かつて一夜を共にした皇子様と再会してしまいまして

紺原つむぎ

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伯爵令嬢と食客2

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 若いアデルは、目先の感情でいっぱいいっぱいだった。もしかしたら、叶わない初恋という悲劇に酔っていたのかもしれない。

 フェイロンはそんなアデルの内心を見透かすかのように冷めた目をしてアデルを見つめる。
 根比べのような睨み合いの後、やがて彼は荷造りの手を止めて腕を組んだ。

「いいでしょう。そこまで言うなら」

「へっ!? いっ、いいの?」

「自分で言っておいて、なんです、その反応は」 

「だ、だって……正直あまり、期待していなかったんだもの……」

「違いますね、お嬢様。あなたに足りないのは、覚悟ですよ」

 アデルはぎくりとして首をすくめた。

「男に身体を許すというのがどういうことなのか、あなたは本当の意味で覚悟ができていないんだ。やれやれ、こればっかりはあなたも深窓のご令嬢なのでしょう。男女の行為を、なにか神聖で美しいものだと勘違いしていらっしゃる」

「違うの?」

 アデルは寝台の上に身を乗り出し、フェイロンの顔を覗き込んだ。

「好きな人と結ばれるのは、素敵なことなんだと……思ってた」

 フェイロンは虚を突かれた顔をしたかと思えば、額を押さえて「はぁぁぁ」と深い深いため息をついた。

「な、なんでそんな、めいっぱい嫌そうにするのよ~……」

 彼は本当に、ぜんぜんアデルの思うとおりになってくれない。
 ため息をつきたいのはこちらのほうなのに。

「あのねえ、お嬢様?」

 フェイロンは半眼でじとりとアデルを見やった。

「僕とあなたは今、ギリギリの賭けをしてるようなものですよ。この国での僕の立場は、クラランテ家に匿われているただの食客……いや、留学生……? まぁ、商売人の卵、みたいなものでしかない。ですので、僕は自分が損をする取引はいたしません」

「と、取引……って、そんな言い方」

「未婚の、しかも世話になった恩人の娘に手を出そうというのですから、それって相当な罪でしょう? 僕はこの秘密を墓まで持って行くことになるでしょうよ。もちろんあなたもだ。お互い、一生、互いの思い出にとらわれるのです。あなたにその覚悟がおありなんですかねェ」

 強くまくしたてられて、アデルはますます意地になった。

(私がどれだけあなたを好きか、知らないくせに!)

 どれだけ寂しく思っているか知らないくせに。
 今夜、手に入れたい。なんとしても。その気持ちだけで彼の襟元を掴む。

「覚悟ならあるわ! 見くびらないで……! そんな、軽い気持ちで言ってないんだから」

「ふぅ~ん……? 一生つきまとう罪悪感以上の、素敵な思い出とやらを僕にくれる、と」

「や、約束するわ」

「はは……健気なことで」

 突然肩を押され、アデルは寝台に倒れ込んだ。
 目の前に彼の闇色の瞳がある。長い前髪がアデルの頬をくすぐる。
 頭を包むように撫でられ、至近距離でうっすら微笑まれ、息が止まるかと思った。

「損かどうかは……味見をしてから決めても、いいかもしれませんね」

 彼の吐息が唇に吹きかかる。
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