かつて一夜を共にした皇子様と再会してしまいまして

紺原つむぎ

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冷えた身体をあたためて1

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 旅人が宿泊するにはかなり高価な宿の一室で暖をとりつつ、アデルは横目でちらちらとフェイロンと少年のやりとりを盗み見た。

 濡れた旅装束を脱いだフェイロンは、上から下まで黒っぽい異国の伝統衣装を着ていて「本当にお医者さまなの?」と怪我をした少年をあやしませていた。
 たしかに彼は本職の医者ではないはずだ。アデルもその点を指摘しようかどうしようか大いに迷った。

 けれどフェイロンは、背負っていた荷物から鋏やピンセット、軟膏や薬草のようなものを取り出してローテーブルに並べ、「座れ、坊主」とにこりと笑った。

 美人の迫力を目の当たりにした少年がおとなしく椅子に座ると、彼は慣れた手つきで手当てをはじめた。消毒も包帯巻きも、あっという間に終わってしまう。
  
「よしよし、これぐらいでいいでしょう」

 パチンと包帯の端を切って、フェイロンはさっさと道具を片付けはじめた。

「打ち身にはこちらの軟膏を塗るように。少年、よかったですね。擦り傷以外に大事はないですよ」
  
 最後にフェイロンの手で髪を拭かれた男の子は、にこにこと笑って返した。
  
「痛くない……! ありがとう、お医者さまのお兄ちゃん。それから、綺麗なお姫様も」
  
 アデルは少年と目線を合わせて眉根を寄せた。
  
「……本当に、家まで送っていかなくてよいのですか?」
  
「うん。ここからとても近いから。それにお母ちゃんたち、仕事場にお姫様が来たらびっくりしちゃうと思うし……。また、お仕事が終わったころに来て」
  
「わかりました。では夜に、改めて謝罪に伺います。痛くてこわい思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
  
「ううん。僕が飛び出したのが、悪かったんだ。それからこの雨も……。……お馬さん、怪我してないかな。大丈夫かな」
  
「ほう、偉いですね。自分の非を認めるのは大人でも難しい。さらに人のことまで気遣えるのだから、あなたは立派な一人前の男です」
  
 フェイロンに頭を撫でられた男の子は、にひひと歯を見せて笑うと、手を振って元気に部屋を出て行った。
  
 残されたのは、アデルと、フェイロンと名乗った男だけだ。

  
「驚きましたよ」
  
 突然声をかけられて、びくりとアデルの肩が震えた。  
 フェイロンは異国風の服の合わせめから細長い煙管を取り出すと、「吸っても?」と言葉だけで了解をとった。
 そして広い客室の奥にある長椅子に腰かけて火をつけ、すぐに紫煙をくゆらせはじめた。

「……なにを、驚いたの」

 手袋のなかに汗をかいている。この部屋に来てから……宿に来るまでのわずかな道のりですら、自分がものすごく緊張していたことに、アデルはようやく気がついた。

「ん? ああ……。馬車での事故は、フレイルに限らずどの国でも年々増える一方です。けれど、起こしてしまった事故の後処理を面倒くさがる貴族は多い。その点、あなたは立派でした」

 ふーっと長く煙を吹き、フェイロンは口元を引き上げた。
  
「大人になられましたね、アデルお嬢様」
  
 アデルは唇を噛んで彼から視線を逸らした。
  
「あなた……本当に、フェイロン……なのね」

「おや、そこをお疑いでしたか? 見た目はあんまり変化がないものだと思いますけどねェ、お互いに」
  
 たしかに、身にまとう服以外に彼はなにも変わっていないような気がする。
 長い黒髪も、目を細めてアデルをからかうような笑い方も、記憶のまま。
  
「でも……でも、5年もたったわ」
  
 声が震える。しっかりしろ、とアデルは自分を奮い立たせて強く拳を握った。
  
「いつから、この国にいたの? さっきの事故の場にいたのは、偶然、なのよね?」

「いつから? あなたも知ってのとおり、僕は旅から旅への根無し草ですから、行き先も時期も天に任せています」

「旅……今も、そうなのね」

「ええ。旅の途中です」
  
 じゃあ、あの絵葉書は。
 そう言いかけてアデルは口をつぐんだ。
  
(私が、やっと決意したこの日に……偶然、この国に、この街に来るなんてこと、ある……?)
  
 偶然で済ますにはなにもかもタイミングがよすぎやしないだろうか。
 釈然としないけれど突きつけられるような証拠などないし、ほかにも聞きたいことが多すぎて、かえって言葉にならない。

 アデルは冷えたドレスの腕をさすった。すっかりずぶ濡れになってしまったドレスは重く、暖炉の前にいてもなかなか乾いてくれない。
  
「フム、……どうやらあなたにとってこれは望まぬ再会だったようですね、アデルお嬢様?」
  
 フェイロンは長椅子にもたれかかり俯いて、わざとらしく袖で目元を抑えた。
  
「別れの日は、あれほど情熱的に、別れを惜しんでくださったのにねェ……よよよ」
  
 アデルは自分の顔がかっと赤くなったのがわかった。
  
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