ゾルダーテン ――美女と野獣な上下関係ファンタジー物語

熒閂

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Kapitel 05

受難 03

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 ヴィンテリヒブルク城・会議室。
 バタァンッ、とフェイは勢いよくドアを開けて会議室へ入ってきた。
 会議室内にはすでにトラジロと隊員がひとりおり、対面に立って何か報告を済ました後のようだった。
 緋は早足にトラジロへ近づきつつ、隊員のほうへ顔を向けた。

「パルスを受信したというのは本当か」

「ハッ。フローズヴィトニルソン領内からビシュラのものと思われる救難信号を受信。発信座標も観測済みです」

 隊員はしっかりした声でトラジロにしたのと同様の報告を緋にも繰り返した。

「やるじゃないか、ビシュラのヤツ。越境してパルスを飛ばせるとは」

 緋はほんの少し安堵の溜息を漏らした。
 緋がそのような仕草を見せるのは稀であり、隊員は一瞬目を奪われてしまった。獣人に拉致されたのが非戦闘員のビシュラと無力なエンブラであるアキラとなれば、緋の懸念が通常より大きくなるのも已むなしだ。

「これで境界を破る大義名分は立ちました。立ってしまいました……」

 安堵を見せた緋とは対照的に、トラジロは険しい表情だった。苦虫を噛み潰したような顔で部屋の壁紙を睨みつける。

「仲間が生きていて喜んでいる顔には見えないな」

「これで、生存していることも正確な座標も判明した。つまり、大隊長をお引き留めする理由がなくなってしまったということです……!」


 ヴィンテリヒブルク・厩舎。
 一定の間隔で地面に打ちこまれた杭に、騎兵隊隊員たち各自の飛竜が繋がれている。よく人と慣れ親しんだそれらは、普段は餌に有りつければ無闇矢鱈と騒ぐものではない。しかし、今は敏感に何かを察知し、しきりに短い啼き声を出して落ち着きがなかった。
 ほかの個体に比べ一回り大きな漆黒のそれ、天尊ティエンゾンの所有する電威ディアンウェイだけは、飛竜たちの喧噪のなかにあっても一声も上げず落ち着いていた。電威の眼前には天尊が立っており、ほかの飛竜たちの神経を刺激しているのが、主人の不興と知っているようだった。
 大隊長の不興となれば、無論その場にいる隊員たちこそ他人事ではなく、一様に緊張した面持ちだった。

「さっさと準備しろと言ったはずだ。たかが抜錨にどれだけ時間をかけている」

「し、しかしまだ騎兵長が……」

 腕組みをして電威のほうを向いて立っていた天尊は、隊員のほうへゆっくりと視線を移動させた。

「トラジロがどうしたって? 俺を誰だと思っている。アイツに言われてこの俺を引き留めているなら殺すぞ」

「そんな……ッ」

 騎兵隊の彼らにとって直属の上官であるトラジロの指示は絶対だ。また、飛竜の大隊を統率する大隊長の命令にもまた、絶対だ。殺すぞ、などと平時の冷静さの欠片もない発言をした大隊長に逆らうことなどしたくはない。しかし、トラジロがわざわざ大隊長の意向に反する指示をした意味の重大さも理解している。
 天尊の靴の爪先が自分へ向き、隊員はゴクッと生唾を嚥下した。

(俺、大隊長に殺される~~ッ)

「俺も乗せろ」

 助け船は意外な声の主だった。当の本人、ヴァルトラムは窮地を救うつもりなど微塵も無かったであろうが。
 天尊の視線が厩舎のなかに入ってきたヴァルトラムのほうへ向き、騎兵隊隊員はホッと息をついた。
 ヴァルトラムは大股で闊歩して天尊へ近づいた。

「お前の重量は電威ディアンウェイでも無理だ」

「ブーツ無しならいいんだろ」

「得物を置いて行くのか。お前が?」

 天尊が片眉を引き上げて意外そうに尋ね、ヴァルトラムはニィッと笑った。
 飛竜の荷重限界を考慮して自身の戦力を引き下げる判断をするとは、この戦闘狂にしては殊勝なことだ。この男を殊勝にさせたのは単純に逸早く大好物の荒事に有りつきたいからか、それともビシュラが拉致されたからか、否、そもそもビシュラにそれほどまでに固執する理由があるだろうか。
 ヴァルトラムをつつく材料はあったが、そのような瑣事は今の天尊にはどうでもよかった。ついてくるなら勝手にしろとばかりにヴァルトラムから目を離した。見たところヴァルトラムの装備はその身に背負える程度だ。この程度なら電威に乗せても速度にも然程支障は無いだろう。


「流石は大隊長と歩兵長。期待を裏切らないな」

 電威の抜錨を完了し、いよいよ騎乗しようかというタイミングで、緋とトラジロがやってきた。
 天尊は心底不機嫌そうな目付きをふたりに向けた。

「とめに来たのか」

「黙って行かせるわけにはいかないからな」

 緋がそう言うと、ヴァルトラムは指の骨をバキバキッと鳴らした。
 反抗すれば力で捻じ伏せようとするのはいつものことだ。その場にいる騎兵隊隊員たちはビクッと身構えたが、緋は流石のもので一瞬たりとも怯まなかった。
 緋はピッと天尊とヴァルトラムを指差した。

「いいか、アタシとトラジロはアンタたちふたりをとめようとした。だが、とめられなかった。大隊長と歩兵長が相手じゃアタシたちでもとめられない。これは非常に蓋然性が高い。もし誰かに問い質されても、この場にいる全員がそう証言する。これで大隊は免責だ。アンタたちの責は、アンタたちだけが負う」

