ゾルダーテン ――美女と野獣な上下関係ファンタジー物語

熒閂

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Kapitel 05

北国の饗宴 01

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 ヴィンテリヒブルク城宿舎内の一室。
 ビシュラはトラジロから修復プログラムを施されていた。街へ出掛けた際にまったく偶然巻きこまれた強盗事件で被弾した傷だ。
 ビシュラはデスクの上に腕を置き、トラジロは彼女の二の腕の辺りに手を翳していた。

「お忙しいのにお手を煩わせてしまい申し訳ございません、騎兵長」

「別にこれくらい気にすることはありません」

 トラジロはビシュラを遠慮がちな娘だと思い、クスッと笑った。
 同じ大隊の仲間なのだから、負傷をした者がいれば手を貸すのは当然のことだ。ましてやトラジロは騎兵隊の長。傷ついた隊員を放っておくわけがない。

 しばらく施術を施したのち、トラジロから「もういいですよ」と一言あった。

「パーティまでには消せそうだ。良かったですね、ビシュラ」

「い、いえわたしも三本爪飛竜リントヴルム騎兵大隊リッターの一員。この程度の傷を気にするなどッ」

「気にしなさい。キミは女性なのだから」

 ビシュラは椅子に腰かけたままシャキーンッと背筋を伸ばした。
 トラジロはデスクに頬杖を突いてクスクスと笑った。

「キレイに消してみませますよ。キミに傷が残ると人のことを無能だの給料泥棒だのとヴァルトラムが煩さいでしょうからね」

 ヴァルトラムは人に頭を下げることを知らない。頼み事をするときでも、聞き入れられることが当然であるかのように不遜に振る舞う。
 強盗事件のあと、ビシュラを連れてきてトラジロに施術を頼むときも命令しているようなものだった。できないのなら無能な騎兵長だと面と向かって断言したものだから、ビシュラのほうが青くなった。

「その節は大変ご無礼を……その、申し訳ございません」

「まあ、それはもうよいのです。私もなるべくならキミには無傷でいてもらいたい」

「?」

 キョトンとしたビシュラの真ん前に、トラジロがピッと人差し指を立てた。

「だから、ケガをするような危険なことには首を突っこまないこと。いざとなったらヴァルトラムを盾にしなさい。いいですね? キミは非戦闘員なのですから交戦する必要は無いのです」

「上官を盾に、ですか💧」

「ヴァルトラムはよいのです。ちょっとやそっとではビクともしません」

「確かに生身で銃弾を弾き返したときはビックリしました。わたしはてっきり《装甲パンツェルンク》を起動されたのかと」

「アレは規格外なのです。その辺の銃弾や刃物じゃ傷ひとつ付きません。頑丈すぎて忌々しい」

 トラジロは苦々しい顔をして言った。本来であれば、同じ隊の仲間が怪我をしないことはよいことだが。

「ああ、そうそう。キミたちが捕まえた強盗団、ニュースになっていましたよ」

 トラジロはデスクの上のディスプレイに手を翳した。指先で数回操作して該当の記事を見つけた。記事はこの地方のトップニュース扱いだったが、ヴァルトラムとビシュラの名前は一切出てこなかった。

「この件ですが、拘束してその場の方たちに任せてきてしまったのですが、適切な対応だったでしょうか?」

「ええ、問題ないです。土地の事件は警察隊に花を持たせたほうがいい。強盗を捕まえようと殺人を止めようと、私たちの益にはならないのだから。ヴァルトラムに銃を向けて蹴り殺されなかっただけ犯人たちは運が良かった。ところで、何故ヴァルトラムは殺さなかったのです?」

「え?」

 ビシュラはポロッと聞き返した。トラジロが、まるで殺すことが当然の帰結であるように言ったから。
 彼らにとって殺すという決定は、交戦という展開の結果として至極当然だ。あの時のヴァルトラムには一切の迷いが無かった。そしてまた、目の前のトラジロにも悪意は無く、純粋な疑問でしかない。
 ビシュラは、トラジロとヴァルトラムとは異なる思考や価値観を持つ者同士であり、だから時に反目するのだと考えていたが、実はそうでもないらしい。両者ともとどのつまり、同じ条件が揃えば同じ決定を下す。同じ穴のムジナ――――彼らは飛竜の大隊に属する牙や爪だ。

「相手が武装しているなら反撃してはいけない理由は無い。キミが負傷しているなら尚更だ。ヴァルトラムの口からブッ殺した、ではなく捕まえた、と聞いて少し驚きました」

「こ、殺す必要なんてなかったからです。歩兵長は強盗団を行動不能になさいました。無抵抗な相手を殺すなんてそんなこと……ッ。わたしが負傷したのは事実ですが、それでも殺すまでのことでは……ないと、判断しました。ですから、歩兵長に具申いたしました」

