の人々が見守る中、うつむきながらもその重い口をついに開いた。

「うちの母さんと里穂の母さんに、内田を学校から追い出せって言われた」

　すぐさま教室と廊下がざわついた。

　母親経由で名指しされた松田が、「ちょっと、空介！　それどういうこと!?」と、教室側に落ちてきそうな勢いでさらに身を乗り出す。新貝先生は私に内田の学ランを渡すと、「確認してきます！」とだけ言い残して教室を出ていった。西川先生はすごすごと美術室へ帰っていき、三島先生は動揺している松田のそばを離れようとしない。内田は小林先生に言われるまま自分の席に座り、ほかの生徒は、「よく言ってくれたわね。ありがとうね」と石井の肩を抱く深沢先生に注目している。

　我に返った私は、のりでカピカピになった内田の学ランを洗ったほうがいいと考えた。

「しばらく自習！」

　社会科教師の私は理科の授業中の二組でそう指示を出した。