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■ヒーロー視点

こ く は く 2

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(言ったさ、たしかに、言った、けど……けど、それは、俺のことじゃなくてさ!)

 先生は馬乗りのままスラックスのベルトを緩めようとしている。我にかえった鳴瀬は慌てて手で制した。

「まままま待ちなさいって、俺の話を聞きなさいって、こら」

 と思ったら、視界いっぱいにどーんと、たわわなおっぱい。

「あわわわわ」
「鳴瀬さん! ほらちゃんと見て! Eカップ!」
「見ませんよ、見ませんって! 俺は何も……! もぉ、先生はほんと……走り出したら勢いが……」
「このかっこ、恥ずかしいんです! ほら早く見て!」
「俺だって恥ずかしいすよ。何がどうなってこうなったんすか……せめてもうちょっと説明……ていうか」

 目を覆ったままため息。まさか、先生に襲われるだなんて思ってもみなかった。年下の、経験のない女の子がその気にさせようと頑張るシチュエーション。全世界の男を喜ばすご褒美だ。どこでそんなこと覚えてきたんだ、さすがです。けどこれじゃ、指南役としては落第だろう。

「……俺だって、もうちょいかっこつけさせて欲しかったっす……」
「かっこいいです素敵です……鳴瀬さんのことばっかり考えてて……、締切、間に合わなかったらどうしてくれるんですか……こんなに優しくされて……こんなに好きに……」
  
 眼鏡も上着もなにもかも放り出した先生は、泣き出しそうな表情で鳴瀬を見下ろしている。
 ──なんで泣く。悲しいことなんてひとつもないのに。
 背に腕を回して抱き寄せる。
 ひっと息をのんだ先生と、何より浮かれっぱなしの自分を落ち着かせようと、薄い背中を撫で続けた。
 むき出しの肌はしっとりと柔らかで、どうしたって男の劣情をあおる。けれど、今は我慢だ。自分だって彼女に言わなくてはいけないことがあるんだから。

 どくんどくん、二人の鼓動がしだいに重なっていくような錯覚。
 しばらくそうしていると、先生はおそるおそる力を抜いた。鳴瀬の胸にもたれかかったタイミングで、 話しはじめる。
  
「優しくしますよ、そりゃ」
「……好きな漫画家だからでしょ」
「そう。そんで、かわいいですもん」
  
 何がどう、と具体的に考えるに、やはりこの必死さだろうかと思う。
  
「めちゃくちゃテンパって、でも一生懸命なとこ……若さが眩しい。この仕事も、一緒にいて合うなと思ってたし。俺だってこの場所、他のやつに譲りたくなかったです。信頼されて、慕われて……だから俺がそれを壊しちゃいかんだろって」

 『白石先生』の仕事ぶりを尊重すればするほど、この恋は遠ざかるはずだった。どれだけ鳴瀬が心を配ったところで、一方通行の心ではただの親切と思われて終わりだ。

「……でも、先生の方から、こえてきてくれるなら」

 向き合った彼女と視線が交わる。
 情けなくも緊張で震える手で、彼女の肩をつかむ。幸せの予感を噛み締めて、鳴瀬は目の前の人に思いを告げた。

「俺も応えていいんですかね。『好きな漫画家さん』じゃなくて……好きな人って、言っていいんですか」

 ――伝われ。そう念じて、たいせつに一言ずつ言葉を紡いだ。

「好きです、せんせ」

 いざというときなのに、言葉はそれしか浮かんでこなくて。
 これまで何千通りの恋愛シチュエーションを読破してきたのに、現実はこんなものだ。

 あっさりした告白を受け取った先生は、どこかほっとしたような、ちょっぴり拍子抜けしたような顔で、もう少し情緒がほしい、みたいなことを小さくうめいている。

「すみません、照れます、勘弁してください」
「ふ……ふふ、嘘です、いいんです。……すごく……嬉しくて……」

 花がほころぶように、彼女は笑った。

「本当にうれしい……。好きです、鳴瀬さんっ」

 半裸の先生にぎゅっと抱きしめられて、どうにかなってしまいそうだ。自分がさっきから必死に衝動を抑えていることなんて、この人は全然わかっていない。
 先生の細い肩に額を置いて、「あー……」と唸った。どうしたって顔がにやける。ふだん控えめなくせにこんなときは勢いがあって、でもまだ身体は震えている先生。頑張り屋でかわいい、唯一の人。

 そのまましばらくそっと抱きしめたままでいる。心臓がおかしいくらいにどきどきしている。  

「ああもう、かわいい。鳴瀬さん」

 先生はうれしそうにそんなことを言う。ちがう、いまかわいいと思ったのは自分のほうなのに。

「やられっぱなしな感じがして、悔しいっすね….…」
  
 裸の彼女を抱きしめたままソファに倒れる。ぷるんと揺れる乳房も、びっくりして目を見開いた顔も、彼女のぜんぶがいとおしい。
 けど、かわいすぎてちょっと意地悪をしてやりたくなるのが男心というものだ。これを機会に学んでいただこうと思う。

「さっき。……このあと、どう攻めてくれるつもりだったんすか?」
「ど、どう、って……」
  
 先生は恥じらって目を伏せた。
  
「い、入れちゃおうと」
「へぇぇ……。過激」

 それはそれで味わってみたかった気もする。自分の上になって腰を振る先生を想像する。見たい。ものすごく見たい。理性はあっけなくふきとんで、鳴瀬は自分の欲望を彼女の下半身にぐりっと当てた。

「それって、こんなふうに?」
「あっ!?」

 今すぐにでも抱きたい。むちゃくちゃにしてやりたい。

「あっ、やっ、やぁっ」

 服が邪魔だ。中に入って、隙間なく埋め込んで、ぐちゃぐちゃに犯してやりたい。よがる顔が見たい。自分にだけ聞かせてくれるこの声を全身に浴びたい。

「んっ、あっ」

 乱暴に突き上げても、彼女は素直に感じてくれている。お互いを高め合うこの行為は気持ちよくて、けど核心には触れられずもどかしい。

「ひぁっ」
「すごい眺め、すね……これ」
  
 揺れる乳房を掴んでやわやわと揉む。先生はびくんと身体を跳ねさせて、自分の指を噛んで身をよじった。
  
「あっ、あ、もっと……」
  
 甘い声で、ますますとけた顔になって、もっともっとと彼女はねだる。
 ──もっと……これ以上を?
  
「あっ、鳴瀬、さんっ」
  
 先生には本当に、煽られてばっかりだ。
  
「ごめん、シャワー浴びさして」
「あ……」
「ちゃんと、抱きたいから」
「っ……は、い」
  
 本当は少しだって離れたくないくらいだけど、今はこれで我慢しよう。
  
(隠せるはずないよな……こんなに好きにさせられちゃ)

 軽いキスだけでも飛びそうなくらいに胸は高鳴る。もっと気持ちいいことを、彼女としたい。愛の先にそれがあるのは当たり前と感じるくらい、心も身体も彼女を欲している。
  
「最初からやり直しましょっか……せんせ」
  
 今夜からは、新しい二人だ。

 金曜日はのこりあと少し。終電にはもう、間に合わなくていい。

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