「そうですか、キミが」

「わたしの判断は間違いでしたでしょうか? ……三本爪飛竜リントヴルム騎兵大隊リッターの隊員として」

 ビシュラは上目遣いにトラジロを見た。叱られそうな子どもが顔色を窺うように。

「いいえ。キミは我が大隊の一員でありながら戦う必要が無いように、我々と同じ考え方をする必要は無い」

「それでよいのでしょうか。それではいつまでたっても隊員として相応しくなれないのでは……」

「よいのです。大隊長がそれを許しているのですから」

「大隊長が?」

「大隊長がキミに期待していること、それは三本爪飛竜リントヴルム騎兵大隊リッターらしく振る舞うことではない。むしろキミが〝そうである〟から大隊長はキミの入隊を受理したのだと、私は考えています」

「?」

 ビシュラは、トラジロの言葉の意図が分からず眉を顰めた。

「楽しいパーティになるといいですね」

 トラジロはニコッと笑って話題を転換した。
 ビシュラからは「えっ」と素っ頓狂な声が出た。

「キミはパーティにはあまり参加したことがないそうですね。グローセノルデン大公のパーティはそう堅苦しいものではありません。気負わずに楽しみなさい」

「楽しんでも、よろしいのですか?」

「勿論。そのためのパーティです」

 ビシュラは少しだけホッとした。職務関係のパーティに出席することは初めて。パーティとは言っても、好きなだけ飲んで食べて手放しで堪能するものではないのではないかと懸念していた。
 ビシュラは分かりやすくニコニコし、トラジロはフッと笑みを零した。

(ビシュラはその性格も能力も、今のところ唯一有効なヴァルトラムの枷だ。ビシュラにそのつもりはないだろうが結果的には大隊長の思惑どおり、ヴァルトラムの〝金の輪っか〟たる役目を果たしている。だが……それがビシュラにとってどうなのか、はまた別の問題だな)


  § § § § §


 訓練場。
 赤いラインで区切られた領域の内側には、ヴァルトラムと騎士のひとりが立っていた。フェイは領域の外側からふたりを観察する。
 騎士は長剣を大きく振り翳してヴァルトラムに斬りかかった。ヴァルトラムは剣の腹を手の甲で弾き返した。衝撃で騎士の体勢が大きく揺らいだ。がら空きになった脇腹を、ヴァルトラムによって蹴り飛ばされた。騎士は床に叩きつけられ、そのままゴロゴロゴロッと転がってライン際で停止した。
 緋はこれは戦闘不能だなと判断し、ラインの外側にいる騎士たちのほうへ顔を向けた。

「次の者」

 緋がライン上の牆壁を消し、騎士たちは倒れている仲間をラインの外へと引きずり出した。
 入れ替わりに別の騎士がライン内に入ってきた。ヴァルトラムの前に立ち、一礼。それから剣を構えた。
 その後もしばらくは数回の衝撃音と「次、次」と緋の声が淡々と連続した。それを何度も何度も繰り返し、ヴァルトラムは倦厭した様子で緋へと目線を遣った。

「オイ、フェイ。あとどんだけ続くんだ」

「定時になるまで」

「面倒臭ェ。残りは全部一遍に相手してやらァ」

「ダメだ」

 緋はキッパリと断った。
 ヴァルトラムは不満そうな顔で口を真一文字に結んだ。

「これは訓練なんだぞ。歩兵長にただ吹っ飛ばされるためにやってるんじゃない。ひとりずつ相手してやらないと意味がない。評価もちゃんとしてやれ」

「評価なんざねェ。コイツら全員すっトロいんだ」

 歯に衣を着せないヴァルトラム。ラインの外側に整列して待機する騎士たちは、ガーンッとショックを受けた。
 緋はヴァルトラムの発言など真面に取り合わなかった。

「歩兵長の目から見れば大抵のヤツはノロマだ。文句を言わずに仕事しろ」

 マクシミリアンが緋の横から、ヴァルトラムへ水の入ったボトルを差し出した。ヴァルトラムは栓を開け、ゴクッゴクッと豪快に音を立てて飲んだ。

「明日にはタダ酒が腹いっぱい飲めます。今日だけヤル気出してくださいよ、歩兵長」

「何の話だ?」

「歩兵長、またスケジュール確認してないんですか。明日はパーティっスよ」

「いつもどおりの宴会だろ」

 ヴァルトラムはボトルの中身をすべて飲み干し、その辺にポイッと投げ捨てた。「ちょっと歩兵長ー」と文句を言いながらマクシミリアンがそれを拾った。

「今回はユリイーシャ主催だ。パーティらしいパーティになるだろうな。ビシュラは喜んでいたぞ」

「そりゃ貴族臭ェモンになりそうだな、面倒臭ェ。俺ァパスだ」

 それを聞いたマクシミリアンは、ヴァルトラムの前でブンブンッと手を左右に振った。

「いやいやいや、ビシュラが行くなら歩兵長も行ったほうがいい」

 ヴァルトラムはピンと来ず、片方の額を引き上げて「あ?」と聞き返した。

「ウチの連中も騎士団もどう見てもビシュラに興味津々です。あれだけ若くて可愛けりゃ当然っしょ。仕事中ならまだしも、着飾って酒を飲むパーティともなれば声をかけちゃいけない理由がない。その上歩兵長の姿が無いなら放っておくわけがない。パーティ慣れしてないスレてなさそうな、しかも酒の入った小娘を連れ出すのくらい簡単ですよ」

