かつて一夜を共にした皇子様と再会してしまいまして

紺原つむぎ

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思い通りにならない人

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 アデルの両腕はフェイロンに掴まれシーツに押し付けられてしまう。全身で覆い被されると、完全にこちらが支配される側であると思い知る。

 薄い夜着ごしに伝わる生々しい体温と、かたい男の身体。どれだけ力を入れても、握られた腕はびくともしない。

「ほら、こわいでしょう」

 フェイロンは戸惑うアデルを嘲るように目を細めた。

 こわくないといえば嘘になる。けれど、身体を暴かれる恐怖に負けてここで引き返してしまったら、きっとずっとこの先、彼はアデルの未練になるに違いない。

(今夜が……これが、最後、なら)

 鼻先が擦れ合う。唇と唇はあとわずかに触れ合わない距離にある。
 焦れたアデルは意を決して、自分から首を傾げて彼に唇を押し付けた。 

「ん……」

 触れるだけのキスをしただけで、心臓はばくばくとうるさく騒ぐ。しんと静まった夜の客間では、時計の秒針の音と、アデルの心臓の音ばかりが響いているように思えた。

 触れ合っていても、フェイロンの手は、唇は、なかなかアデルに応えてくれない。まるで壁にキスしているかのような淡白さだ。
 アデルは唇を離して、彼をうらめしく睨んだ。

「……フェイロン」

「なんですか」

「私……キス、下手?」

「はァ?」

 心底嫌そうに表情を歪めて、フェイロンはじろりとアデルを見下ろした。

「あなた……僕が初めてなのでしょう?」
「そ、そうよ……! 悪い!?」
「それで上手かったら逆に引きます。初々しいことは、悪じゃない」
「えっ。……そういうもの? ふぅん……」

 悪くないなら、続けていいのだろうか。

「……目、閉じなさいよ」
「嫌ですよ。下手だという自覚がおありなら、雰囲気を作るよりちゃんと目標を見て、狙って口づけてください。僕、痛いのは嫌いなので、歯が当たったら萎えるんで」

 ここに、とフェイロンは指先で彼の唇をとんとんと指し示した。

(ほ、ほんとに、もう一回していいんだ……?)

 よく見ろと言われても、これだけぴったりと身体をひっつけあっていたら視界は彼の顔で埋まってしまう。
 伏した漆黒の目。白い頬。血色の薄い唇。髭のひとつも生えていないつるりとした顎に、アデルはそっと指を添えた。

 シャンデリアの明かりを消せば良かったなと思う。こちらから見えているのと同じくらい、向こうからもアデルのことがよく見えているということ。
 冷静になるとこの距離感は恥ずかしい。アデルはふいっと視線を逸らした。

「そんなこと言うなら……あなたがお手本を、みせなさいよ」
「はぁ。……まぁ、いいですけど」

 言うなりフェイロンは鼻先が触れあう距離でじっとアデルを見下ろした。
 息を殺して、そのときを待つ。
 いつ唇が触れるかわからない。彼はどんなキスをするのだろう。期待して、胸はずっとどきどきしている。

「ふ……いいですね、その顔」
「どんな……ん」

 話そうとしたのに、唇ごと言葉が彼の口に飲み込まれてしまう。
 目を閉じるタイミングを逃した。フェイロンも薄目をあけている。
 神秘的な美しい漆黒。夜空を宝石にしたら、きっと彼の瞳みたいな色になるだろう。

(……きれい)

 男性を美しく思うなんて今夜がはじめてだ。アデルはまたひとつ、新しい自分を見つけてしまった。
 クラランテ家に滞在していたあいだじゅう、フェイロンはアデルに新しいことをたくさん教えて、興味を持たせた。
 外の世界のこと、勉強以外のことも、彼の口から語られる話はなんでもたのしかった。彼のそういうところが好きで──ずっとそばにいて欲しい理由だった。

(……きもちいい……)

 フェイロンのやわらかい唇はアデルのそれにしっとり吸いついて、たまに輪郭を確かめるように食んだ。
 息をしようとアデルが顔を背けても、彼の唇は口の端にまだ触れたままでいる。

「……ねえ、あなたこそ……どうなの」

 アデルは吐息まじりに小さく囁いた。

「なにが?」
「私が、初めてなの?」
「どうして?」
「だって……キス、気持ちいいんだもん……」

 アデルはうっとりと目を閉じた。フェイロンがくくっと喉で笑った音が聞こえる。

「なるほど? 悪い気はしませんね。むしろ少し、興が乗りました」

 彼はアデルの頬に片手を添え、耳朶をつまみほぐしすようにいじりながら口づけを再開した。

「……ん……は……」

 髪を撫でられ、耳を遊ばれ。優しい仕草に、胸が高鳴る。

「フェイ、ロン……」

 薄目をあけると、彼の漆黒の瞳も同じくうっすらと開かれた。

「舌を」

 言われるがまま舌をさしだす。フェイロンの舌が絡んで、彼の口内へと導かれる。

「んんっ、んうぅっ」

 彼の舌は蛇のように長い。
 絡められていた舌が離れたかと思えば、今度はアデルの口内に侵入して歯列をこじ開けた。舌先で上顎を舐め続けてくる。変な感じにくすぐったく、息苦しい。

「んんっ、ふぁ……っ」

 初めは頭の中でだけ感じていた恍惚が、どくどくと巡る血といっしょに全身に駆け回っていく。

「んん~~~~っ……!」

 下腹部に力が入って、覆い被さる男の身体すら浮くぐらい背がしなってしまう。
 身体がびくんびくんと震えるたび、薄布一枚で包まれただけの胸が弾み、揺れた。

「んあっ!?」

 仰け反って突き出したアデルの胸に、フェイロンの指先がつんと触れた。

「やだ、さわらないで」

 もじもじと身をよじるアデルを再び全身で押さえつけたフェイロンは、アデルの胸の先を指でつまんで、こねて、くりくりといじり続けている。

「はぅ……っやだ、なにそれ……指、いやらしい……っ」

「もっといやらしくなる。これから」

 言うなり彼はアデルの両胸を持ち上げるように掴んで、身をかがめてそこに顔を埋めた。

「あっ、あぁんっ」

 かたくすぼめた舌先で乳首をつつかれる。いままで感じたことの無い強烈な刺激のせいで、全身がかっと熱をあげる。

「あうぅ……っむ、むりっ……やめて、フェイロンっ」

 顔を押し退けると簡単に彼は頭を上げた。
 長い舌がぺろりと舌なめずりをする。

「はぁっ……はぁっ……ど、どこで、おぼえてきたの……こんなこと」

 ショックを隠せないアデルをニヤリと見下ろして、フェイロンは演技かかったとびきりに甘い声でささやいた。

「さぁ? 僕も、アデルが初めてですけど」

 ──こんなときばかり、名前で呼んで。

「……でも、慣れてる」

「どうかな。さて、ここらで終わっておこうか?」

「嫌! 教えて……さっきの、続きを」

 そしてそれ以上は、言葉を交わしている余裕はなかった。
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