イレブン

九十九光

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♯13ー4

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 電話の主は、以前聞いたことのある、あの薄幸の母親だった。

 私たち二人は、そのまま石井個人を中心に生徒の不登校問題についてお互いに謝罪しあった。彼女曰く、石井はこの日、母親が仕事から帰ってリビングのテーブルに上半身を投げ出して寝ている間に出かけてしまったらしい。彼の部屋の中を確認し、制服を着ていないことだけは分かっているとか。この時期に東中の三年生を持つ家庭なら、ほぼどこでも見られる光景だ。

 そして石井母がしたい話は、こんな分かりきったことではなかった。どんな顔でどんな体勢で電話をしているかまったく分からない彼女は、こんなことを聞いてきた。

「内田君に、テレビの取材を受けていただきたいんですけども……」

 何を言っているのか分からなかった。私が「テレビですか?」と確認の電話をすると、彼女は「はい」と返事をし、事の次第を説明した。

「Hテレビジョンの、『三十時間TV』って番組は知ってますよね?」

「ああ、毎年シルバーウィークにやるやつですよね?」

「はい。実は私の知り合いに、Hテレビジョンでディレクターをしている人がいまして……。今回のその番組で東北の震災を重点的に扱うことが決まって、兄の関係で私に声がかかったんです。それで、ほかに知っている被災者はいないかって聞かれて、内田君のことを教えまして……」

 ものすごい知り合いがいるな、この人。

 私は頬を引きつらせながら、自分の席に座っている内田に視線を向けた。パックの牛乳にストローを刺しているところで、聞き耳を立てているように見えなくもない感じがした。なんとなく、この場で本人に意見を求めるのは気が引けた。

「今からすぐはなんとも言えないので……。一応、本人の家に確認の電話を入れますので、大丈夫そうでしたらまたこちらから連絡させていただきます」

 この私の逃げの一手に対して、石井母は、「本当ですか……! ありがとうございます!」と、心底嬉しそうな様子でお礼を言ってきた。

 その後私は自分の携帯電話の電話番号を、喜びで息を荒くしている彼女に教えておいた。これ以上職場に仕事と無関係の連絡を入れられないようにするためだ。

 こうして興奮冷めやらない石井母が電話を切ったところで、私の中にとんでもない疲労感が舞い込んできた。

 正直言って、この少年にテレビ局が納得するような受け答えができるとは思えなかった。
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