42 / 58
第2章 異世界攻略編
第41話 どっちかを救う勝負なんだよ。
しおりを挟む
何のムードもない会話からそれは始まった。
『これは取引だ。お前は俺の剣となれ。そうすればきっと、お前がかつて捨て去った願いを叶えてやるさ』
その時の情景、口調、主の表情に至るまで、つい先程あった事のように思い出せる。
「まず、俺とお前はまだ弱いだろ?」
「だから何だって言うんですか!」
「助けに行っても犬死するだけ。無策に、そして無謀に相手へ挑むのは愚者のやる事だ。敵が誰で、どこに拠点を構え、奴らが何を目的としているか。それを洗い出してからようやく『戦い』になる。そしてそれを暴くのは今じゃない」
極めて冷静に。まるで駒を動かす指揮官のような、達観した双眸で主は答える。必要な情報を精査し、勝ち筋を見出して初めて彼は動ける。主は最初、そう言った。
私は……言い返せない。
「さて、共闘関係を築くにはまず味方を深く知る事が大切だ。て訳で、お前の事情を聞かせてもらおうか」
打ち解ける最初の一手。
私に情報の開示を請求する。
私はそれを素直に応じた。
それ以外に縋る手はなかった。
「私は、とあるゲームを受けました」
思い出すだけでも忌々しい記憶。
◇
「こいつとこいつ。両方買った」
「畏まりましたぁ」
私を購入した男は、やさぐれたチンピラのような風貌だった。
私の隣にいる『犬人種』、親友のセレーネと肩を寄せ合いながら震え上がる。
その時点で私の人生が途絶えた事を悟った。だが、唯一の救いだったのは、そのセレーネと同じ場所にいられるという事。きっとこれからは耐え難い苦痛を受けるだろうけれど、彼女といればどんな辛い事にも耐えられるはず。
「ルナちゃん……」
安心させるように私は無理に笑った。
牢から出された私とセレーネは男を見た。卑しい笑みを浮かべていたが、単に性的に見ているという風ではない。
寧ろ、生粋のエンターテイナーとでも言うべき目で私とセレーネを見比べると、ぽんと思い付きでこう口にした。
「ゲームをしようか」
その瞬間に地獄は始まった。
男は続けて語る。
「イヒヒッ、そうだ……ゲーム。じゃんけんをしよう。一回勝負、勝ったら奴隷から解放される。簡単だろ?」
「負けたら?」
「そのまま俺の奴隷ってだけ。どうだ?」
一見して何のデメリットもない勝負。
受けて損はない、寧ろ解放される可能性に掛けるべきだ。
「分かりました。では、やりましょう」
「オッケー、じゃあ二人共構えて?」
えっ、私の口からか細い声が漏れた。
「え、ああ何? 俺とじゃんけんすると思ってたの? 違う違う……じゃんけんをするのは、お前とそっちの『犬人種』でだ。さあ、早く済ませてくれよ」
全身が脱力する。この男は悪魔だ。
何を言っている、何が望みなんだ。
「そんなの……負けた方を見捨てろって言うんですか!」
「当たり前じゃん~俺二人もいらないし?」
なら買わなければ良かっただろう。
私は奥歯を強く噛んで怒りを露わにした。
「言っとくけど拒否権はない。どうしても嫌なら、隷属の首輪に命令して、二人にじゃんけんをしてもらう事になる。さあ、どうする?」
男は再び卑しい顔を浮かべた。
この男の狙いは、私の絶望する顔。
私とセレーネの仲を引き裂く悪魔の所業。
あは、あはは。
乾いた笑いが漏れ出した。
この男の言いなりになんて誰がなるか?