「ああ、かなり浮かれているぞアレは」と緋。

「行く」

 ヴァルトラムはマクシミリアンと緋の話を聞いて即答した。

(チョロい男だな)

 大隊にビシュラが現れてからというもの、彼女をエサにすれば随分と話が簡単になった。ヴァルトラムという難物を動かすのにこれ以上に効果的な手段は無い。まあ、今回は職務のためや大隊のためではなくパーティに参加させようというのだけれど。


   § § § § §


 パーティの日。
 開始の数時間前から女性陣は準備に大忙し。
 ユリイーシャは自分以外にも、アキラとビシュラ、緋の分のコーディネイトまであれやこれやと楽しそうに選んだ。女性陣は使用人によって、髪や爪、メイクを見事に磨き上げられた。

「ユリイーシャ姫様。大隊長様がお越しになりました」

「あら、お早いお迎えね。余程ドレス姿のアキラ様が待ち遠しいのだわ」

 ユリイーシャがアキラのために選んだのはレモンイエローのドレス。やや開き気味の胸元、細くくびれた腰、腰から下のラインは大きく膨らんだデザインの、膝上の短めの丈。右耳の上にはキラキラと輝く大輪の花が咲いていた。
 室内に入ってきた天尊ティエンゾンは、アキラの許へまっしぐら。アキラの真正面で足を止めて無言でジーッと見詰めた。
 ドレスを着慣れないアキラは、堂々とできずに恥ずかしそうに俯き加減。そのまま十数秒間気恥ずかしさに耐え続けた。
 しばらくして、天尊は突然両手を広げて笑い出した。

「ハッハッハッハッ」

「何で笑うのティエン💧」

 天尊はアキラの前に片膝を突いた。アキラの白い手をスッと掬い上げ、アキラの目を真っ直ぐに見た。

「アキラは何を着ても似合うが、着飾ると想像以上だ。愛らしすぎてドールか妖精かと思ったぞ」

「ッ……!」

 アキラは顔を真っ赤にして口をパクパクと動かすしかできなかった。
 過ぎたる賛辞に恥ずかしすぎて思考停止。礼を言えばよいのか文句を言えばよいのか判断できなかった。
 それを見ていたビシュラは、ポカンと口を開いた。

「サ、サスガは大隊長ですね。ああいうことをサラリと仰有るから女性に人気がおありなのですね」

「いや、ただ女を褒めるためだけに大隊長があそこまで言うのはなかなか無いぞ。大隊長が女に傅くなんて珍しいこともあるもんだ」

 緋は、大隊長、大隊長、と天尊に呼びかけた。

「アタシたちには言うことないのか?」

 天尊はふたりのほうに顔を向けた。チラッと一瞥してすぐにアキラのほうに顔を引き戻した。

「ああ。ふたりともイイんじゃないか」

 なんて心の篭もっていない言葉。ビシュラは苦笑し、緋はハッと鼻先で笑った。

「アキラさんに接せられるのとは全然違いますね」

「予想はしてたがソレを上回ってムカツクな」

 天尊はビシュラと緋の不平など耳に入らなかった。アキラの手の甲にキスを落とし、それから額にキスした。着飾ったアキラに大層御満悦な様子だ。
 ユリイーシャは自分が仕立て上げたアキラに天尊が満足した態度を見せ、鼻高々だった。昔から自分が何をやっても天尊は気難しい反応しか見せたことがなかったからだ。

「とても可愛らしいでしょう? アキラ様のドレスも髪飾りも私が選びましたのよ、ティエンゾン様」

「俺はいま生まれて初めてお前を褒めてもいい気分だ、ユリイーシャ」

 天尊はそうは言ってもユリイーシャのほうなど一瞥もしなかった。
 ゴキゲンでスッと立ち上がり、アキラの手を取った。
 逞しい闘士型の肉体、ピンと伸びた背筋、いつもよりもピシリと整えられた霜髪、上等の正装に身を包み、紳士然と微笑む。華麗なドレスで着飾ったレディをエスコートするに相応しく振る舞う。

「さあ、パーティへ行こう」

 天尊も自身も普段の自分ではないみたい。衣装も、風情も、表情も、周りの空気も。気分は夢現。アキラは手を引かれるままに足を踏み出した。
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