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◾︎本編その後

ベッドの上のあなた2

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「……帰りがたい……」

 ひとっ風呂あびたら酔いが抜けたのか、もしくは酔い以外のなにかが抜けたせいか、鳴瀬はいくぶんすっきりした顔でベッドに沈んでいる。

「うーん、22時かぁ」

 着替えは、彼のお泊り道具として琴香の家に置いてあったパジャマを出した。
 ようやく動けるようになった琴香は、髪を乾かしてからベッドに座り直した。スマホ片手に寝転んでいた鳴瀬に手招きされたので近づくと、膝枕を要求される。

「泊まってくでしょう?」
「うーん、でも……明日の着替えがな……」
「今から洗って乾燥機すれば間に合いますよ」
「いや、しかし……一度それやっちゃうとなぁ……ずるずるとなぁ……」

 鳴瀬はスマホを放り投げて琴香の腹部に腕を回した。お腹に顔を埋めたままひとりでぶつぶつ言っている。

「きっと外は寒いですよー? せっかくあたたまったのに、湯冷めして風邪ひいちゃうかも」
「それなぁー……」
「明日のあさごはんは、鮭とお味噌汁と実家から送られてきた新米ですよー」
「琴香の手料理が俺を呼んでいる……」

(たぶんこれ、帰る気ないんじゃないかなぁ)

 葛藤している感じは伝わってくるけども。よしよしと髪をなでていると、そのまま寝ていきそうな感じさえある。
 この三か月で、だいぶ彼も素を見せてくれるようになったなぁと嬉しくなった。

「ふふ……鳴瀬さんて、けっこう私のこと好きですねえ」

 彼は「は?」としかめっ面を上げた。

「そりゃ好きですが?」
「いや……、なんと言いますか、意外でして」

 自分のほうがずっとずっと好きなんだと思っていた。けどこの甘え方からはさすがに伝わってくる。

「そっかぁ、大阪行って、私と会えなくなるのが本当に嫌なんですね」
「いやっすよ……だぁって、離れがたいじゃないっすか……自分の家に帰るのすらいやなのに、大阪……はぁぁ遠っ。憂鬱しかない」
「そうですねぇ」
「先生、淡白ッ」
「そんなことないですってば」

 そう見えるなら、自分の虚勢もなかなかのものだ。

「私だって、毎日一緒に寝たいと思ってますよ」
「寝るだけ?」

 上目遣いに問われた琴香は押し黙った。今の今まで可愛く甘えていたくせに、急に色気で押してこられても……困る。

「そう、ですね。顔が見られるだけでじゅうぶん、幸せですから」
「ふぅん……。よし、やっぱ今日泊まります。洗濯借りていい?」
「えっ? ど、どうぞ。乾燥機も使ってください」
「うん、でもそれはあとで」

 腕を掴まれたかと思ったら、さっきまで膝枕でまどろんでいた人にベッドに押し倒されてしまった。琴香はきょとんと目をまたたいた。

「ええと、これは?」
「俺はしたい、琴香は寝るだけでいい。それなら今から先生が『して!』っていうまで絶対やらないゲぇぇぇム。どっちかが寝るまでがリミットの、勝負です」
「はっ!? なにそれ! ていうかさっき、しましたが!?」
「なんか今日はまだイける気がするんすよね」

 妙な流れになってしまった。

「……鳴瀬さん、やっぱりまだ酔ってる?」
「はーい、スタート」

 首筋をぺろりと舐められてきゃあきゃあ大騒ぎする。一方で、あたまのなかの冷静な自分が少しばかり反省するのだ。ちょっと強がり過ぎたかもな、と。

 鳴瀬はもっと琴香に甘えてほしかったのかもしれない。行かないで寂しいと、素直に言ってほしかったのかもしれない。

(かえって不安にさせたかな。可愛くないって思われた……? でも、言っても……困らせるだけだしね……)

 けれど、それこそただの逃避なのかもしれない。もしくは二人の未来を深く考えていないと、誤解されてしまっただろうか。
 鳴瀬のこのいつもよりべったりした感じも、不安の裏返しだとしたら理解できる。

 彼以外の人に浮気なんてぜったいにしない自信がある。そもそも自分には出会いがないし……でも異動する鳴瀬は別だ。職場に女性はたくさんいるだろうし、社外の人間との付き合いも増えるだろう。営業の女性ってなんとなく積極的なイメージがあるし……。

(あ、どうしよ。……それは不安だな……)

 今までだってたくさんの女性と働いてきた彼だから、場所が変わったからってすぐに態度が変わるはずはないと思うけど。
 でも、恋ってたぶんそういうのをあっさり越えてしまうから。そもそも自分たちの始まりだってそうだった。

 なにかのはずみで彼の気持ちが離れそうになったとき、自分は遠く離れた場所で、ただ指をくわえて見ているしかできない。もしかしたら、その変化にすら気づかないのかもしれない。

 仕事と恋を両立できるかどうかって、世の中の男女にとって、永遠の課題なのだろう。


「──やっぱり、しよ。鳴瀬さん」

 琴香はそっと鳴瀬の手をおしとどめて、代わりに腕を抱きしめた。

「私の負けです」
「ん、どうした?」

 ふざけていたときとは違う優しい声音で、鳴瀬は優しく抱き寄せてくれる。

「ごめん、からかいすぎたかな。いいんすよ、寝るだけで。それだけで幸せなのは俺も一緒っすから」
「ううん……いっぱい、してください……」

 こうして触れられる距離に彼がいるうちに、たくさん欲しがっておかないと……どちらかが、頑張れなくなってしまうかもしれないから。

 自分からキスして、続きをねだる。鳴瀬はしばらくされるがままになっていたけど、サイドボードに置いてあるリモコンに手を伸ばして、部屋の電気を消してくれた。


 彼の引っ越しまで、あと三か月。
 覚悟をするには短すぎる準備期間に、心の底からため息がもれた。
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