10 / 17
雨の邂逅2
しおりを挟む(この声、どこかで……)
しっとりと白くけぶる雨の中、アデルは急いであたりを見回した。
聴こえたのは若い男性の声だった。
アデルたちを囲っていた人垣が自然と割れて、声の人物がゆっくりと近づいてくる。
目深にかぶったフード付きの黒いマントを着て、大きな荷物を背負った背の高い人。旅の商人か、はたまた流れの医者かといった風貌だ。
アデルは怪我をした少年を抱き支えながら、男を見上げた。
「あなたは、お医者様でしょうか……? 助けていただけますか。流血は止まったようなのですが、痛むらしくて」
「なるほど……。お嬢さんもその子も、この場にとどまっていては体を冷やしますから、まずは移動しましょう。宿を近くにとっていますので、そちらで診ましょうか」
「たしかに、いつまでもここにいては近隣の皆様のご迷惑になりますね……。申し訳ないのだけど、この子のことをおぶってやってくださいませんか。うちの御者は馬車を移動させないといけないし、侍女も動けないようなの」
箱馬車のほうを見やると、青い顔でつらそうにしている侍女と、それを支える御者の姿が見える。
アデルの視線に気づいた御者が急いで駆けてきて、少しでも雨よけになるようにと、外套を脱いで肩にかけてくれる。
「ありがとう。あなたは今から、侍女を連れ帰って侍医に見せて。つらそうだわ、腰を痛めてしまったのだとしたら大変。それから先方へのご連絡を急いで。さすがにこんな状態では伺えないから……日を改めると。アンバーに事情を話せば、うまくやってくれると思うわ」
「アデルお嬢様、しかし……」
御者の彼は医者と名乗り出た男をちらちらと見て心配そうにしている。
けれどアデルはそんなことよりも、領主の持ち物だとわかる馬車で騒ぎを起こしてしまったことに気が引けて、急いでこの場を片付けたい気持ちでいっぱいだった。
「私は幸い、怪我もないわ。男の子をご両親のところに連れて行かないと。この子の怪我の補償の話はアンバーとのちほど伺うというかたちにまとめようと思う。あなたのほうですべてが終わったら、街の広場で待っていてね。そこで落ち合いましょう」
御者の彼も気が動転しているようだったので、アデルは細かく指示を与えて、とにかく自分は大丈夫だからと説得した。
「ああ……宿は、オリエル・プレイス通りのグラシエホテル、208号室ですよ。いつでもいらしてください」
医者と名乗った男がこの街の高級宿の部屋番号を伝えると、御者はようやく納得して馬車へと戻って行った。
「ごめんなさい、こちらの事情でお待たせして」
「かまいませんよ。大事なお嬢様のことですから、慎重になるのも当然かと」
馬車が去ると集まっていた人々もようやく散り散りになりはじめ、アデルはそっと息をついた。
婚約者に会いに行くはずが、とんだ事態になってしまった。
とにかく領主名代としてうまく片付けねばという気負いはあるけれど、すぐに名乗り出てくれたこの男性のおかげで、いくらか気を保っていられたような気がする。
「では、行きましょうか。ほら、あなた、お医者の彼におぶっていただきなさい。遠慮せず」
「う、うん……」
「親切な方がいてくださって本当によかった。あなたにもなにかお礼をさせてください」
「いえいえ」
慣れた感じに男の子と荷物を背負って、男は歩き出そうとした。
「そうでした、私はアデル・クラランテと申します。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
男の子を背に乗せた彼は、ぴたりと動きを止めた。
「……」
振りむいた彼の口元が動いているけど、雨音がうるさくて聞き取れない。
「なにかしら?」
アデルは少しだけ彼のほうに寄って、男の口元に耳をそばだてた。
すると彼は目深にかぶっていたフードを背中に落として、顔を上げた。
──その瞬間。世界から、あらゆる音が消えた気がした。
フードに隠れていた長い黒髪がさらさらと肩からこぼれ落ちる。
男性にしては白い肌に、知的で涼しげな切れ長の目。
夜空を宝石にしたような漆黒の瞳。薄い唇はほんのり笑みを浮かべている。
「──フェイロン、とお呼びいただければ」
彼は呆然とするアデルを見て目を細め、にっこりと微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる