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case3 異国日本からの転移者
ストーカーという噂。
しおりを挟む「唖者ってなんだっけ」
冒険者ギルドの帰り道、奥山が俺に尋ねた。
奴隷の少女、アンネは隣をてくてくと歩いている。
特に凶暴で主人を襲うといった弊害でなくてよかった。
「口が利けない人を言います。彼女は『歌唱』の『恩恵』を持っていますが、現在ではその影響もあって使用不可能。それ故に、性奴隷としての価値を買われて、金貨五枚に収まったといったところでしょうか」
「せ、性奴隷だって!?」
驚くな奥山。童貞がばれる。
「べ、別にそんな期待してないけどさ~?」
アンネの胸をちらちら見ながら言うな。
「で、どうするんだ。まさか、本当にせ……性奴隷として買った訳じゃないんだろ。僕が求めているのは無双であってハーレムじゃない」
「無双はハーレムと必要十分な関係じゃないと」
「数学みたいに言うな!」
数学ネタが通じるのはいかにも日本人だな。
とはいえ、アンネが唖者であるままではいけない。
帰って対策を考える事にする。
『恩恵』『歌唱(※)』
(※)現在は使用不可
使用不可の詳細を開く。
『黒竜王の呪い』
厄介だな。障害ではなく、呪いの類だ。
治療してはい終わりとはいかない。
その瞬間、俺はふと建物の上を見た。地面からだと角度がきつく、見上げても誰も見当たらない。今のは気のせいだったのだろうか。
「どうしたの?」
「いや……誰かに見られている気がしたもので」
「いいねえ。そういうの格好いいよ」
俺は冗談で言っていない。先程の盗賊紛いの人間ではない、確かな実力者が俺を監視する目的で見る視線の様に感じた。考えすぎかもしれないが、ここは早く立ち去る事にした。
ギルドへ戻る前に女性用の私服を購入する。大通りに面する服屋なので、治安は回復した。突然財布を盗む輩も、この辺りにはいないはずだ。
服に関しては男二人なのでよく分からなかったが、清楚系のワンピースを着せておけば奥山がきっと喜ぶ。主人が喜ぶ物を着るのが、奴隷の役目なのだ。
冒険者ギルドの裏口から中に入る。
「では、奥山様。先程の部屋へ一度お戻りください。アンネは更衣室で着替えさせてきますので」
「ま、待て。変な真似するなよ。その子は僕のだぞ」
「はは……しませんよ」
俺を何だと思っている。
独占欲が強すぎるのも困りものだ。
女性用更衣室へ導くと、先ほど買った服を与えた。
「一人で着れるな?」
こくん、とアンネは頷いた。
いつまでもみすぼらしい格好をさせてはおけない。
俺は制服に着替えると、奏が待つであろう場所に訪れた。奏はアイシャと何かを話している。なんとアイシャが奏に異世界の言葉を教えていた。
「どうです、話せるようになりましたか?」
「あはは……流石に数分では何とも。ですが、凄く努力は伝わってきます。ベリアルさんが心を赦すのも納得しました」
アイシャは俺が誰にも心を開かない堅物と思っている節がある。確かに俺は、生前の記憶から人と一定の距離を取るようにして生きてきたが、俺は仲が良ければ普通に話す。
「奏。帰って来たぞ」
「何してたの?」
奏は少々ご立腹だった。
むう、と頬を膨らませ怒りを露わにする。
「え……」
何と言おうかと逡巡する。
「怪しいお店じゃないよね」
ジトっと俺を訝しむ目。
奏の上目遣いから逃れる様に体を捩ってなんとか答える。
「逆に奏は俺がこんな昼間から歓楽街に行ったと思っているのか?」
「た、確かに……そうかも。ごめん」
何とか難を逃れた。まさか馬鹿正直に奴隷を買いに行っていました等と言えば、最悪の場合口を聞いてくれなくなるくれなくなるかもしれない。
多少罪悪感を抱いたが、業務の範囲内だ。毅然とした態度を振る舞った。
「それはそうと奏、奥山って子と何か因縁でもあるのか? 顔を合わせたくないとか何とか言ってたが良かったら教えてくれ」
奏は少し迷いながらも答えた。
「実は奥山君は……」
俺にとっては思いもよらない事実だった。
「昔、ストーカーだったんだよ」
奥山忍には、とある噂が立っていた。女子生徒を一日中付け回す変態野郎だと。勿論本人は否定したが、最後には学校が介入する事態にまで陥ってしまった。
噂の出所は不明だが、何しろ確たる証拠がない。
結局警察沙汰になる事はなかったが、クラスでは浮いた存在になってしまった。元々二次元好きのオタクというカースト下位の影響もあってか、大多数の人間は彼を忌避した。
今回の追放もその辺りが原因なのかもしれない。
「噂は噂だろ。奏が信じる根拠はあるのか?」
「そのストーカー被害を告発したのが、実は奏なんだ」
ああ、そういう。
ストーキングしている対象が奏だけだとは限らないが、避けるには十分な理由だ。奏と引き合わすのは危険だと言える。
加えて、奏の追放を受けての剣崎の暴挙に振り回された。
二重の意味で奏が原因の被害に合っているとも言える。
「詳しく、話を聞いてもいいか?」
「別に大した事じゃないよ。奏は気付かなかったけど、周りの友達がね。奥山君が奏の後ろを付け回してる所を見たから先生に相談したらどう? みたいな感じで」
実害があった訳では無い……か。
先生へ相談する事で、疑惑が晴れたらいいや程度に思っていた。
それが、噂好きの生徒によって広められ大事になってしまった。
誰が一番悪いとも言えない、災難な事故だな。
「分かった。なら奥山の件は俺一人で対処する。奏は……」
隣で通常業務に戻っていたアイシャを一瞥した。
「アイシャさんと話すなりして時間を潰しておいてくれ」
「うん……ごめんね。変な事に巻き込んじゃって」
申し訳なさそうに奏は首を垂れた。
俺は頭に軽く手を置くと、その場を離れた。
そろそろアンネが着替え終わった頃だろう。
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