この男の願う結末には、決してさせない。
「セレーネちゃん。じゃんけんしよう」
「ダメだよ、どっちかを見捨てる勝負なんて」
「違うよ、セレーネちゃん。この勝負はね……」
見方を変えるのが大事なんだ。
これは、どちらかが奴隷になるゲームじゃない。
「どっちかを救う勝負なんだよ」
私は手を握り締める。
このじゃんけん、私は全力で……負けてやる。
じゃんけんは、三分の一の確率ゲームではなく極度の心理戦が絡み合う勝負。相手を理解し、相手を想う心が強ければ必ずゲームを掌握する。セレーネを想い、セレーネを案じ、セレーネの為に全霊を賭した私が読み負けるはずもない。いつもセレーネを見て来た私だからこそ、彼女の出す手すらをも完璧に読み切って、盛大に負ける。
それが、私の……じゃんけんをするたった一つの理由。
「ッ!!」
目を見開く。
セレーネは緊張すると、必ずチョキを出す。
だから私は負ける確率の高いパーでセレーネを奴隷から解放する。
絶対に……ッ!!
私とセレーネは同時に手を出す!
「え?」
私は膝から崩れ落ちた。
現実を受け入れ難くて視界がグラグラと揺れる。
「そん、な……セレーネちゃん」
「ごめんね、ルナちゃん。私、分かっちゃうんだ。ルナちゃんは優しいから、絶対にパーを出すって。ごめんね……ごめんねっ、ルナちゃん」
セレーネはグーを出した。
私は、じゃんけんに勝った。
勝ってしまった。
泣きながらも、内心で安堵するセレーネの表情を見て、私は心が凍り付いた。私はセレーネを犠牲にして奴隷から解放された最悪の存在だ。生きる価値もない、結局は誰も救えない、力を持たぬ弱者だ。セレーネが凌辱される傍ら、私が幸せになっていい理由などない。
死のう。私はその時……決意した。
「イヒヒッ、良かったねえ……奴隷解放おめでとうっ」
ガチャン、首輪が外れた。
ずっと重荷になっていたそれが外れて首と肩が驚く程軽かった。人権が尊重され、私が自由人の一員となった瞬間は、全生命の中で一番最悪の心地だっただろう。
自由なのだから、何をしても構わない。
「……ばいばい、セレーネちゃん」
私はそう言って、奴隷商館を後にした。
彼女が、私が自殺するつもりだと気付いたのは、私が出てすぐの事。強引に引っ張られながら、それでも名を呼んで泣き叫ぶ彼女の姿を街の人々は誰もが見ていたらしい。
「死ぬのか?」
「なら、私を飼ってくれますか?」
そしてあの海岸で。
私は、主に出会った。
『これは取引だ。お前は俺の剣となれ。そうすればきっと、お前がかつて捨て去った願いを叶えてやるさ』
その時の情景、口調、主の表情に至るまで、つい先程あった事のように思い出せる。
「まず、俺とお前はまだ弱いだろ?」
「だから何だって言うんですか!」
「助けに行っても犬死するだけ。無策に、そして無謀に相手へ挑むのは愚者のやる事だ。敵が誰で、どこに拠点を構え、奴らが何を目的としているか。それを洗い出してからようやく『戦い』になる。そしてそれを暴くのは今じゃない」
極めて冷静に。まるで駒を動かす指揮官のような、達観した双眸で主は答える。必要な情報を精査し、勝ち筋を見出して初めて彼は動ける。主は最初、そう言った。
私は……言い返せない。
「さて、共闘関係を築くにはまず味方を深く知る事が大切だ。て訳で、お前の事情を聞かせてもらおうか」
打ち解ける最初の一手。
私に情報の開示を請求する。
私はそれを素直に応じた。
それ以外に縋る手はなかった。
「私は、とあるゲームを受けました」
思い出すだけでも忌々しい記憶。
◇
「こいつとこいつ。両方買った」
「畏まりましたぁ」
私を購入した男は、やさぐれたチンピラのような風貌だった。
私の隣にいる『犬人種』、親友のセレーネと肩を寄せ合いながら震え上がる。
その時点で私の人生が途絶えた事を悟った。だが、唯一の救いだったのは、そのセレーネと同じ場所にいられるという事。きっとこれからは耐え難い苦痛を受けるだろうけれど、彼女といればどんな辛い事にも耐えられるはず。
「ルナちゃん……」
安心させるように私は無理に笑った。
牢から出された私とセレーネは男を見た。卑しい笑みを浮かべていたが、単に性的に見ているという風ではない。
