かつて一夜を共にした皇子様と再会してしまいまして

紺原つむぎ

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雨の邂逅2

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(この声、どこかで……)

 しっとりと白くけぶる雨の中、アデルは急いであたりを見回した。

 聴こえたのは若い男性の声だった。
 アデルたちを囲っていた人垣が自然と割れて、声の人物がゆっくりと近づいてくる。
 目深にかぶったフード付きの黒いマントを着て、大きな荷物を背負った背の高い人。旅の商人か、はたまた流れの医者かといった風貌だ。
 アデルは怪我をした少年を抱き支えながら、男を見上げた。

「あなたは、お医者様でしょうか……? 助けていただけますか。流血は止まったようなのですが、痛むらしくて」

「なるほど……。お嬢さんもその子も、この場にとどまっていては体を冷やしますから、まずは移動しましょう。宿を近くにとっていますので、そちらで診ましょうか」

「たしかに、いつまでもここにいては近隣の皆様のご迷惑になりますね……。申し訳ないのだけど、この子のことをおぶってやってくださいませんか。うちの御者は馬車を移動させないといけないし、侍女も動けないようなの」

 箱馬車のほうを見やると、青い顔でつらそうにしている侍女と、それを支える御者の姿が見える。
 アデルの視線に気づいた御者が急いで駆けてきて、少しでも雨よけになるようにと、外套を脱いで肩にかけてくれる。

「ありがとう。あなたは今から、侍女を連れ帰って侍医に見せて。つらそうだわ、腰を痛めてしまったのだとしたら大変。それから先方へのご連絡を急いで。さすがにこんな状態では伺えないから……日を改めると。アンバーに事情を話せば、うまくやってくれると思うわ」

「アデルお嬢様、しかし……」

 御者の彼は医者と名乗り出た男をちらちらと見て心配そうにしている。
 けれどアデルはそんなことよりも、領主の持ち物だとわかる馬車で騒ぎを起こしてしまったことに気が引けて、急いでこの場を片付けたい気持ちでいっぱいだった。

「私は幸い、怪我もないわ。男の子をご両親のところに連れて行かないと。この子の怪我の補償の話はアンバーとのちほど伺うというかたちにまとめようと思う。あなたのほうですべてが終わったら、街の広場で待っていてね。そこで落ち合いましょう」

 御者の彼も気が動転しているようだったので、アデルは細かく指示を与えて、とにかく自分は大丈夫だからと説得した。

「ああ……宿は、オリエル・プレイス通りのグラシエホテル、208号室ですよ。いつでもいらしてください」

 医者と名乗った男がこの街の高級宿の部屋番号を伝えると、御者はようやく納得して馬車へと戻って行った。

「ごめんなさい、こちらの事情でお待たせして」

「かまいませんよ。大事なお嬢様のことですから、慎重になるのも当然かと」

 馬車が去ると集まっていた人々もようやく散り散りになりはじめ、アデルはそっと息をついた。

 婚約者に会いに行くはずが、とんだ事態になってしまった。
 とにかく領主名代としてうまく片付けねばという気負いはあるけれど、すぐに名乗り出てくれたこの男性のおかげで、いくらか気を保っていられたような気がする。

「では、行きましょうか。ほら、あなた、お医者の彼におぶっていただきなさい。遠慮せず」

「う、うん……」

「親切な方がいてくださって本当によかった。あなたにもなにかお礼をさせてください」

「いえいえ」

 慣れた感じに男の子と荷物を背負って、男は歩き出そうとした。

「そうでした、私はアデル・クラランテと申します。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 男の子を背に乗せた彼は、ぴたりと動きを止めた。

「……」

 振りむいた彼の口元が動いているけど、雨音がうるさくて聞き取れない。

「なにかしら?」

 アデルは少しだけ彼のほうに寄って、男の口元に耳をそばだてた。

 すると彼は目深にかぶっていたフードを背中に落として、顔を上げた。

 ──その瞬間。世界から、あらゆる音が消えた気がした。

 フードに隠れていた長い黒髪がさらさらと肩からこぼれ落ちる。
 男性にしては白い肌に、知的で涼しげな切れ長の目。
 夜空を宝石にしたような漆黒の瞳。薄い唇はほんのり笑みを浮かべている。

「──フェイロン、とお呼びいただければ」

 彼は呆然とするアデルを見て目を細め、にっこりと微笑んだ。


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