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第2章 異世界攻略編

第42話 瀕死の獲物を狩り損ねたら。

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「と……こんな感じでしたかね」

 ルナはあっけらかんと口にした。
 今となっては昔の話。それが実はそこまで昔とも言えない話なのはさておき、彼女の心の中ではある程度整理がついている事なのだろう。

 第一階層、第二階層と攻略していくうちに心身共にルナは成長し、ただ暴力に怯えるか弱い女の子を卒業した。今では俺を守る立派な剣を果たしている。

『時が来たら、そのセレーネという少女の居場所を必ず突き止めて取り返す。その為のにも宛がある。どこで貸しを作れるかは流石にまだ分からないけど……』

 俺はルナと【契約】を交わした。
 ルナが俺に付き従い、行動を共にする理由だ。

「なるほど。だから今回の一件はこれ以上のないという訳だね」

 イレイスはすっと肩を竦めた。

「主、どうして貸しになるんですか?」

 純粋な疑問をルナは投げかける。俺がちっちっちと人差し指を振るとルナは限りなく低い声で溜息をついた。そんなにうざかっただろうか。

「それは俺達が今ここにいる理由と関係がある」

 俺は《演算領域》を使うまでもなく結論付けた答えに沿って説明を続けていく。イレイスも当然それを分かっていて、俺に説明を委ねた。

「シンシア・オルデンは今かなり危険な状態にあるんじゃないか。ただ回復を待てばいい……そんな甘い状況じゃないのは明らかだからな」

 この世界には回復魔法がある。
 なのに病院が存在するのは、回復魔法ではどうにもならない病気があるいはそれに類する深刻な状態にある者がここに搬送される。

「流石の推理力だ。シンシア様は今、とある『呪い』に犯されている。解呪・解毒・回復のどれを施しても無意味な程の深刻なやつさ」

「だから藁をも縋る思いで俺に相談を持ち掛けたって訳か。正直どうにかなるとはあまり思わないぞ。俺の『光魔法』はまだ熟練度も低いし」
「分かっている。でも、君しか頼る人がいないんだ」

 こうも頼み込まれては、断る事も出来ないか。

「分かった。何とかしてみるよ。ただその代わり」
「うん。奴隷の件は王国要塞こっちの方で調べておく。これでも一応副騎士団長だからね、各所にもそれなりの影響力がある」
「流石、職権乱用を厭わない正義の味方だな」

 交渉成立だ。

 奴隷は確かに人権の保障はされない。だが、動物愛護法のように嬲ったり殺したりといった最低限は保証されている。

 ルナから聞く限り、例の買い主は不当にストレスを与え、乱暴を働く癖がある。残されたセレーネがまともな暮らしをしているとは到底思えない実状だ。

 だからこそ、その証拠を押さえ買い主を摘発しセレーネを取り戻す。それこそが、【契約】の全容でもあった。

「さて、話はついたな」
「では早速シンシア様を……」
「あ、待て。その前に一つ聞きたい事がある」

 これはどうしても外せない用件。

「女神のゲームの詳細と、そんなゲームに参加している訳を教えろ。とぼけても無駄だぞ。お前の周囲が襲われた時点で参加者なのは見え透いている」

 イレイスは「手厳しいな」と首を力なく振った。
 それから意を決して彼は話を始めた。

「この世界には、五十人の転生者がいる。それぞれは互いのスキルと魔法を駆使して殺し合うデスゲーム。女神のゲーム勝利者は、一つ願いを叶えてくれる。それが、この世界で密かに行われていた物の正体だ」

 これは俺が知っている話の通りだ。転生者が殺し合うなんて、大国が核を片手に殴り合うような暴挙だ。この話を聞いただけでも、女神がろくでもない存在なのが伺える。

 しかし解せない点が一点。

 イレイスの性格は、正直に言ってしまえば冗談も通じるクラスの頼れるリーダーといった感じだ。味方も多く普通に暮らす分には全く苦労しているとも思えない。わざわざ人の命を刈り取り、あるいは自分の命を懸けてまで、このゲームに参加している意味が分からなかったが。



 イレイスは特に躊躇なく答えた。

「それは……あっちの世界のか?」
「ああ、そうだとも。僕が死んだのは、妹の見舞いへ行く行き道だったよ。その日は、一時間並んでも買えない絶品のケーキを、早朝から並んで買い寄せたんだ。妹に喜んでほしくて、そのサプライズにね。気が急いていたんだ」

 十年以上も前の話を、つい最近起こった出来事のように答える。

「横断歩道に躍り出た僕は、突っ込んで来たトラックに跳ねられて死んだ。どうだ、異世界転生物の主人公みたいな死に方だろう」

 イレイスは自虐気味に笑う。
 だが表情は決して笑っていなかった。

「お前の願いは……妹さんを救う事か」
「まあね。どんな願いでも叶えられるのなら、妹を残してこの世を去った罪の贖罪とするのが妥当だろう。どんな結果になるにせよ、『妹が幸せであって欲しい』。僕はそう願うつもりさ」


 この主人公め。
 コイツの横顔を思い切り殴ってやりたい。

 イレイスが世界を渡ったのは十年以上も前。今も妹が生きているという保証はない。だから、『妹の幸せ』という漠然とした願いを掲げているのだ。

 素でイケメンなのは罪だ。無自覚に女の子を惚れさせてきた極悪人に違いない。ライバルとなり得る人物をここで葬り去っておくのが正しい選択じゃないか?

「な、なんだい?」
「いや、仮にシンシアを救えたとして今後どうするつもりかと思ってな。相手に主導権を握られたままでは気も休まらないだろう」
「襲ってきた奴については、実は少し手掛かりがある」
「ほう? そうなのか」

 ならば反撃の手段も残されているか、と俺は少し安堵する。

「で、その手掛かりってのは?」


 
 俺は息を詰まらせる。

「シンシア様はあの日、地の迷宮へと向かっていた。目的は不明、だが僕の予想では何かしら決闘を申し込まれたのではないかと思う」
「決闘ねぇ」
「立場上最強を示す為にもノッたのではないですか?」

 ルナが横から口を挟む。
 確かにそれも一理あるか。

 イレイスは懐から何かを取り出す。
 ごつごつと角ばった蒼い宝石のようだった。

「これは?」
「『転移石』だ。知らないか? 自前に場所を設定しておけば、任意のタイミングで転移できるそうだ。冒険者はよくこれを地上に設定して帰還するそうだが……」
「俺は知らないけど」

 どうせ高価な課金アイテムとかそういう口だ。
 いつでも即帰還できるなんて甘えにも程があるな。

「シンシア様はこれを

 転移石の頭をコツンと突く。
 グラグラと揺れて、机の上で倒れた。

「一つは地上。もう一つは、三層に設定してあったそうだ」
「だから、手掛かりは三層って訳か」

 俺は考えを纏める。
『転移石』を《鑑識眼》で調べた。

『転移石』
 一度行った場所に転移できる石。
 事前にセットして他人に渡す事も可能。

「つまり決戦の場所は、三層。刺されたのも恐らくそこか。シンシアは何とか生き延びようと予備で持って来ていた転移石を消費し、地上に戻った」

 どう転んでもシンシアが負けた事には変わらないが。
 これが大まかな事件の真相だろう。

 あとは誰が刺したかだけど。
 それは本人に聞くのが早そうだ。

「じゃ、急ごうぜ」
「急ぐって……?」
「おいおい、危機感がないな」

 俺は全身の血が騒ぐのを抑えながら答えた。

?」

 ルナとイレイスは同時にハッとする。

「そうだ。

 その前にキーパーソン。
 
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