 緋にそうしろと言われたら、拒否する者は大隊にはいまい。否、そのような者は大隊にはいられまい。大隊の男たちは皆、緋の信仰者のようなものだ。
 トラジロは眉間に皺を寄せて悩ましい表情だが、緋は腰に手を当ててニッと笑った。

「テメエら男だろ。られたものは、きっちりり返して来い」


 ヘルヴィン・グローセノルデンと連絡がついた頃、応対したのはトラジロだけだった。会議室にて空中に仮想ディスプレイモニターが出現し、ヘルヴィンの画像が出力されたときには、トラジロはすでに深々と頭を下げていた。
 天尊とヴァルトラムは出撃した、緋は引き留めるどころか賛同した、ならば残る瑣事すべてを掌握、調整するのがトラジロの役目だ。損な役回りだが、飛竜の大隊を健全に機能させるためだと受容するしかあるまい。
 トラジロの胸にあるのは諦念ではなく、おそらくは期待だ。飛竜の大隊の長にして象徴、大隊そのものである天尊が儘に行動することは、トラジロの望みのひとつでもある。

「……このような事態となり何と申し開きをしたらよいか、言葉もありません。御不在を任されておきながらこの失態、誠に申し訳ございません」

 ヘルヴィンは椅子に大股開きに腰かけ、肘置きに肘をついて頬杖をついていた。トラジロの言葉を聞くなりカッと息を吐いた。

「流石はティエンゾンが育てた騎兵長。頭を下げて謝罪してるっつうのに申し訳なさがまったくねェなあ」

「それは大変御無礼を」

 頭を上げたトラジロは、やはりその堂々たる態度と同じように申し訳なさそうな表情ではなかった。気後れした態度を見せさえすれば許されるというものではないが。

「現時点に至った経緯を今一度、私から御説明差し上げますと――」

「いや、いい。経緯は報告を受けた。……で、ティエンゾンはどうした」

 トラジロは口を開かなかった。
 ヘルヴィンからの問いかけは、当然の指摘だった。行軍を中断してまでヘルヴィン直々に応答したというのに、此方はトップではなく次官で応じるのは不足だ。応答できない理由があるのは明白だった。

「俺の返事が待てずに往った、か」

 天尊の性情を理解しているヘルヴィンには、その行動を想定することは容易だった。
 また、トラジロも否定しなかった。むしろ、事実といえども言いにくいことには違いないから、此方から切り出さずに済んだのは都合がよかった。ヘルヴィンが激怒してトラジロに当たり散らかしてくれるなら、さらに都合がよい。その批難を豪雨のなかに黙して立つ大樹のように、忍耐し続ければよいだけだ。それだけの覚悟は決めた。

「いいじゃねェか、戦争しようぜ」

 トラジロはヘルヴィンの目を真っ直ぐに見た。
 少々驚きが混じるその表情を、ヘルヴィンはハッと鼻先で笑い飛ばした。頬杖をやめて両肘を自身の太腿の上に置き、前傾姿勢になってゆっくりと口を開いた。空のような蒼髪とは対照的に、その目は煌々と燃え盛る。
 こういう目付きをする者は、決裁する者だ。大勢の人々を、自身に付き随う者共を、支配し使役する者共を、引き連れて巻きこんで使い潰して、失うことも背を向けられることも厭わず、時に合理や打算や策略を無視して、度外視して、唾棄して、下すべき決断を下す。己の名誉や正義、つまりは我欲のために。
 トラジロも騎兵隊の長だ。数多くの部下を従え、情況に応じていくつもの判断と決定をした。しかし、ヘルヴィンのような人物とは決定的に異なる。ヘルヴィンには情況に応じてなどという要素はまったく以て必要ない。外的要因など一切無くとも、己がこうしたい、こうするべきだと考えれば決定する。

「ユリイーシャの代わりにエンブラの娘が攫われたと聞いて、俺がティエンゾンをとめられる理由はねェさ。アイツらはよォ、俺の娘をそうするつもりだったんだ。急に掻っ攫って俺から引き離して囲っちまうつもりだったのよ。ンなヤツらをよ、許せるわけがねェ。何でそんな外道に遠慮してやらなくちゃいけねェのよ。俺に喧嘩売るたァ上等だ。打っ潰してやる」

 トラジロは言葉によってではなく雰囲気によってよくよく理解した。ヘルヴィンと天尊は似ている。そもそも物事の考え方が似ているから懇意にしているのか。それとも決断を下す立場にある者とは皆こうであって、当然に似通うものなのか。
 パンッ、とヘルヴィンは突然自身の膝頭を叩いた。トラジロを指差した。

「だが、一旦ティエンゾンは呼び戻せ。いくらお前らでも一国の王城に攻め入るのにその人数じゃ心許ねェ。装備も防備用だろう。兵も装備も貸してやるから俺が戻るまで待て」

「不要です」

 トラジロが素早く返答し、ヘルヴィンは目をやや大きくした。今度は彼のほうが少々驚いたようだ。
 トラジロは背筋を伸ばして二本の足で踏み締めた。

「大変有り難いお申し出ではございますが、謹んでお断り申し上げます。我が三本爪飛竜リントヴルム騎兵大隊リッターが大隊長・歩兵隊長揃っての出撃です。装備が不充分であろうと敵が何であろうと、敗北することなど万に一つもございません」

 天尊とヴァルトラムは三本爪飛竜騎兵大隊の最大火力にして最大戦力。その勝利は疑いようもない。それを疑うのならば三本爪飛竜騎兵大隊ではいられない。彼らはその勝利を信じ、号令ひとつで身命すら擲つのだから。
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