寧ろ、生粋のエンターテイナーとでも言うべき目で私とセレーネを見比べると、ぽんと思い付きでこう口にした。
「ゲームをしようか」
その瞬間に地獄は始まった。
男は続けて語る。
「イヒヒッ、そうだ……ゲーム。じゃんけんをしよう。一回勝負、勝ったら奴隷から解放される。簡単だろ?」
「負けたら?」
「そのまま俺の奴隷ってだけ。どうだ?」
一見して何のデメリットもない勝負。
受けて損はない、寧ろ解放される可能性に掛けるべきだ。
「分かりました。では、やりましょう」
「オッケー、じゃあ二人共構えて?」
えっ、私の口からか細い声が漏れた。
「え、ああ何? 俺とじゃんけんすると思ってたの? 違う違う……じゃんけんをするのは、お前とそっちの『犬人種』でだ。さあ、早く済ませてくれよ」
全身が脱力する。この男は悪魔だ。
何を言っている、何が望みなんだ。
「そんなの……負けた方を見捨てろって言うんですか!」
「当たり前じゃん~俺二人もいらないし?」
なら買わなければ良かっただろう。
私は奥歯を強く噛んで怒りを露わにした。
「言っとくけど拒否権はない。どうしても嫌なら、隷属の首輪に命令して、二人にじゃんけんをしてもらう事になる。さあ、どうする?」
男は再び卑しい顔を浮かべた。
この男の狙いは、私の絶望する顔。
私とセレーネの仲を引き裂く悪魔の所業。
あは、あはは。
乾いた笑いが漏れ出した。
この男の言いなりになんて誰がなるか?
この男の願う結末には、決してさせない。
「セレーネちゃん。じゃんけんしよう」
「ダメだよ、どっちかを見捨てる勝負なんて」
「違うよ、セレーネちゃん。この勝負はね……」
見方を変えるのが大事なんだ。
これは、どちらかが奴隷になるゲームじゃない。
「どっちかを救う勝負なんだよ」
私は手を握り締める。
このじゃんけん、私は全力で……負けてやる。
じゃんけんは、三分の一の確率ゲームではなく極度の心理戦が絡み合う勝負。相手を理解し、相手を想う心が強ければ必ずゲームを掌握する。セレーネを想い、セレーネを案じ、セレーネの為に全霊を賭した私が読み負けるはずもない。いつもセレーネを見て来た私だからこそ、彼女の出す手すらをも完璧に読み切って、盛大に負ける。
それが、私の……じゃんけんをするたった一つの理由。
「ッ!!」
目を見開く。
セレーネは緊張すると、必ずチョキを出す。
だから私は負ける確率の高いパーでセレーネを奴隷から解放する。
絶対に……ッ!!
私とセレーネは同時に手を出す!
「え?」
私は膝から崩れ落ちた。
現実を受け入れ難くて視界がグラグラと揺れる。
「そん、な……セレーネちゃん」
「ごめんね、ルナちゃん。私、分かっちゃうんだ。ルナちゃんは優しいから、絶対にパーを出すって。ごめんね……ごめんねっ、ルナちゃん」
セレーネはグーを出した。
私は、じゃんけんに勝った。
勝ってしまった。
泣きながらも、内心で安堵するセレーネの表情を見て、私は心が凍り付いた。私はセレーネを犠牲にして奴隷から解放された最悪の存在だ。生きる価値もない、結局は誰も救えない、力を持たぬ弱者だ。セレーネが凌辱される傍ら、私が幸せになっていい理由などない。
死のう。私はその時……決意した。
「イヒヒッ、良かったねえ……奴隷解放おめでとうっ」
ガチャン、首輪が外れた。
ずっと重荷になっていたそれが外れて首と肩が驚く程軽かった。人権が尊重され、私が自由人の一員となった瞬間は、全生命の中で一番最悪の心地だっただろう。
自由なのだから、何をしても構わない。
「……ばいばい、セレーネちゃん」
私はそう言って、奴隷商館を後にした。
彼女が、私が自殺するつもりだと気付いたのは、私が出てすぐの事。強引に引っ張られながら、それでも名を呼んで泣き叫ぶ彼女の姿を街の人々は誰もが見ていたらしい。
「死ぬのか?」
「なら、私を飼ってくれますか?」
そしてあの海岸で。
私は、主に出会った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
206
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる